決意

 一人になると音の無い世界が広がった。昴はベッドの上に仰向けに寝転がって天井を見つめた。

 夢だよな? 夢に違いない。そう思ってほっぺたを何回もつねってみたけれど、普通に痛かった。

 イスバスを極めたくて、足なんか無きゃ良いのにって思っていた時には元気な足があって、バスケを極めたくなって、元気な足に感謝し出したら、元気な足が無くなるのかよ。

 動かなくなるなんて本当かよ。普通に動くぜ。何かの間違いじゃないのか?

 動かなくなるのは足だけじゃないかもって? どうなっちゃうんだよ。オレ、何も出来なくなるのか?


 昴は海斗の言葉を思い出していた。明日の事なんて誰にも分からないって言ってた。確かに、病気じゃなかったとしても、アメリカに帰る飛行機が落ちて、オレは死ぬかもしれない。いくら健康な身体でも、明日車にひかれて一生動けない身体になるかもしれない。

 分からない事に対して、思い悩んで何も出来ないなんてバカらしい。

 出来るか出来ないかじゃなくて、何をしたいか、どうしたいか。


 自分の突きつけられた未来に現実味が無かった。でも現実味が無いから楽観的に考えればいいとも思った。成るように成れ。成るように成るさ、と。その中で後悔だけはしないように、昴なりにしっかりと考えた。殆ど眠れない夜を過ごした。殆ど眠れなかったのに、いつの間にか眠っていて、朝は普通にいつもよりスッキリと目覚めた。自分の思いがはっきりした物になったと思えた。

 明日、退院して家に帰ったら、海斗にも家に来てもらって、家族と海斗に自分の決意を聞いてもらおうと思った。


 翌日の夜、昴は父と母と柊斗と海斗の前ではっきりと話した。


「心配かけてごめん。今、オレが何をどうしたいかを聞いてほしいんだ。

 まず、絶対にやりたくない事。それは、二度と同じ過ちを繰り返したくないって事。大切にしたい物から逃げ出す事だけはしたくない。オレは小四の時、イスバスとカイトから逃げ、小学校を卒業すると、シュウトから逃げた。ひどい事も言ってしまって、もう二度と取り戻す事は出来ないと思ってた。

 だけど、それを取り戻せた今、オレは大切にしたい物から逃げずにやりたいと思うし、それを大切な人達に伝えたい。


 バスケを極めたいと思う気持ちは今も変わらない。オレは病気かもしれないけど、今は出来ない気がしない。出来なくなったら諦めなきゃいけないかもしれないけど、もう無理だって思う所まではやりたい。

 この前みたいに足が動かない時はイスバスで練習する。オレは海斗に言われて、小一の時からイスバスと足のトレーニングと両方をやってきたのと同じように、足がダメな時には車椅子を使ってバスケのトレーニングが出来る。

 もしも自分がプレー出来なくなったとしても、チームの為に出来る事はあるはずだから、卒業するまではバスケ部員でいたいし、出来る事をやりきりたい。バスケから逃げ出すように終わりにしないで、きっちりと胸を張ってハイスクールを卒業したいんだ。


 卒業までにもう自分がプレーをするのは無理だって思ったら、向こうでイスバスの練習も始める。卒業したらオレは日本に帰ってきて、カイトとシュウトと一緒にイスバスをやりたい。イスバスが出来る身体でいられたらだけど。


 でも正直、今は実感が沸かなくて、ちゃんと想像する事が出来なくて。だからどうなっちゃうか分からない。昨日、カイトが色々話してくれて、オレは一生懸命考えて、何か優等生みたいな未来を考えたけど、実際はどうなるか分からない。自己中で生きてきた人間が突然いい子になんかなれないと思うし。だけど、カイトは"一人じゃない"って言ってくれたから、助けてほしい。オレが間違った方向にいかないように。


 今、こんな風に思えているから、気が変わらないうちにサッサとアメリカに戻りたいと思う。明日、チケット取れたら戻ろうと思う。

 オレは今、一人じゃないって思えるから強くなれると思うし、大丈夫だと思う。何かあったらちゃんと連絡も入れる。

 だから、オレのわがまま聞いてほしいんだ。お願いします」


 そこまで言って、昴はしんみりとした雰囲気が耐え難くなった。


「何か、ドラマみたいだよな。オレ、悲劇のヒーローみたいでちょっとカッコいいかもな。なんて。

 でも、何か大丈夫な気がするんだ。何となくだけど。ほら、今、足、何ともないし。とことん元気だし。やってみなきゃわかんねー。ダメならダメでしゃーないし。な、やらせてくれよ」


 翌日、昴はアメリカに戻っていった。

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