第37話 父への贈り物

 昔の話だ。


 六歳の誕生日を迎えてすぐに父の誕生日が来る。

 父は欲しい物は何でも手に入る。

 だから、何を贈っても喜んでくれない気がした。


 リオンは母と相談して、自分にしかできないものを考えた。

 それが曲を作って贈ることだった。


『いい曲だな』


 父は短くそう言った。


 六歳が作ったにしては我ながらいい出来だったと今でも思うが、正直、あの時の父が喜んだのかどうかは分からない。


 感情の読みにくい父だったからだ。


 曲を弾いて聞かせ、楽譜を贈った。

 お礼は言ってくれたし、褒めてくれたが、実際どう思ったのかは分からず仕舞いだった。


 父の為に作った曲だったので、人前で弾いたのは父の誕生日の一回きりだ。


 それを何故、知っているのか。


 ケリードは鍵盤の上に長い指を添える。


「君の父が僕の父に会いに来た時、バイオリンで弾いていたんだよ。『娘が自分の誕生日に作ってくれた曲だ。我が娘ながら天才かもしれない』って。2回弾いたよ」



 俄かに信じられない。

 リオンの記憶の中の父は人前で家族の自慢をするような人ではなかったからだ。


「では、お聞きください。リオン・スチュアート作曲の『未来永劫』」


 ケリードはそう言ってその長い指でしなやかに鍵盤を弾く。


「うそ…………」


 出だしから大胆な特徴を出した。

 美しく、神々しく、そして荒々しい火の鳥が飛びまわるイメージ。

 中盤に入ると火の鳥が弱弱しくなり、一度、曲が潰える。

 そして再び、小さな火の種から生まれ変わり、最初以上に激しく存在を主張する。


 不死鳥を家紋に持つスチュアートをイメージしてリオンが作った曲だ。


 死んでも復活する炎の鳥。

 未来永劫、何が起こってもスチュアートはこの国にあり続ける。

 そんな意味を込めて作った曲だ。


  

 間違いない。

 私が作った曲だわ。


 ケリードが演奏を終えると小さく息をついた。


「傲慢な曲だよね。『未来永劫』だなんて」


 ケリードは嫌味っぽく言って鼻を鳴らした。

 いつもなら突っかかりたくなる台詞だが、リオンも思わず鼻で笑ってしまった。

 

 あまりにも傲慢な過去の幼い自分に。


「本当ね。あの頃は家族との日常が終わる日が来るなんて夢にも思わなかったのよ」


 大貴族の令嬢として生まれ、恵まれた人生を約束されていた自分が家族を失い、家も失い、仕舞には別人に成り代わって生きていかなければならないなんて思ってもみなかった。


 自分はスチュアートとして生まれ、どこかに嫁いだとしても、スチュアートに生まれたことを誇りを持ち、家門の繁栄を願い、支えていく。


 決して死ぬことない不死鳥を家紋に持つスチュアートは未来永劫、この国に存在し続ける。


 それを信じて疑わなかった幼いあの日の自分が作った曲。


「滑稽よね。いつまでも存在し続け、それが当然だと思って疑わなかった。あの頃の私が今の私を見たらどう思うかしら」


 リオンは自嘲気味に言う。

 口からは渇き切った笑い声が零れる。


「何言ってるの?」


 ケリードはそう言ってカタンとピアノの鍵盤を閉じて、立ち上がった。


 顔をこちらに向けて首を傾げている。


「スチュアートはまだ死んでない。勝手に死んだことにしないでくれる?」


 ケリードは不機嫌そうな声音で言うと、ピアノから離れてリオンに歩み寄る。


「確かに立派な邸は燃え落ちて、前当主と妻を始め、多くの使用人が亡くなった。だけど、それだけ。まだスチュアートは残ってる」


「それだけって…………!」


 ケリードの言葉にリオンは憤りを覚えた。

 他人からしてみれば『それだけ』なのかもしれない。

 だけど、リオンにとっては『こんなにも』多くのものを失った。


「しっかりしなよ、リオン・スチュアート」


 ピリッと緊張感のあるケリードの声が静かに響く。

 ケリードはリオンに向き直り、真っすぐリオンを見つめた。

 

 レンズ越しから覗くアイスブルーの瞳がリオンの視線を捕らえる。


「スチュアートは死んでいない。君も、弟もあの凄まじい炎に飲み込まれることなく生き残った。失ったものは大きく、計り知れない。だけど、スチュアートの誇りまで死んではいないはずだよ」


 ケリードは真剣な声音でリオンに言い聞かせる。

 何故だか分からないが必死な様子で、それがリオンには不思議だった。


「君が、もし過去も全て捨て去ってひっそりと生きていたいならそのように手を貸すよ。ここを離れて、絶対に危険が及ばない遠くの国で別人として生きれるように。もちろん、弟も一緒にね」


 リオンは驚いて目を見開く。

 何故、ケリードがそこまで考えてくれるのか分からない。


「だけど、君が今まで苦労をして王宮警吏になったのは事件の真相を暴いて、再びスチュアートとして生きていきたいからなんじゃないの?」


 その言葉にリオンは口を噤む。

 ケリードの言葉はリオンの気持ちそのものだったからだ。


 そう言ってケリードは徐にリオンの前に跪いて手を取った。

 急に触れられてリオンはビクッと肩を跳ね上げた。


「ちょ、ちょっと……!」


 いきなり跪くなんてケリードらしくない。

 どちらかと言えば見下される方が慣れているので、リオンは余計に狼狽える。

 その行動の真意が理解できない。


「僕を使いなよ」


 ケリードの甘い声と息が指先に触れ、リオンは背筋がゾクッとする。

 いつも自分を見下ろすケリードに上目遣いで見つめられ、何だか落ち着かない気持ちになった。


「君が望むもののために、僕を利用するといい」


 そう言ってケリードはリオンの手をくるりと手の平が上になるように反転させた。

 一体、どうしたのかと思っていると、リオンの白くて細い手首に柔らかいものが触れる。


「っ…………!」


 温かくて柔らかい感触がケリードの唇だと分かり、身体が熱くなる。

 リオンはわなわなと唇を震わせて頬を紅潮させた。


 ちらっと視線だけをリオンに向けるケリードはリオンの反応を確認してから手を放して立ち上がった。


 動揺を隠せないリオンにケリードは悪戯を成功させた子供の様な表情をしている。


「聞きたいことが山ほどあるんだけど」


 リオンは恨めしい声でケリードに言う。


「まだ信用できない? 今のは充分信用に値する材料だったはずだけど?」


確かに、さっきの曲を知っているということは父とも深く関わりがある証拠になる。


だけどそれだけじゃなく、ここまでの段階でリオンは疑問が多く生まれた。

 協力するのであれば、疑問や不安は解消しておきたい。

 そう伝えるとケリードは『現時点で答えられるものは答える』と言ってくれた。


「最初に聞いておきたいんだけど」


「何?」


 リオンの問いにケリードはどこか嬉々とした表情を浮かべている。

 不機嫌そうなことの方が多いのでリオンはこの雰囲気なら訊ねやすいと少し安堵し、ずっと聞きたかったことを口にする。


「金のジョーカーにはどうやったら会えるかしら?」


 先日から金のジョーカーは長らくリオンの逃亡生活を支えてくれた『J』なのではないかと考えている。

 彼はリオンの正体を知った上で赤のジョーカーから助けてくれたのだ。

 あの時のお礼もきちんと伝えてないし、一度しっかり話をしてみたいのだ。

 

 ケリードが金のジョーカーの仲間であれば、間を取り持ってもらえないだろうかとリオンは期待する。


「は?」


 しかし期待の籠ったリオンの問い掛けはケリードの冷たい声に一蹴される。

 そしてギロっと怜悧な眼差しでリオンを睨みつけた。


「今のは聞かなかったことにしてあげる」


 心底嫌そうな顔でケリードは言う。


「え、どうして? 教えてくれてもいいじゃない」

「絶対嫌っ」


 リオンは食い下がるがその後もケリードは金のジョーカーに関することだけは絶対に答えず、不機嫌な状態が続いたのである。


 

 


 






 

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