第38話 仕返しのつもりが

リオンはケリードと向かい合い、二杯目の紅茶を飲みながら会話を進めていた。


金のジョーカーに関して聞きたいリオンに対してケリードは金のジョーカーに関してだけは頑なに話をすることを拒んだため、リオンは一先ず引き下がることにした。


話の流れで先日の赤と金のピエロ達の抗争が話題に上がった。


その件についてリオンはとんでもないことを知らされる。


「噓でしょ…………」

「嘘ついたって仕方ないじゃない。本当だよ」


 リオンはケリードから聞かされた事実に唖然とする。

 自分がしてしまったことの罪深さに身体が震えた。


「何で、シオンが金のピエロの仲間であの日、私が蹴り飛ばしたのがシオンだったなんて…………」


 先日の赤と金のピエロの抗争を止めるために駆り出されたリオンは金のピエロのメンバーである少年と戦闘になった。


 もう少しのところで捕まえられそうだったが、金のジョーカーが助けに入ったことで少年は取り逃がし、リオンは金のジョーカーによって負傷した。


 そしてその負傷はケリードに知られていたわけだ。


 ケリードが二人の仲間であれば知っていてもおかしくはないのかもしれない。


「彼も自分を捕まえようとした警吏が実の姉だなんて思ってもみなかっただろうね」


 その言葉がズンとリオンの胸に重く圧し掛かる。

 

「金のジョーカーに感謝しないといけないわね……」


 あそこで彼が現れなかったらシオンは捕まっていたのだから。

 そう言うとケリードは嫌そうな顔をしてリオンを見た。


 この男は私が金のジョーカーについて口にされるのが嫌いらしい。

 口にする度に嫌悪感を顕わにする。

 

 何でかしら?

 自分達のリーダーを捕まえようとしたから?

 違うわよね? 


 だって金のジョーカーは強い。

 リオンはあの日、彼に負かされている。


 疑問に思いながらも思い当たる節はない。


 まぁ、いいわ。放っておこう。


 リオンは思考を切り替え、話しを続けた。


「シオンはあの時から私に気付いていたのかしら」


 だとしたら、本当に最低な姉だ。

 誰よりも会いたかった愛しい弟へ攻撃するなんて。


 しかも、リオンはその時、虫の居所が悪かった。

 どうにもシオンの口調や態度が今目の前にいる嫌味な眼鏡男にそっくりだったからだ、ムキになり本気を出した。


 リオンは自責の念に駆られる。


「あの時はまだ気付いてなかったはずだよ。夜だから顔もはっきりと見えていなかったはずだし。彼が君にちょっかい出したのは別の理由からだし」


 まだ気付いていなかった、という言葉にリオンは安堵する。

 気付いて近づいたのに、姉が全く自分に気付きもしない上に捕まえようとしたら、多少なりとも傷付いたかもしれない。


「別の理由って?」

「それは本人に聞けば?」


 ケリードはそう言ってまたもや答えない。

 リオンは小さく息をつく。


「何でシオンがピエロのメンバーなのよ」


 シオンには争いとは関係ない平穏な生活を送って欲しかった。

 お金は十分に送っていたはずだし、生活に不便はなかったはずだ。


「君と同じだよ。こっちの世界に足を踏み入れれば、君に会えると思っていたみたいだし」


「え…………」


 ケリードは長い手足を組んで言う。

 長い足がリオンの靴の爪先にちょっとだけ当たるが、そんなことは気にならないくらいの衝撃を受ける。


「君と違うのは、彼にとっては家門を貶めた犯人は捜す必要性を感じていないこと。彼はただ君に会いたくて、この世界に飛び込んだ。ピエロとしてこの世界に関わって行けば、君に会うための手掛かりを掴めると信じていたからね」


 その言葉にリオンは目頭が熱くなる。

 鼻の先がツンとして視界が滲んだ。


 喜びで震える手を必死に押さえつけ、唇を噛み締めた。

 しかし、堪え切れずにぽつぽつと涙が零れ落ちる。


 それを目にしたケリードは嫌そうな顔でジャケットの内ポケットからハンカチを取り出してリオンに差し出した。


「せっかくの顔が不細工になるよ」

「女の子が泣いてるのにそれしかかける言葉がないの?」


 リオンは小さくケリードを睨む。

 ケリードが優しいとそれはそれで不気味なのだが、少しくらい優しい言葉をかけてくれてもいいだろう。


 リオンは差し出されたハンカチを受け取りながらそんなことを考えていた。


「仕方ないでしょ。苦手なんだよ、こういうの」


 ぶっきらぼうな言い方でケリードは言う。


「まぁ、確かにあなたらしくはあるわね」


 リオンは涙を拭きながら苦笑する。


「だけど、あなた好きな女の子にも泣いていたら同じこと言うつもり?」


 おかげで涙は引っ込んだが、物申しておきたい。


「相手もあなたに好意があったとしても、こんなんじゃ即恋愛対象から外されるわよ」


 リオンが言うとケリードがあからさまに動揺を見せる。

 医務室の美人な医務官を思い出し、少しだけ胸が苦しくなる。


 彼にとってはあの女性が嫌われたくない女性なのだろう。


 いくらケリードが優秀で顔が良くて将来有望でも泣くほど切ない思いをしているのにこんな対応されたらどんな女性でも白ける。


 特に恋人にはその切なさに寄り添ってもらいたいと思うものだろう。


「恋人に嫌われないよう、せいぜい気を付けるのね」


 いつも嫌味を言われっぱなしのリオンはここぞとばかりに嫌味で返す。

 嫌味であるが自信を持って断言できる女子としての正論だ。


 言ってやったわ。


 ささやかな仕返しのつもりだった。


「…………なら、君はどんな風に優しくされたいの?」


 ふと視線を上げたリオンにケリードは艶のある視線を向け、甘ったるい声でそう言った。


 

 

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