第34話 デート

 大丈夫かしら……?


 リオンは今まであまり経験したことのない類の緊張感で胸が圧迫されていた。

 腕時計は待ち合わせ時間の十分前。


 上手く時間を調整しながら歩いてきたつもりだったが、思った以上に早く着いてしまった。


 私、変じゃないかしら……?


 黒いトップスにラベンダーカラーのロングスカートを合わせ、足元は履き慣れた踵の低いパンプスを選んだ。日差しが日に日に強くなっているので日傘も忘れない。


 いやいや、服装なんか意識してどうするのよ、私。


 デートじゃないんだから。


 リオンは自信のない自分の服装を気にして溜息をついた。


 服装なんて何でもいい。ケリードと少し話をするだけなのだ。

 変に気合を入れているように思われても嫌だし、かといって馬鹿にされるくらいダサいと思われるのも嫌だ。


 しかもどこでどう話をするのかも聞かされず、一方的に日時と場所だけ告げられてしまったので余計に服装に困った。


 悩みに悩んで比較的、綺麗で落ち着きのある服を選んだつもりである。


 どうしよう、何だかドキドキしてきた。


 時計を見ると二分しか長針は動いておらず、時間が過ぎるのは思ったよりも遅いと感じる。


 ヤバい……これじゃあ、初デートを楽しみにしている女子みたいだわ……。


 実際にはそんなに甘酸っぱいものではない。


 私はこれからケリードと今後のことを話し合わないといけないのよ。


 スチュアート家の事件の真相、赤のジョーカーの狙い、シオンのこと、ケリードの目的、そして金のジョーカーの正体、聞かなければならないことは山ほどある。


 余計なことに思考を割いている場合じゃないのよ。


 リオンはそう思い、気持ちを引き締める。


「あの、お一人ですか?」

「良ければ私達とお茶しませんか?」


 気付くと女性の甘ったるい声が聞こえてくる。


 まさか…………。


 リオンは恐る恐る声の方を振り返った。


「ごめんね、待ち合わせしてるんだ。ご縁があればまた」


 女性から声を掛けられた青年は女性達に爽やかな笑顔を向けている。


 やっぱりか。


 案の定、視線の先には女性に囲まれているケリードの姿があった。


 きゃぴきゃぴした女の子は不満そうに頬を膨らませている。

 そんな女性達にケリードは『縁があればまた会えるよ』などと期待を持たせる言葉を呟くので女性達が色めき立つ。


 満更でもなさそうなケリードの様子にリオンは口元が引き攣った。


 本当は物凄く遊んでるんじゃないの。この男。


 いつもよりもエセ王子感に磨きがかかり、キラキラしているように見える。


 以前、キャーキャーうるさい女の子は苦手だとか言っていたのに。


 リオンは不満の混ざる溜息をついた。

 するとリオンの視線に気付いたケリードと視線がぶつかった。


 ケリードから笑顔が消え、一瞬だけ不満そうに綺麗な顔が歪められた。


 すぐに胡散臭い笑顔を張り付け、女性達を振り切り、リオンの元へと小走りで駆けてきた。


「ちょっと、気付いてたなら助けてくれない?」


 不機嫌そうな声でケリードは開口一番に言った。


「あの中に飛び込む勇気は私にはないわ」


 冷めた声でリオンは述べる。


 今もケリードをぎらついた視線を向けており、一緒にいるリオンを睨みつけているのだ。


「怖いわ」


 感じたことは素直に口から出てきた。


「僕だって怖いんだよ」


 あのギラギラした目が、と言ってケリードはリオンの手を引いた。


「ちょっ……」


 いきなり手を繋がれてリオンは驚きの声を上げる。


「行こう。また近づいてくるかもしれない」


 ケリードは嫌そうな表情で歩き出す。


 脚が長いケリードの歩調はリオンと合わず、リオンはロングスカートで小走り状態だ。


 片手で日傘を持ち、片手はケリードと繋がっている。


 ロングスカートが足に纏わりついて、何度か裾を踏みそうになり、走りにくい。


 私、何でロングスカートを選んだのかしら……。


 自分の選択に小走りしながら後悔した。


「追ってきてる」


 ケリードは彼女達がまだケリードを諦めておらず、後ろからついてきていることに気付いて舌打ちをした。


「こっち」


 リオンの手を引き、裏通りの細い路地に入った。

 すぐそこに壁があり、行き止まりである。


 ぱっとケリードがリオンの手を離したと思ったら身体に浮遊感を覚え、気付けばケリードに横抱きにされていた。


「な、何⁉」

「傘、落とさないでよ」


 ケリードはそう言ったと同時に、体現術で高く跳躍し、建物の壁を使ってリオンを抱きかかえたまま建物の屋上へと登った。


「本当にしつこいな」


 リオンを抱えたままケリードは地上を見下ろした。


 先ほどケリードに声を掛けた女性達が路地に消えたケリードとリオンを探してキョロキョロとしている。


「貴方も大変なのね」

「本当だよ」

「この地域、付き纏い防止条例ってないんだっけ?」

「そんな素晴らしい条例がある地域があるんだ? 引っ越したいよ」


 ケリードはうんざりした様子で溜息をつく。


「ねぇ、もう降ろして。わざわざ抱えてもらわなくても自分でできるわ」


 仕事では常にしていることだ。

 私が体現術しか能がないことはケリードも承知のはずなのに。


「そのスカートじゃ、動きにくいでしょ」


 リオンはケリードの言葉に押し黙る。


「じゃあ、移動するよ」

「え、このまま?」

「せっかく可愛い格好してるんだからエスコートさせなよ」

「え……へっ⁉」


 今、この男何て言ったの……⁉


 顔を真っ赤にしながらリオンは言葉にならない声を上げる。


「何? 照れてるの?」

「ち、ちがっ……!」


 揶揄うようなケリードの言葉を否定しようと顔を上げれば、楽しそうに目を細めるケリードと視線がぶつかり、リオンの声は空気に溶ける。


 無意識にぎゅっと日傘を握り締め、赤くなった顔を俯いて隠した。


「日差し強いけど、傘閉じてくれる?」


 空気抵抗を受けて傘が壊れるかもしれない、と言われてリオンは諦めて日傘を閉じた。

「じゃあ、行こうか。スチュアートの姫君」


 ケリードに横抱きにされたまましばらく空中散歩をすることになった。


 エスコートなどは言葉だけかと思いきや、リオンを抱くケリードの手つきは優しくて、着地や飛躍の際はリオンに衝撃が伝わらないように気を使ってくれているのが見て取れた。


「ねぇ、これからどこに行くの?」


 リオンは今後のことを話し合いに来たのだ。

 ケリードと空中散歩など想定外で、戸惑っている。


「そうだね……まずはお茶にしようか。タルトの美味しいお店があるんだ」

「タルト?」


 リオンは微かに目を輝かせる。


 実は子供の頃からタルトが大好物なのだ。まだスチュアートを名乗っていた頃、どこかの屋敷のお茶会で振舞われた時から好きなった。特にチョコレートのタルトが大好きで、どこのお店かをわざわざ教えてもらい買い付けるほど気に入っていたのにお店の名前が思い出せない。


 休みの日はチョコレートタルトのあるお店を見つけて購入し、思い出の味を探しているのだが、なかなか見つけられないのだ。


「きっと気に入るよ。チョコレートのタルトが特に美味しいんだ」

「本当?」


 ケリードの思いがけない言葉にリオンは声を弾ませる。

 リオンが幼い子供がおやつを前にした時のような様子を見せるのでケリードは思わず頬を緩めた。









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