第33話 勘違い

「リオン、昼飯行こうぜ」


 明るい声で声を掛けて来たのはオズマーだ。


「ごめん、用事済ませてから行くから先に行ってて」


 リオンはオズマーに告げるとオズマーの横をすり抜けて小走りで廊下に出た。


 向かうのは朝、シオンに会った庭園である。

 見渡しても人の姿はない。


 いないわね……。


 リオンは胸のポケットから小さなメモを取り出す。


『昼、朝の庭で』


 引き継いだ資料の間に挟まっていたメモである。


 神経質そうな整った文字はケリードの筆跡に似ている。

 リオンはメモを片手に握り締め、庭園に足を踏み入れた。


 朝とはまた違う匂い立つような薔薇の香りが鼻孔を擽り、リオンはうっとりと目を細めた。


 日差しが強いのですぐに枯れてしまいそうで心配だができる限り長くこの美しさを保ってもらいたいと思える。


 リオンは庭園の奥へと進むと大きな木が木陰を作っていた。

 木の陰から白い制服がはみ出しているのが見え、リオンはその木に歩み寄る。


「あぁ、来たね」


 予想した通り、待っていたのはケリードだった。


「暑いでしょ。こっち来なよ」


 日差しを浴びるリオンをケリードは木陰に手招きする。

 日差しと人目を気にしてリオンは木陰に入った。


 この場所であれば人の目に留まることもない。


 調度良く死角になっている場所なのでリオンは安堵した。


「どうだった? 弟に会えた感想は?」


 唐突なケリードの質問にリオンは眉根を寄せる。


「貴方、何で私の正体を知っているの?」


 リオンはケリードの質問には答えず、ずっと抱えていた疑問を口にする。


「それは君が自身をリオン・スチュアートでついでに銀のピエロだと認めたってことで良いんだね?」


「…………認めたら何なのよ」


 ぶっきらぼうに言うとケリードは肩を竦めて苦笑した。


「まだ警戒してるの? 言ったでしょ。君の素性をバラしたりしないって」


「仕方ないでしょ。急に正体を知っているなんて言われて、心当たりもない相手を簡単に信用できるわけないじゃない」


 リオンの正体を知る人間は限られている。

 その中にケリードはいないはずだ。


「心当たりがない? 本当に?」


 そう言ってズイっとケリードはリオンの顔を覗き込む。


 眼鏡のレンズ越しにアイスブルーの瞳が不機嫌そうに細められ、リオンは思わず息を飲む。


「し、仕方ないでしょ! 心当たりがないものはないのよっ」


 じっと美しい瞳に見つめられて居たたまれなくなったリオンはケリードから視線を逸らす。


「……ふーん、そう」


 ケリードは溜息交じりに言うとリオンから顔を離した。


「それよりも、私をここに呼び出した理由は何?」


 リオンはメモを手にケリードに言った。


「弟に会って欲が出たんじゃないかと思って」

「欲?」

「早く弟と一緒に日の下を歩きたいと思ったんじゃない?」


 ケリードの言葉にリオンは押し黙る。

 何も言えないのはケリードの言っている通りだったからだ。


 今朝、シオンに会ったことで弟と一緒に過ごしたい気持ちが強くなった。


 そのためにも早急に事件を解決する手掛かりを掴まなければならない。


「協力してあげる。どうせ今の君には頼れる相手は限られているんだから、素直に僕の手を取った方が良いと思うけど?」


 ケリードは腕を組んでにっこりと胡散臭い笑みを浮かべる。


 確かに……今の私には頼れる人がいない。


「貴方は私に協力して何のメリットがあるの?」


 私に協力したとしてもケリードに得があるとは思えない。


 リオンはケリードに訊ねた。


「言ったでしょ。僕が欲しいのはスチュアートの家印だよ」

「え?」


 そんなこといつ言った?


 いや、ケリードの口からその発言を聞いたことはない。

 しかし、別の男の口からは似たような言葉を耳にした。


『スチュアートの家印は渡さない』


 赤のジョーカーに襲われた時、助けてくれた金のジョーカーがそう言った。


「やっぱりそうなのね」


 リオンの憶測は確信に変わった。


「貴方だけ私の弱みを知っているなんて不公平だわ」

「不公平?」


 不思議そうに首を傾げるケリードにリオンは続ける。


「私、昔から勘は鋭い方なのよ。貴方だって世間に知られたらマズイ秘密があるわよね?」


「あぁ。やっぱり気付いた?」


 ケリードは嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。


 この状況で何故ヘラヘラできるのか理解できないがリオンは続けた。


「おかしいと思ったのよ。私が身体の調子が悪いことなんて君が知るはずないのに君はそれを知っていたり、仮面を被っていた私を逃がそうとする。それに……」


 リオンは金のジョーカーに噛まれた指にそっと触れた。


「私が何をしていたか知っていることを匂わせるような発言も、私が銀のピエロだって知っていたからなのね」


「まあ、そういうことだね」


 リオンの言葉にケリードは頷く。


「貴方、金のジョーカーの仲間なのね?」


「………………は?」


「とぼけなくても良いわ。そうでないと説明がつかないもの」


 ケリードと対峙した時、銀のピエロを逃がそうとしたのも、身体の不調を指摘したのも正体がリオンだと知っていたからだ。


 リオンが夜に何をしていたのか知っているような口振りも、指を噛まれたことを知っているのはケリードが金のジョーカーの仲間だからに違いない。


 リオンは自信満々でケリードに自分の推理を伝えた。


 しかし彼はそれを肯定するわけでも否定するわけでもなく、綺麗な顔を歪めて大きな溜息をついた。


「ねぇ、彼は何者なの? どうしたら会える?」


 彼もリオンの正体を知っていた。

 リオンの過去も知っているような感じがした。


 もしかしたら、彼がリオンに向日葵と手紙をくれた『J』かもしれないとリオンは考えている。


「…………ちょっと待って。日を改めようか」

「へ?」


 少し考え込むような仕草を見せてケリードは言う。


「明日の午後二時に駅前の広場。来れる?」

「行けるけど……」

「じゃあ、またその時間に。昼休みも長くないからね」


 その言葉にはっと時計を見れば既に昼休みは半分終わっていた。


「ちょっと待って、広場で何するの? 話ならここでも……って、ちょっと!」


 リオンの言葉を無視してケリードはスタスタと歩いて行ってしまう。

 そしてケリードは建物の中に姿を消してしまった。


「何なのよ……」


 リオンは一人残された庭園でポツリと呟いた。







『私、昔から勘は鋭い方なのよ』

 どこからその自信が?

 先ほどのリオンの言葉にケリードは頭痛を覚えた。

 彼女が自身をスチュアートであることと、銀のピエロであることを認めたところまでは良かった。

 ケリードの世間にバレると困る秘密、それに気付いたとリオンが口にした時、堪らない嬉しさが込み上げてきた。

 自分と金のジョーカーが同一人物であると気付いたのだと思ったのだ。

 顔を見せなくても、言葉にしなくてもケリードをケリードだと認識してくれたことに喜びを感じた。

 裏切られたけどね。

 ケリードは溜息と共に肩を落とす。

 過去の自分を覚えていないのは仕方がない。

 だけど今の自分を認識されないのは不服だ。

「思い出してもらおう。それに、誤解も解かないと」

 金のジョーカーに関心を示すリオンの中に金のジョーカーとケリードが同一人物だという考えはないようだ。

 何で僕じゃないわけ?

 関心を示しているのが金のジョーカーなのが気に入らない。

 何だか負けた感じがする。

 ケリードは複雑な感情を抱えてもう一度溜息をついた。 









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