第27話 救出

「怪我は?」


 リオンに触れたまま金のジョーカーが言う。


 リオンの様子を窺うように小さく首を傾けてると長い髪が一房、顔の前に流れ落ちる。


 その言葉が自分に向けられていることに気付くのに時間を要した。

 リオンは小さく横に振ることでその問いに答えた。


 怪我はない……けれども……。


 自分の手首に嵌められた除石錠に視線を移す。

 カチャっと金属の擦れる音が不自由な身であることを自覚させた。


 ギリっと歯が強く擦れる音が聞こえる。

 金色の仮面の下から感じ取れるのは憤怒だ。


 怒っているの……? 何故……?


 そんな風に思いながら動けずにいると身体にぐっと負荷がかかったように重くなる。


 気付くとリオンは仮面の男に抱き締められていた。

 背中と頭部に回された腕は力強く、リオンの動き封じてしまう。


「間に合って良かった」


 今度こそ、と小さく耳元で囁くように男が言った。

 その声は微かに震えており、それでいて安心したと言っているようだった。


 衣服の上から微かに感じる温もりに誰かも分からない相手なのに少しだけほっとする。


 背中や頭を優しく撫でられて先程まで感じていた恐怖と嫌悪感が薄れていくのが分かった。


 そしてすっとリオンから身を話すとジョーカーに銃口を向ける。

 リオンを右腕で抱き寄せてジョーカーから隠すように立ち、左手で銃を構えた。


 その銃は間違いなく警吏が使う波動銃だ。

 この男もリオンと同じように警吏から奪って使用しているようだ。


「金の……ジョーカー……貴様っ、何をしに来た……⁉」


 頭部を押さえ、ふらつく身体を起こしてジョーカーが言う。

 そして銃口を向けられたジョーカーは自分に銃口を向ける男をジョーカーと呼んだ。


 赤い仮面のジョーカーが金色の仮面をつけたジョーカーに銃を向けられているのである。


 二人ともジョーカーなの……?


 ピエロという犯罪集団はいくつもあり、集団の統率者をジョーカーと呼んでいる。

 間違っていなければこの場には赤のジョーカーと金のジョーカーの二人がいることになる。


 赤のジョーカーに狙われる理由は心当たりも多少あるが、金色のジョーカーに助けられる理由に心当たりが全くない。


「あんたが欲しいのはスチュアート家の家印だろ?」


 金のジョーカーが赤のジョーカーに言う。

 その言葉が的中したのか、赤のジョーカーはぐっと押し黙る。


「スチュアートの家印は渡さない」


 はっきりと宣戦布告するように金のジョーカーが赤のジョーカーに告げた。


 その言葉と同時にリオンを抱き締める腕に力が籠る。

 リオンは反射的に白い服の裾をぎゅっと握り返した。


 スチュアートの家印って何?


 それ以前にリオンは状況が全く飲み込めていない状態なのだ。

 これ以上何かの事件が起きようものなら頭がパンクする。


 頭の中を整理する時間が欲しいが、この状況でそんな余裕はない。

 しかも外から聞こえるのは警笛だ。


「くそっ!」


 迫り来る正義の足音に赤のジョーカーも気付いたようだ。


 どこから嗅ぎ付けたのだろうか、そんなに騒ぎにはなっていないように思っていたが先程金のジョーカーが侵入する際に放った銃声とガラスの音が近隣に響いたのかもしれない。


 しかし警笛はまだ遠い。この建物が騒ぎの中心だとは特定されていないように思う。


 早く逃げなくては。


 魔力で身体能力も戦闘能力も並外れた警吏達に魔力を完全に封じ込められたリオンが逃げられる訳がない。


 この男達の正体なんぞ二の次だ。まずは自分の安全確保が最優先だ。

 焦燥感に駆り立てられ、自分を捕えた腕から逃れようと身を捩るがびくともしない。

 そんなリオンを横目に金のジョーカーは赤のジョーカーに向けていた銃口を窓に向けた。


 え、ちょっと待って? 何する気だ、この男。


 嫌な予感が頭をよぎる。


 その嫌な予感は的中し、金のジョーカーは波動銃で部屋のガラスを割り始めた。

 金のジョーカーは待ったなしに次々にガラスを割っていく。


銃声と共にガラスが砕け散る音が盛大に響き渡り、リオンは青ざめた。


これではここで騒ぎを起こしていますよ、と警吏にアピールしているようなものだ。

間もなく警吏が集まってくるだろう。


非情にヤバい。破滅の足音がする。


「貴様っ! 何をする!」


 赤のジョーカーが怒鳴る。

 従者の二人が手足を引き摺りながら赤のジョーカーの脇に立ち、扉の外を軽快している。


 すぐに逃げられるように構えているようだ。


 リオンもすぐに逃げ出したいが、今のリオンの逃走経路は赤い仮面の男達の後ろにあるドアを出て階段を降り、建物の入り口から出るしかない。


 ちらりと窓の外に視線を向けるがここは三階で、魔力を封じられているリオンが飛び降りるには危険過ぎる。


「捕まりたくなかったらさっさと消えるんだな」


 一通りガラスを割り終えると銃を弄びながら金のジョーカーは告げる。

 その声色は随分と余裕があり、まるで自分は捕まらないと言っているように思えた。


「そうは行くかっ!」


 赤のジョーカーは腰に付けていたサーベルを抜いた。


 刃に手を滑らせると刀身が赤い光を纏う。

 その刃から膨れ上がる魔力にリオンの肌が粟立つ。


 恐らく、この男は強い。人並外れた魔力の持ち主であるとリオンは肌で感じた。


「へぇ、いいの持ってるな」 


 今まさに目の前の男が斬撃を繰り出そうとしているのに焦った様子もなく、金のジョーカーは言う。


 赤のジョーカーのサーベルは警吏の持つ波動銃と同様に自身の魔力を流し込んで攻撃力を上げる特殊な造りになっているのではないだろうか。


 サーベルに魔力が集約されているのが見ていてはっきり分かる。


「まぁ、今ここでそんな物を振り上げても逃げるのが遅れるだけだけど」


 金のジョーカーが言う。


 その言葉に赤のジョーカーは奥歯をぎりっと噛み締めた。


 リオンも赤い仮面の三人もこの建物の入り口付近まで警吏が迫っていることに気付いていた。


「君はこっち」


 金のジョーカーが言うと同時にリオンの身体中に浮き、鳩尾に硬い物がぶつかり、視界には床と散らばったガラスの破片が広がっていた。


 気付くとリオンは金のジョーカーの左肩に担がれている。


 ちょっと! 何⁉


 抗議の声を上げようと口を開きかけた時だ。

 ボンっと青白い光が発せられたと思ったら視界が白い煙で覆われてしまう。


「ごほっ、ごほ」

「おいっ! 貴様何をっごほっ」


 ごほごほとせき込む音が聞こえてくる。

 どうやら煙を吸い込んだらしい。


「じょーっごほ! ごほっ」


 ガタンっと物音までする。視界が悪く、煙を吸い込み、手足を引き摺っているのだから大変だ。


 リオンも他人事ではない。


「行くよ」


 そう言うと波動銃を床に投げ捨ててリオンを担いだまま窓枠に足を掛けてそのまま外に飛び出した。

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