第21話 重たい向日葵

 目からボロボロと涙が零れた。


 花々が咲き誇る庭園でリオンは涙を流していた。


 ここはどこだろう?


 何だか懐かしい場所のような気がするが、思い出すことは出来ない。

 そして溢れてくる涙を何度も袖で拭い、白い王宮警吏の制服に染みを作る。


 何がそんなに悲しいのだろうか。


 自分でも分からないが、何だか心が酷く傷付き、人目を避けてリオンは庭園の隅に隠れて泣いている。


 可憐な花が新緑の緑の中に咲く風景は美しく、その中で泣き腫らした顔の自分が酷く浮いていた。


 美しい花々が醜いリオンを笑っている気がする。


 絶え間なく零れる涙を拭いながら、俯く。


 すると、地面に向けた視界の中に誰かの足が見えた。


 リオンが顔を上げるとそこに立っていたのは一人の少年だった。


 柔らかそうなダークブラウンの髪が風に揺れた。


 顔は眩しくて、よく見えないが背格好から十歳前後ぐらいに見える。


『どうして泣いているの?』


「ピアノ、弾きたくないって言われちゃったの。だから、私も弾けない」


 少年の問い掛けにリオンは言い淀むことなく答えることが出来た。


 自分でも泣いている理由は分からなかったはずなのに、その言葉はスラスラと口から出てきた。


『なら、僕がピアノを弾いてあげる』


 その言葉にリオンの涙はピタッと止まる。


 顔を上げると少年の手がリオンに向かって差し出された。


『君の演奏、凄く楽しみにしてたんだ。僕に、一番近くで君のバイオリンを聴かせて欲しいな』


 優しい声で少年は言う。


『良いよ。聴かせてあげる』


 少年の言葉が嬉しくてリオンは頷く。


 差し出された少年の手に触れると真っ赤な炎が広がり、美しい庭園が熱によって溶けていく。


 リオンは少年の手を離さないように握りしめるが少年も赤い炎に飲み込まれ、姿を消してしまう。


「そんな……!」


 一瞬、強い熱風が吹き込み、リオンは目を閉じる。


 恐る恐る目を開けるとそこにいたのは金の仮面をつけた男だ。


 金色の長い髪を揺らし、リオンに向かって歩いてくる。


 逃げようと思ってもリオンの足は地面に縫い付けられたかのように動かない。


 リオンにすぐ触れられる距離で立ち止まり、男はリオンを見下ろした。


 男は警戒するリオンに顔を近づけて頬に口付ける。


「っ⁉」


 頬に触れた柔らかな感触にリオンは驚いで肩が跳ねた。


 そんなリオンの反応を面白がるように仮面の男は口元に弧を描く。

 口元しか見えないのにその仕草がとても艶めいて見えた。


 するとリオンの目の前に男が差し出したのは向日葵の花束だ。


 よく見ると一本、一本にリボンが結んである。


 その一本一本に意味があるのだろうか。


 しかも結構多い。


 リオンは向日葵の束を受け取るとその重量に驚いた。


「重っ!」


 まるで岩か何かを持たされてるかのような重量にリオンは声を上げる。

 そして重みのせいで足場に亀裂が入り、床が抜けてしまう。


「えぇっ⁉」


 リオンは重たい向日葵と一緒に深い場所へと落ちていく。


 上を見上げれば仮面の男が落ちていくリオンを覗き込んでいる。


 男との距離が次第に広がり、男の姿が小さくなっていき、目視が難しくなった頃、男が何かを落とした。


 リオンに向かって投げ落とされたのは金色の仮面と金髪の鬘だ。


 変装を解いた男の素顔を拝もうと目を凝らすが、既にその姿は小さくて素顔を確かめることは出来ない。


 リオンは自分の身体を押しつぶしそうなほど重たい向日葵と抱き、金色の仮面と鬘と共にどこまでも落ちていった

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