第20話 髪色


 幼い頃、みんなが褒めてくれる金色の髪がリオンの自慢だった。


 みんなが綺麗だと褒めてくれる金髪は父と同じ色だ。

 父と同じ色の髪が単純に嬉しかったのだと思う。


『リオンの髪は綺麗だね』


 初恋の人もリオンの金色の髪を褒めてくれた。

 それがとても嬉しくて自分の髪が更に好きになった。


 しかし、あの事件が起こって間もなく、リオンは強い精神的なストレスで髪の色素が抜け、金色を失った。


 それがある意味、世間の目を誤魔化してリオンの命を守った。


 老人であればまだしも、子供の時から銀色なのだ。

 若いリオンの銀色の髪が元は金色だなんて普通は考えない。


 リオンはケリードの言葉に内心とても動揺していた。


 胸の鼓動がやけに大きくなり、ヒヤリと背筋が冷える感覚を覚える。


「動揺しているね。どうやって言い逃れようか、考えている顔だ」


 その言葉にドキッと心臓が跳ね、息が詰まる。


「……何を突拍子のないことを言っているのかと思って驚いただけよ」


 リオンは動揺を隠すように言葉を絞り出し、ケリードから視線を剥いだ。


「ずっと不思議だったんだ。当時六歳の子供がどうやってあの火災から逃れ、世間の目を欺いて生きてきたのか……彼女は父親に似て、見事な金髪と赤い瞳を持っていてかなり目立つ容姿だった。貴族のお茶会やパーティーにも頻繁に顔を出していたから世間的な認知度は高かったはずなのに。結局、今まで無能な警吏は結局見つけ出すことが出来なかったからね」


 ケリードは平気で自分が所属する組織を無能と言う。

 その一言には只ならぬ憤りが含まれているように感じた。


「一体、何の話をしているの?」


 リオンはしらばっくれてケリードを見下ろす。


「その髪を見れば納得だよ。どうりで見つからないはずだ。瞳の色も、昔はもっと濃い赤だった。今は少し薄い色味をしてるしね……ローズレッドっていうのかな?」


 リオンは髪と一緒に瞳の色も薄くなっていた。

 リオン自身も目の色の変化に気付いたのは遅く、いつから変わっていたのか、自分でも把握していない。


 リオンを見上げ、にっこりと張り付けたような笑みを浮かべたケリードは言う。


「そうでしょ? リオン・スチュアート」


 確信に満ちたケリードの声がリオンの耳に響いた。


 ケリードが浮かべる笑みが寒々しく、リオンから体温を奪っていく。


「これじゃあ、いくら金髪の赤眼を探しても見つかるわけないよね」


 

 無能な警吏じゃ、当然見つかるわけがないと言ってケリードは息をつく。


 そこまで言い当てられるとリオンは冷や汗が止まらない。


 落ち着け、大丈夫。

 ケリードの言葉を証明できるものはない。


 そう思うのに身体が小刻みに震えるのが止まらない。


「とりあえず、降りておいでよ」


 突き出された資料を震える手で受け取り、棚に戻した。


 梯子の下ではケリードが嬉々とした表情を浮かべてリオンを待ち構えているのが非常に恐怖だった。


 しかし、いつまでも梯子の上にいるわけにはいかない。

 リオンが梯子を降りようと足を動かした時だ。


『汝らの契約は決裂した』


 ドクンっと気味の悪いくらい心臓が大きく跳ねた。


 なっ、何⁉


 突然、頭の中に響いた声にリオンは戸惑う。


 リオンは咄嗟に胸を押さえた。


 ズキっと胸に刃物を突き立てられたような痛みを覚え、息ができなくなる。


 刃物で胸が裂かれるような痛みにリオンの視界が歪み、その強烈な痛みが他の感覚を奪い麻痺させていく。


「……どうしたの?」


 リオンの異変に気付き、梯子の下からケリードが訊ねる。


「ど……退いて……うっ」


 不安定な梯子の上からリオンは何とか声を発するが、強烈な痛みに目が眩む。


「リオン!」


 梯子が大きく傾く中で、ケリードの叫ぶような声が耳に入る。


 ガタンガシャンと梯子が床に倒れ、勢いのままに跳ねる音がけたたましく響いた。


「リオン、リオン!」


 必死に自分の名を呼ぶ声が聞こえたのを最後にリオンは意識を手放した。

 

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