第9話 シオンの望み


「僕は明日、この家を出ます」


シオンははっきりとケリードに告げる。


「やっと……だね」

「はい。これも姉がお金を送ってくれたことと、貴方が叔父に黙って学費の援助と試験の手続きをしてくれたおかげです。本当にありがとうございます」


「やめて。そんなことしかしてあげられなかったんだから」


 ケリードは悔しくて下唇を噛む。


「叔父にはお世話になりましたし、可愛がってもらいました」


 素直に喜べないその表現にケリードは胸苦しくなる。

 結局自分はシオンを助けてあげることが出来なかったのだ。


「もっと、僕が早く気付いていれば……君は……」


 彼女の代わりに、僕が側にいようと決めていたのに。自分のことで精一杯で満足

に彼の言葉を聞いてもあげられなかった。


 自分の無力さに反吐が出そうだ。

 不甲斐ない自分にケリードは拳をきつく握り締める。


「もう随分前のことですから。俺は背はあまり伸びなかったけど男になるのは早かったので」


 成長期が人より早く来たのが救いだったとシオンは言う。


「もしこれが姉だったらと考えると恐ろしくて仕方ない」


「だからって君が傷付くことはなかった。助けてあげられなかった周りの大人と、気付いてあげられなかった僕のせいだよ」


「貴方は本当に気にしすぎですよ」


 そう言って済んだことだ、と言ってシオンは笑う。


「ここを出て、スチュアートを名乗るの?」

「姉が戻り、俺にそれを許してくれるのであれば」


 スチュアートの血筋は叔父とシオン、失踪中の姉であるリオンのみ。叔父は当主の弟ではあるが当主継承権はない。


「君がスチュアートを名乗っても問題ないと思うけどね」

「俺には家印がないし、当主不在でスチュアートを名乗るのは荷が重いですね」

「君が当主になれば? 家印がなくても当主にはなれる」


 ケリードの言葉に反応したかのように、白い兎がどこからともなく現れた。

 ケリードの膝の上からぽーんとシオンの膝の上に飛び乗り、シオンに甘える。


「貴方の家印は本当に可愛いですね」


 シオンは白い兎の身体を優しく撫でる。

 家印とは魔獣のことを指す。


 七大貴族の始祖達はそれぞれが魔獣と契約しており、自身の魔力を魔獣に与えることで強大な力と富を得たと言われている。


「家印を持つ者が当主に相応しい、なんて昔の話だよ。魔獣に魔力を食わせることができるだけの魔力を持つ者が選ばれるだけ。相性もあるけど、基本的に魔獣は強力な魔力に惹かれるからね。過去にも当主の器じゃない家印持ちだって大勢いた」


 その世代で最も魔力が強い者が魔獣に選ばれるというだけの話だ。


「名乗るだけなら問題ないでしょ。ただ、君が家の財産を動かすのであれば、姉を見つけ出して正式に当主の継承をしなければならないけど。現時点では姉が今代の当主であると銀行側が認めている」


「えぇ。姉が当主を放棄しなければ俺は当主になれません。ですが、その必要はありません。スチュアート家の当主は父が亡くなった時点で姉が死ぬまで姉のもの」


 ふわりと微笑みながらシオンは言う。


「俺の望みは姉の側で姉と家門を支えることです。当主になることではないので」


 自分がスチュアートを名乗るには姉が戻ることが絶対条件だとシオンは言った。


「紅蓮の不死鳥はどこにいるんだろうね」


 長い脚を組み、ケリードは溜息をついた。

 スチュアート家の家印は燃え盛る炎のような羽を持つ、不死鳥だ。


「当主の血印でしか動かない銀行が動いたんです。姉が生きている証拠です。家印も姉が持っているに違いありません」


 シオンは真っ直ぐにケリードの瞳を捕えて言う。

 穏やかに見える彼だが根は芯が強く、頑固だ。


「何故君の前に現れないんだろうね?」

「理由があるんでしょう。俺はそれが知りたくてしょうがない」


その声に含まれるのは憤りだ。

にこりと貼り付けたような笑みを浮かべてはいるが怒りの感情を殺せてはいない。


「恨んでるの? 姉を」

「まさか。ただ会いたいだけです」

「なら、良いけど」


 ケリードは手紙を封筒に戻してシオンの前に置き、立ち上がる。


「僕も彼女に用がある」


 そう言うとシオンは満面の笑みを浮かべる。

 しかし目の奥は笑っていない。 


「そう言えば最近金髪の若い女性が襲われる事件が続いてますが」


 唐突にシオンが話題を変える。


「今のところ、君の姉らしい人物はいないよ」


 その言葉にシオンは胸を撫でおろす。

 シオンの姉、リオンも眩いほどの見事な金髪で襲われている女性達と同年代。

 心配するのも当然だ。


「何か分かったら連絡するよ。それと」


 ケリードは未だにシオンの膝の上を満喫する白い毛玉を持ち上げて回収した。


「次は満月の夜」

「承知してます、ジョーカー」


 そう言ってシオンは口元に笑みを浮かべる。


「……その呼び方は止めてって言ったよね」


 あまり強くは言えないがシオンにしっかりと釘を刺し、ケリードはコーナード邸を後にした。



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