第8話 没落貴族の生き残り


「遅くなって悪かったね。誕生日おめでとう」


 ケリードはテーブルの上に成人祝いのプレゼントを置く。


「ありがとうございます。お疲れのところ、お呼び立てしてすみません」

「構わないよ。どうせ明日にでも来るつもりだったから」


 ケリードは午前九時より勤務から解放されてその足でシオン・コーナードのもとを訪れていた。


「仕事はどうだい?」

「見習いなので雑用が主ですが、来月から医務室を兼任できるように引き継ぎをしています」


 シオンは史上最年少で王宮薬剤師になった少年で数日前に十六歳になった。

 この国では十六歳で成人なので本日をもって大人の仲間入りである。


 キャラメル色の髪にエメラルド色の瞳、垂れた目元は柔らかい印象を与える。


 落ち着いた雰囲気や話し方は実年齢以上に大人びている為、十六歳には見えないが。


「なかなか会いに来れなくて悪かったね」

「王宮警吏は多忙ですからね。貴方はそれにこうやって会いに来てくれますから」

「忙しいのはお互い様か」


 ケリードが言うとシオンは柔和な笑みを浮かべる。


「そう言えば、何でも銀髪のとても美しい女性隊員がいるとか。医務官達の間でも噂になってますよ」


 ケリードはすぐにリオンの事を頭に浮かべた。


 確かにリオンは美人だし銀髪はこの国では珍しい色だ。瞳の色もローズレッドの宝石眼で目立つし、噂になってもおかしくないのだが。


「意外だね。君が女に興味を持つなんて」


 薬剤師や医師が居を置く棟とはかなり離れているのにそこまでリオンの存在が知れ渡っているらしい。


「大丈夫ですよ、貴方のお気に入りの女性を奪ったりしませんから」

「君ってそんなに冗談を言う子だったっけ?」


 年々、生意気になっている気がする。


 賢い彼は成長するごとに口達者になっているのを感じ、ケリードは溜息をついた。


「そういえば、もう少しでケリードさんも誕生日ですね。プレゼントは考えてあるんです。楽しみにしていて下さい」


 シオンの言葉にケリードは渋い顔をする。


「辛くはないの?」

「何度も言いますが、貴方は気にし過ぎなんですよ」


 十日後にケリードは二十三歳の誕生日を迎える。


 ケリードの誕生日のその日に悲劇は起きた。


 今から十三年前、この国を震撼させる事件だ。


 魔術の発動の三現法である言現術。その中でも本人の努力では敵わない素質魔術というものがある。


 炎術、水術、風術、緑術、土術、雷術、治癒術を素質七大魔術と呼ぶ。


 それらを使えるのは術者を始祖に持つ家系の者達だ。始祖の家系の中でも特に色濃く始祖の血を受け継いだ者にしか使いこなす事が出来ないと言われているのが素質魔術である。


 素質魔術の子孫達の家を国家七大貴族と言い、その中でも特に強い力を持っていた家が炎の魔術師を始祖に持つスチュアート家であった。


 怒りを買えば、その炎で国をも灰にすると言われた紅蓮のスチュアート。

 そのスチュアート家が十三年前に何者かに惨殺された。当主と妻、使用人が死亡、邸には火が放たれ、燃え落ちた。


 生存したのは当主の息子だけ。

 その当主の息子が目の前にいるシオンだ。


 彼は当主の弟でコーナード家に婿養子に入った叔父夫婦に引き取られた。


 そしてシオンには三つ年上の、当時六歳だった姉がいる。

 姉であるリオン・スチュアートの遺体は発見されていないが、生存も確認されておらず、行方不明だ。


「君が十六、姉は十九になるね」


 生きていればの話だが。


 流石にその言葉は口には出さない。

 彼は今でも姉が生きていると信じている。


「吉報があります」

「吉報?」


 吉報と言うには複雑な面持ちで口を開いたシオンにケリードは続きを促す。


「銀行のお金が動きました」


 その言葉にケリードの眉が跳ねる。


「スチュアートの?」

「はい。そして今日、スチュアートの顧問弁護士ジェイス・ケラーを介して僕宛てに封筒が届きました」


シオンがテーブルの上に開封済みの封筒を置いた。

一見普通の封筒だ。


ケリードは差し出された封筒を手に取り、中身を確認する。


「これは……!」 


封筒の中に入っていたのは一枚の手紙だ。


“成人おめでとう。貴方は私の唯一の存在、命よりも大事な私の弟。離れていても貴方をずっと想っています”


 文の最後にはL・Sと書かれている。


「リオン……スチュアート」


 彼女のイニシャルだ。


「そうです。その手紙と一緒に小切手が同封されていました。ケラー弁護士によればスチュアートの財産の三分の一に相当する大金です。そしてその小切手にはスチュアートの血印が押されていました」


 十三年前に当主が死亡した時点でスチュアート家の莫大な財産は全て姉のリオンが相続し、実質のスチュアート家の当主はリオンとなった。


 スチュアート家の財産の全ては中央銀行に管理されている。


 スチュアート家だけでなく貴族の資産や財産を管理する中央銀行は一定の予算水準をクリアした家の財産しか扱わない。


 金を預けるにしても引き出すにしても特別な契約を必要とし、契約を結ぶ事が出来るのはその家の当主ただ一人。 


 そして銀行と金銭的なやり取りをする際に必要なものがその当主の血印である。

 当主と銀行間で交わした血印契約により当主の家の財産は何があっても守られる。


 特に七大貴族は七人の強力な魔術師達の末裔であり、昔から銀行との血印契約を結んでいる。


 魔術師の始祖達が結んだ血の契約だ。


 銀行側がその血を承認しない限り、銀行との取引は出来ない。


 シオンの父、ロナウスは自分の身に何かが起こった場合に備えて銀行と弁護士を交えた契約を交わしていた。 


 事件の後すぐに弁護士を介してシオンはコーナード家に預けられた。

 その代わりに財産の何割かをコーナード家に入金している。


 ロナウスは銀行とシオンを預かる礼金とシオンが成人するまでコーナード家に一定の金額を入れ続ける手続きに加え、成人後十日以内に今まで支払った同等の額を渡す手続きをしている。もしシオンが成人前に死亡した場合、それ以降の入金は一切行わないという規約もある。


 その為、シオンが成人するまでは確実に彼は守られる。

 これがロナウスがスチュアート家の財産を動かした最後の形跡だ。


 しかし、これまで動かなかったスチュアート家の金が動いた。


 当主しか動かすことのできない銀行の財産がリオンによって動かされた。

 これは姉、リオンの生存を意味している。


「成人してコーナード家への金銭的なやり取りは終わり、コーナード家から追い出されても生活出来るようにと送ってくれたものだと思っています。そしてそれらの手続きをケラー弁護士が代理で執り行ったことを直接聞きました」


「ケラー弁護士は先代である君の父親と血印契約を結んでいたんじゃないの?」


 代々結んだ血の契約なら話は別だが、先代当主とケラー弁護士は親しい友人関係で強い絆があり、血印契約が叶ったと聞いたことがある。


 血印契約は契約者達の強い想いによって成立する。

 安易に契約を結ぼうと思っても結べる契約ではない。

 父親と結んでいたから娘とも結べるかと言えばそうでもない。


「結んだのではないでしょうか? ケラー弁護士にとって父はかけがえのない親友だったと言ってくれましたし、その娘と息子の俺の身を常に案じてくれてます。姉も頼れる大人が分からない中で縋るのはケラー弁護士ぐらいだったのではないでしょうか?」


「納得はできるね」


「父が亡くなった日、ケラー弁護士は契約者が死んで血印契約が破られた反動で失神したと聞きます。彼の魔力の器量がいかほどかは知りませんが、契約が相当強固なものだったと伺えます」


 ジェイス・ケラーは固い絆で結んだ血印契約を結んだ先代の娘と息子を守るためにリオンに血印契約を求め、リオンはそんな彼に縋って血印契約を結んだというのが推測だ。


 だからジェイスはリオンの代わりに銀行取引を代行できたという訳だが。


「肝心の彼女の居場所は分からず仕舞い?」

「教えることはできないとその一点張りです」

「彼も契約を反故すれば死ぬだろうしね」

「無理もないんですけどね」


 先代のように契約者が死亡した場合は契約破棄の反動を受けるだけで死には至らないが契約を破った場合にはその契約者の魔力に伴ったペナルティを受ける。


 そのほとんどが死である。


「教えることはできない、と言っていたので彼は姉がどこにいるのか知っているんでしょう。姉の血印を持って銀行に行ったということは数日前に姉と会っている可能性が極めて高い。もしかしたらこの近くにいるのかも知れません」


 そう言いながらシオンは窓の外に視線を向ける。


「姉が今も生きていることがようやく照明されました」


 瞳に映るのは期待だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る