第24話 脳嵐

2022年10月15日 土曜日


先週の土曜、映画「Lucy」であらためて洸一と陽一は脳が100%の能力を発揮したらどうなるか、自分たちはどうすればその状態に近づけるか、お互いそれぞれ考えて1週間後にブレインストーミング(直訳すれば脳嵐)をしようと約束した。


幸い二人とも片づけなければいけない仕事はない。いつもの土曜だと、多少なりとも翌週の仕事の準備とか残務とかがあるのだが、何も頭を占めるものがないのはブレインストーミングには好都合だ。


まずはいつものとおりランニングをこなす。あまり疲労を残してもいけないので、30分ほどで切り上げる。距離にして6㎞ほどだ。ランニングは脳を活性化することは医学的にも証明されている。


朝食は軽く、食後のコーヒーでさらに目覚めさせる。


経験的に、ブレインストーミング(ブレスト)はじっと座ってやるよりも、歩きながらの方が頭を働せるには良いのだが、ひらめいたことは即時に書き留めた方がよいので、いつも考えるときに使っている小型のホワイトボードをリビングのテーブルに置く。


「だらだら考えても集中が続かないので、まずは1時間だけ、どんな突飛なアイデアでもいいので、どんどん吐き出してみないか」


と、洸一が提案すると陽一は


「それがいいね。時間を決めてまずは思い切り発散させてみよう。ブレストはひとりでやると堂々巡りしがちだから、洸一とそれもホワイトボードを使ってやればそれは避けられるし。人間の思考の99%は同じことの繰り返しだっていうしね。そうだな、前提として、汎用AI(人工知能)に負けない人間の頭脳って何かな」


汎用人工知能(Artificial General Intelligence、AGI)とは、すでに実用化されている、膨大なデータや高い処理能力は持っているAIを超えて、問題を特定して自分で解決することができるAIのことだ。


「AGIが実現したら人間がやってるほとんどの頭脳労働は置き換えられてしまうね」


と洸一がいうと陽一は


「どこまでのことができるか明確に定義されていないからね。芸術家たちはAGIを否定するけれど、ぼくらが関わっているミッションの開発者たちは信じているし、ぼくらを研究材料にしているからね。別に命令されている訳じゃないけど、このブレストもその一環てことになるな。結果的に」


「IQが高いからというだけじゃないね。IQは与えられた問題を如何に速く解けるかだから。いわゆるクリエイティブな能力だな。常人からすれば、どうしてそんなことが思いつくのか、そんな問題の解き方を思いつくのか、想像すらつかないような」


「去年、数学の難問、ABC予想を日本の数学者が証明したと話題になったよね。それまでポアンカレ予想とか数々の『世紀の難問』が天才数学者によって証明されてきたけど、ABC予想の証明はそれまでの発想とはまったく違うものだった」


「ぼくらがやってる音楽もそうだよね。だけど、どうしてそんな難しい曲が弾けるかという技術的な面だけだったら人間はAIとロボットにかなわない。楽譜があればそのとおり瞬時に練習せずに弾けてしまうし。それより、作曲家の方が超人的だと思うな」


洸一と陽一の議論はどんどん白熱していき、気が付いたらすでに4時間も経過していた。陽一がはっと気づいて


「あっ 気づいたらもう11時じゃん。1時間のはずが・・・」


「そうだね。一人で考えてたらとっくに行き詰ってたところだった。きょうはこの辺にしておこうか。また来週やろう」


「そうだね。じゃあきょうは外苑前あたりでランチにしようか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る