閑話 花火大会:前夜・後夜

 今日も断りきれずに飲みに行くことになってしまった。

 居酒屋への道すがら、成宮さんは何かを思い出した、というように「あ」と声を上げた。


「そういえば、井口さんに花火大会に誘われたんだよね」

「へぇー」

「相変わらず俺に興味ないね、桂木さん」

「まあ、あるわけ無いですよねぇ」


 成宮さんには一切興味はないが、井口さんが花火大会に誘ったのは意外だった。

 あの人も行動する気になったのか。


「で? それ、断ったんでしょう〜?」

「うん。『気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい』って言ったよ。彼女、気丈に振る舞ってたけど泣きそうだったなぁ」


 そりゃあ、ずっと恋してた人に断られたら脈なしと同義だし、仕方ないとは思う。

 彼女も回りくどいけん制と思うだけ片思いを辞めたのだ。

 そこだけは手放しで褒められる。


「で? 成宮さんは誘えたんですかぁ? 花火大会」


 花火大会の部分をわざと強調してみる。

 予想通りというかなんというか。彼の視線はバツが悪そうに泳ぎ始めた。


「えー? 人からお誘いされたことを自慢してる場合ですかぁ?」

「自慢をしていた訳じゃないけど、そう言われると心が痛いなぁ……」

「わざと言ってますからねえ。心を痛めていただかないと」

「本当に桂木さん変わったよね」


 成宮さんは引きった笑いを貼り付けた。

 この人は何かにつけてこのセリフを言ってくるな。


「でぇ? いつになったら誘うんですかぁ? あと2週間ですよ?に・しゅう・かん!!」

「うぅ……今日も誘おうと思ったんだけど、気付いたら帰っちゃってて……」


 仕事の時の成宮さんを発揮できればこんなことにはなっていなかっただろうに。

 プライベートでは完全にチキンに成り果てている。


 わざとらしくはー、とため息をつく。

 ここまで弱られると虐めている私が悪いみたいじゃないか。


「ハイハイ。話は酒を交えて聞いてあげますよぉ〜」


 完全に元気を無くした成宮さんを励ましつつ、居酒屋の暖簾をくぐる。

 もうお馴染みになってしまった店員に「二人です」と伝え、席へと案内してもらう。


 週の中日なかびなのに思ったよりも客席は埋まっている。

 店員に続きながらキョロキョロと辺りを確認していると見慣れたロングヘアの女性が目に入った。


「あれえ? いのり先輩?」

「あれ、夢子さん。お疲れ様です」

「お疲れ様でぇす。一人で飲み屋にいるなんて珍しいですねえ」


 いのり先輩が来ていたとは、珍しい。

 嬉しい反面、成宮さんと一緒なのでまた勘違いされてしまいそうで腹立たしい。

 忌々しげに成宮さんをみると、彼は居心地が悪そうに萎縮した。


「いえ、藤沢と一緒なんですよ」


 いのり先輩が指した手の方に軽薄そうな人間が座っていた。

 遠巻きで見たことはあったがなるほど。この人が成宮さんの思い人か。

 しかし何故いのり先輩とサシで飲みに来ているのか、釈然としない。


「え? ……あ、ほんとだ。お疲れ様でーす」

「おー、オツカレサマです! ん? 一樹も一緒なんだな!」

「岳もこのお店にいたんだね」

「都とサシで飲んでたんだわ! どうせだったら一緒に飲むか?」

「良いですねえ! そうしましょ。ね、いのり先輩?」

「私はいいですけど、成宮さんは大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「おっし、決定だな! すんませーん!」


 藤沢さんが店員を呼び止めて席の交換を申し出ている。

 席に余裕があったみたいで別の席に移動できる運びになったようだ。



◇ 



「じゃっ、仕切り直して! カンパーイ!」


 カンパーイ、と一応掛け声だけ合わせたもののハイテンションなのは藤沢さんだけで私含めて他3人はローテンションだ。

 成宮さんにはここで藤沢さんを花火大会に誘ってもらわなければならない。

 せっかく舞い込んできたチャンスだ。私のためにも藤沢さんに粘着してもらいたい。


 だというのに成宮さんは聞き役に徹していて一向に話題を振ろうとしない。

 予定と違うじゃないかと睨みつけると、成宮さんは私から視線を逸らした。


「そういや、俺、桂木さんに直接自己紹介したことなかったわ! 営業1課の藤沢岳でっす! よろしく〜!」


 成宮さんと話をしてほしい人間はなぜか私に話題を振ってきた。


「いのり先輩と同じ企画管理課の桂木夢子でぇーす。よろしくお願いしまぁーす」


 これ以上私に話しかけてほしくないのでいつも以上にそっけなく応対する。

 藤沢さんは『あれ?』と言いたげな顔で首を傾げている。


 ちら、と成宮さんを再度確認する。

 なるほど、話す気はなさそうだ。じゃあフォローしてやる義理もない。


「ていうかぁ〜、藤沢サンといのり先輩って仲良いんですねぇ、サシで飲みにくるくらいですもんねぇ〜」

「ん? まぁ都とは同期だしなぁ。仲は良いよな!」

「ふぅーん?」

「桂木さんもさ、一樹と仲良かったんだな! 俺は知らなかったからびっくりしたぜ?」

「べっつにぃー。今日だって成宮さんがしつこいからサシで飲みにきたようなもんですしいー」

「おっ、そうなのか?」

「えっと、確かに俺から誘ったけど……」


 成宮さんがその後を一向に話そうとしないのでだんだん空気が重たくなっていく。

 藤沢さんと私の視線を浴び、たじろぐ成宮さん。

 そんな彼を不憫に思ったのか、いのり先輩が壁に貼られていたポスターを指さした。


「そういえば、再来週、花火大会やるんですね」


 いのり先輩の鶴の一声でみんなの視線が一気にポスターへと移動する。

 これは、いのり先輩を花火大会にお誘いするチャンスなのでは……?


「へぇ〜! 良いですねぇ! いのり先輩、誰かと一緒に行くんですかぁ?」

「いえ、一人で観に行こうかと思ってました」

「えぇ〜? せっかくだから私と行きましょうよお〜」

「夢子さんが良いなら、ぜひ」

「ふふっ! 決まり、ですね?」


 先ほどまで不機嫌だったのが嘘のように心が弾み始める。

 視界の端で成宮さんが羨ましそうに私を盗み見ているが、そんな顔するぐらいならパッと誘ってしまえばいいのに。


「おっ、良いなぁ〜。俺らも一緒に行きたいなぁ〜! な、かーずき!」


 私の心を悟ったわけではなさそうだが、藤沢さんは成宮さんの肩に腕を回しそういった。

 成宮さんは冷静さを装っていたが、内心大喜びしているのだろう。口の端がにやけそうになっている。


「楽しそうだね」

「はぁ、二人で行ったら良いんじゃないです?」


 仕方ないからお膳立てをしてあげた。

 成宮さん的には二人で一緒に回るのが最適解だろうし。


「なー、都からもなんとかお願いしてくれよ〜!」

「えっ!? 私ですか!? ……私からもお願いします」

「……いのり先輩が言うならちゃあんと従いまぁす。……今度、埋め合わせで時間くださいねぇ? センパイ!」

「分かりました。夢子さん、ありがとうございます」

「埋め合わせは絶対ですからね!」


 いのり先輩にそういわれてしまっては断れない。

 成宮さんはといえば藤沢さんと一緒にどんなコースで回るのか、という話で盛り上がっていた。


 本当にこの調子で告白まで行けるのだろうか……。





「私、ハイボールでぇ。成宮さんは?」

「……」

「成宮さぁん?」

「ビールで……」

「生1つとハイボール1つでぇ」


 もはや恒例となった成宮さんとの飲みの席、いつもと違うところといえば成宮さんのテンションが異常に低いところだろうか。

 花火大会での告白が失敗に終わったことに関して落ち込んでいるらしい。

 失敗してしまったことをくよくよ悩んでも仕方がないというのに。


「成宮さん、ビール来ましたよぉ。ハイ、乾杯」


 無理やりジョッキを合わせて乾杯をする。

 本当に今日の成宮さんから覇気が感じられない。


「桂木さん、ホント、ごめんね。いろいろ気を遣ってもらったのに……」

「いいえ~別にぃ」


 彼の言う通り、花火大会では成宮さんと藤沢さんが2人きりになれるように画策した。

 事前に成宮さんから藤沢さんの動向を聞き及んでいたので意図的にはぐれられるよう、花火大会開始の時間間際で人が多くなってきたところを狙って、藤沢さんが屋台へ走っていくように仕向た。

 そしてそのまま私たちと成宮さんたちでグループを分断することに成功した。


 その後のことは成宮さん頼みで私は特にプランニングしていなかった。

 この状況であれば告白できると思っていたのだ。

 だが解散直後、成宮さんからの電話報告で失敗したことを聞いた。


「花火始まって、岳に『好きだよ』って言ったんだ。そしたら『えー! 一樹、なんっていったー?』て言われてさ。聞こえなかったみたいだったから今度は花火が終わってから言ったんだよ。もう一回『好きだよ』って。そしたら、『一樹、好きって言ってたもんな! 花火!』って……」


 言葉尻はほぼ泣いているような声音になっていた。

 流石にかわいそうで「花火が好きだと勘違いするとかベッタベタですねぇ!」とか言えなかった。それくらい、かわいそうな声だったのだ。


 1週間たっても精神的衝撃は大きかったらしく、しゅんとしているというわけだ。


「あのぉ、成宮さん。いつまでもくよくよしてないでくださいよぉ」

「うん……ごめんね……」

「もう失敗しちゃったんだから次の案に行かないと」

「次の案?」

「そうです。だって転勤の話、ほぼ確定なんでしょう~?」

「そうだね、話が固まってきたから来週あたりに課長から直接話があるって言われたんだよね」

「でしょぉ? なので次のイベントでびしっと決めましょうよ。告白」

「……うん! ありがとう、桂木さん。本当、変わったよね」

「ハイハイ、誉め言葉として受け取っておきますよぉ」

「それで、次のイベントって?」

「送別会ですよぉ。多分やるでしょぉー?」

 

 花火大会でダメとなるともうそこくらいしかイベントが思いつかなかった。

 本当は『夏祭り』と言いたかったのだが、この区域ではめぼしい夏祭りの実施はない。転勤準備で忙しくなる成宮さんを一応考慮したのだ。


「や、やるとは思うけれど、たくさん人が参加するから難しいんじゃないかな……?」

「大丈夫ですよぉ。私も歓迎会の時に抜け出せたんですしぃ」


 大体の人間は酒が入ると各々好きに行動する。

 なので、場の人間に適度にお酒が入ってから抜け出せれば問題ないはずだ。


「前向きに検討しておいてくださいねぇ」


 ごくごく、とハイボールを一気飲みして店員を呼び止める。

 成宮さんは思いつめたように泡が消えぬるくなったビールをじっと見つめていた。

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