閑話 しつこい人

「桂木さん!」


 一時期、粘着していた男性……もとい成宮一樹さんが話しかけてきた。

 最初にアクションを起こしたのは私のほうだけどいい加減しつこい。


「なんですかあー。私忙しいんですよねぇ」


 適当にあしらうけれど、上手くいかない。

 この人、完璧超人と評判高いが、こんなにあきらめが悪いとは思わなかった。

 どんな性格であろうともモテてしまうのだからイケメンは徳だ。


「先輩に勘違いされたらどうするんですかあ?」

「ごめんね」

「謝るけどやめないんですねぇ」

「俺、余裕ないからね」

「見てれば分かりますぅ~」


 藁にもすがるような思いとでもいうのだろうか。

 正直なところ、彼と話をしているところを誰かに見られてさらに勘違いが加速するのも面倒くさいのだが、あきらめる様子がないので仕方がない。


「ハァー。今晩、飲み行きますよぉ」

「……! ありがとう!」


 結局根負けしてしまうあたり、私もお人よしなのかもしれない。





 そもそもなんでこんなことになったのか。


 発端は桜の宴会の数週間後。

 いのり先輩と昼ご飯を食べてフロアに戻ってきたところを成宮さんに捕まえられたところから始まった。


「お疲れ様です」

「お疲れ様でぇす」

「桂木さん、最近都さんと仲いいよね」


 突然そう聞かれたので、成宮さんはいのり先輩に気があるのかと思ってしまった。


「すっごく仲良しですけどぉ、何か問題ありますかぁ?」

「いや、問題というよりか……」


 そこで成宮さんがお茶を濁す。

 なぜそこで止まるんだ。というかもじもじしないでほしい、告白現場かと思われたら厄介極まりない。


「なんですか?」


 はっきり言えよ、という気持ちを込めて言うと成宮さんは聞きづらそうにボソッと声を出した。


「都さんのこと、好きなのかなって」


 恋愛対象として、と彼は続けた。


「そうですよ。好きですけど」


 半分イラつきながらそっけなく答えた。

 ひやかしで言っているのだろうか。

 会社の人たちは急に態度が変わったな~ぐらいにしか思っていないのでそういった話をされることはなかったがなぜこのタイミングで成宮さんはそんなことを言ってきたのだろうか。


「気を悪くさせてしまったかな。ごめんね。別に馬鹿にしようとか思って言ったわけじゃないんだ。ただ、相談に乗ってほしくて」

「……は? 相談?」


 自分で言うのもなんだが、地を這うような低音が出てしまった。

 私から発されたと気付かなかった成宮さんが目を丸くさせている。


「相談ってなんですかぁ?」


 いつものトーンで言い直す。

 今度はちゃんと私の声だと認識されたらしい。


「岳のこと、好きなんだよね……その……恋愛対象として……」


 今度もギリギリ聞き取れるぐらいの声量だった。

 緊張感のない感嘆詞を数回発していたのでなんとなく言いにくいことなのだろうとは察していた。

 まあ、早く言えよ、とは内心思っていたけれど。

 とにかく恋バナの相手が欲しいということだけは理解できた。


「謹んでお断りいたしますね」

「えっ! ……まさか断れると思ってなかったからびっくりしちゃった」


 断られると思っていなかったのか。

 どんだけ世界から愛されていると思っているんだ。この人。


「そもそもですけどぉ。私は貴方の恋愛に興味ありませんしぃ」

「そんなこと言わずに」

「え、思ったよりしつこい」


 思わず口にしていた。

 いつもはなんでもそつなくこなしているのでこう泥臭い感じだとは想像していなかった。


「よく岳に言われたなぁ」


 しかもどうでもいい回想まで挟んでくる。心底興味ない。

 何とか振り切ろうとするもフロアにいるときにも何度か話しかけられる始末。


 絶対先輩に勘違いされている気がする。

 というか先輩だけでなく色んな人に誤解されている気がする。

 どこから聞こえたのか定かではないが「あの成宮が陥落した」と誰かが呟いていたのだ。

 本当によくない方向に誤解が進んでいっている。


「あの!」

「あれ、桂木さん」

「フロアではなしかけないでくださいよぉ! ……終業後、話聞くんで」

「本当に?ありがとう」


 これもこの男の策略なんだろうか。だとしたらとんでもない性悪だ。

 でも全く悪気がなさそうなところを見ると無意識でやっているらしい。


 根負けした私の気など知らずに「さっそく今夜ご飯食べに行こう」とうきうきしている成宮さんを尻目に深い溜息をついた。





「……で。相談って何ですかぁー」


 奢るから、という言質を取ったので仕方なく、成宮さんと居酒屋に来た。


「入社当時と比べると本当、桂木さん変わったよね」

「あのぉ、無駄口叩くんなら帰りますけどぉ」

「ごめん、つい」


 成宮さんが自由に話しているといつまでたっても本題に入りそうにないので茶々を入れる。

 職場で見ている完璧超人とはずいぶん印象が違う。

 この人も外壁を3重ぐらいにして作っているのだろう。

 もったいぶった咳払いの後、成宮さんは口を開く。


「まあ、その。相談っていうのは、どうやったら告白できるかな、ってことなんだよね」

「はぁー。想定した通りの相談内容ですねぇ」

「あれ、想定内だった……?」

「はい。だったら今この場に呼び出して告白しちゃえばいいじゃないですかぁ」

「それはちょっと……。雰囲気とか大事だと思うんだよね」

「雰囲気、ですかぁ」

「そう。……ちなみに桂木さんは、その、した?」

「した……って言えるんですかねぇ? もどきならこの間の歓迎会の時に。」

「あー、俺が課長に飲まされてる時だ。2人ともいなかったもんね。やっぱり素敵な雰囲気って大事だよね」


 この人、私といのり先輩がいないことに気が付いていたのか。目ざとい。

 細かいところに気が付くところは流石、課のエースといったところか。

 

 でも相談内容が可愛すぎて奥手な女の子とと恋バナしている気持ちになってきた。

 でもまあ雰囲気がないと嫌だという気持ちはわからなくもない。


「それに……もしかしたら転勤かもしれないから……」

「転勤……ですかぁ?」

「うん、大阪に。まだ確定じゃないらしいんだけどね。でも8割方そうなるだろうって。もしそうなるとしたら9月1日から大阪っていう話だったから……。だから……」


 成宮さんは『だから』の続きは言わなかった。

 その続きは言われなくてもわかった。だから藤沢さんに告白したい、ということなのだろう。


「じゃあ、何か雰囲気の良いイベントに誘い出して告白する、とかどうですかぁ?」

「雰囲気の良いイベント……」

「これから夏ですしい、お祭りとか海とか。花火大会とかですかねえ?」

「花火大会。毎年会社の近くでやってるから良いかもしれない。岳と行ったこともあるし」

「ハイハイ、決定ですねえ。それじゃ、善は急げです! 頑張ってくださいねえ〜」

「うん! ありがとう、桂木さん」


 よし、とガッツポーズをして気合を入れている成宮さんを横目に花火大会に思いを馳せる。

 私もいのり先輩と観に行けたら、なんて。





 成宮さんから話しかけられるようになってから、ぱたっと止まっていた呼び出しが復活してしまった。

 前ほど頻度も多くない上、中身も前とは違い『成宮さんに気はないんだよね?』という確認程度のものだ。

 それでも呼び出されること自体面倒くさい。今度成宮さんには高級寿司でも奢ってもらわないと割に合わない。


「桂木さん。ちょっと良いかしら」

「井口さん、お疲れ様でぇす。何でしょうか?」

 この人も呼び出しを再開したうちの一人だ。

 この口調は十中八九仕事の話ではない。


「ここじゃなくて、屋上で」

 ほら、やっぱり。



 屋上へ向かうエレベーターの中は史上最高に空気が重かった。

 どちらからも声をかけようとしない。

 井口さんは聞きたいことを頭の中で整理しているような面持ちだ。


 機会音交じりの女性の声が屋上階に着いたことを知らせるとドアが開く。

 井口さんが肩で風を切るように降りていくので、私は気が進まないながらもその背中についていくことになった。



「あの、桂木さん」


 屋上についてすぐ、井口さんは口を開いた。

 5月も半ばに差し掛かっているからか、春の空気というよりも初夏に向かう最中といった風体で、屋上に植えられた木々も新緑を携えて午後の光を浴びて淡く輝いている。

 彼女は何か後ろめたいことでもあるのかのように、視線を地面へ向けていた。


「はあい、何ですかぁ?」

「……最近また成宮君に迷惑をかけているみたいだったから」

「えぇ? 私が、成宮さんに、ですかぁ?」


 わざとらしくそう井口さんに伝える。

 第三者の視点から見ていても成宮さんから私に声をかけてきていることは明らかなはず。

 なのにこの人はまだ私が原因だと、そう決めつけている。

 ……いや、


「そう思ってるのは勝手ですけどぉ、実際、成宮さんから声をかけられているわけですしぃ。……そんなに気になるのなら成宮さんに直接聞いたらいいじゃないですかあ」


 自分でも驚くくらい、迷惑そうな声が出た。

 いのり先輩にも勘違いされていそうなことが余程しゃくに障ったらしい。


「そんなの!」

「無理に決まってる、って言いたそうですねぇ? 無理だって決めつけているだけじゃないですかぁ」


 図星だったのだろう、彼女は何も反論してこない。


「まどろっこしいことしてないで、聞いてみればいいじゃあないですか」


 もう話すこともないだろう。

 「それじゃあ、私戻るんでぇ」と井口さんに声をかけ、屋上から立ち去る。


 去り際に彼女が何かつぶやいていたけれど、私の耳に届くことはなかった。

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