閑話 貴女と似る
成宮さんの転勤が確定した。
9月1日付で大阪にとのことで、フロアでは朝から転勤を惜しむ声が飛び交っていた。
そして私が想定していた通り、送別会も行われる運びになった。
最初、幹事は佐藤さんになったと聞いたので直接本人に藤沢さんに任せてもらえないかという話をさせてもらった。
佐藤さんも上の偉い人に気に入られるチャンスとあって渋っていたが、「成宮さんの同期だし、せっかくの送別会、セッティングしたがってたのになぁ~」という私の言葉を聞き、意見を180度変えた。
「同期は大切にしないとだもんなぁ」
とあっさりOKを出してくれた。
最近本田さんと仲が良くなったこともあり同期に対して思い入れが強いらしい。
幹事が藤沢さんになったことにより、呼び出しやすいシチュエーションを整えてあげたのだが……。
「えっ、でもたくさん人もいるのに岳だけ呼び出すのは難しいんじゃないかな……?」
この男はこの
草食系男子の流行りは当の昔だ。これ以上ナヨナヨしないでほしい。
流行っているときから草食系があまり好きではなかったのに目の前にいると、どつきたくなる。
「えー。幹事と話がしたい~とか言って誘い出せばいいじゃないですかぁ~。別に怪しまれないでしょぉ~?」
「でも……」
「藤沢さんだって28歳だし今まで彼女もいたことあると思うんですよ。まあ、顔はかっこいいほうだと思いますしぃ。空気読めないところに目を瞑ればまぁ、性格も問題なしじゃないですかぁ~……多分。で? 今フリーなのが不思議なくらいなんですよぉ。近々彼女ができて、結婚して、ってなっちゃっていいんですかぁ? ……誰か別の人間があの人の隣歩いてていーんですか?」
煮え切らない態度の成宮さんについかっとなって煽ってしまった。
でも彼は優しく諭すように言っても行動には移さないと思ったのだ。
ここ最近話していて分かった。成宮さんは極度に臆病だ。
きっと今まででに恋愛関係で嫌なことがあったのかもしれない。けれど、自分から動き出さなければ何も変わらない。
「別に、成宮さん次第なんで私はどっちでもいいんですけどぉ~。やらなかった後悔を一生引きずるんですかあ?」
「……そう、だね。一生は引きずりたくないな」
成宮さんは口元に手をやり、少し考えてから決心したようだった。
「ここまで話を聞いちゃったわけですしぃ、私も最後まで付き合ってあげますよ」
「桂木さん、ありがとう。君って案外優しいよね」
「案外って余計だと思いまぁーす」
「ふふ。ごめんね」
どうやら生意気な後輩の進言は彼の一歩を後押しできたようだ。
迷いの晴れた成宮さんの顔は今まで見た中で一番かっこよく、様になっていた。
◇
私が考えた作戦はいたってシンプルだ。
まず、周りの人間に酒が入りきるまで待つ。全員酒が入り判断力や理性が鈍ってきたあたりで藤沢さんを呼び出す、というもの。
藤沢さんは酩酊するまで飲んだりすることはないだろう。
幹事、尚且つ上司や部長陣も参加している場のためそのような判断はしないはずだ。
あの人もなんだかんだ打算的だということが先日いのり先輩と話していた時に発覚したためこれは間違いない。
軽薄そうに見えて頭が切れるのは腹が立つが、そこは置いておく。
送別会は人数も多いらしく、立食形式にするといのり先輩から事前に聞いていた。
立食であれば人の移動が頻繁に起こるしさらに呼び出しやすい状況になりやすい。
しかしここで一番問題になるのが、我が課の課長の存在だ。
ザルで店にある酒を飲みつくすほどの酒豪。
酒の席では絡み酒になり、酒の弱いものは全員潰される。
しかも課長は部長陣がいる中でも酒癖の悪さは変わらないそう。そのため部長陣は最初のほうだけ課長と一緒に飲み、宴会後半になるとそっと離れていくとのことだった。
成宮さんが主役の席で課長が成宮さんに絡みにいかないとは思えない。
宴会後半にどうやって課長を封じるのか、これが一番の肝だ。
私が考えた策は主に2つ。
一つは私自ら課長に話しかけに行き、足止めをすること。
一応酒は強いほうなので、自分がつぶれる前にお暇すれば成宮さんのフォローに回れる。しかし、私一人だけで行くと私がいなくなった後に成宮さんを探し始めるので店に成宮さんがいないとばれてしまう。
そこで考えたのがもう一つの案だ。
我が課のメンバーとあらかじめ世間話をしておく。私がそういえば、と課長の話題を出したところで課長を話の輪に参加させる。そのためには課長が近くにいて話題を振れる状況が必要なので、そこは成宮さんにお願いした。
彼が課長と話しているところで私が課長に話題を振る。
成宮さんは別の課の人へのあいさつをする体でその場を後にする。最終的に私もお手洗いに行くふりをしてお暇する。これが全体の流れだ。
上手く行くかどうかは正直わからないが、策はないよりあったほうがマシだろう。
◇
送別会、当日。
藤沢さんが予約したのは妙に洒落た店だった。
事前に聞き及んでいた通り、人数は大人数……ざっと100名ぐらいだろうか。そして立食式なのも変わりない。
私は予定通り飲む量をセーブしつつ、作戦のために成宮さんのフォローに回った。
想定と違った点といえば予測以上に女性社員の数が多いことと、それに加えて酒の力を借りて成宮さんに話しかけようとする人間が多いことだろうか。
このまま放置してしまうと後半戦になり成宮さんが彼女たちに捕まる可能性が出てきてしまう。
この状況において一番の適任者にちょっかいをかけに行くことにした。
「井口さぁーん、お疲れ様でぇす」
「あら、桂木さん」
「結構飲まれてますねぇ?」
「そうかしら。そんなことないとは思うけれど」
そうは言いつつもぐいぐいシャンパンを飲んでいる。
井口さんはこの前、成宮さんに実質上の脈なし宣言をされたからか彼を遠巻きからじっと見ていた。
「そうですかぁ? ……それにしても成宮さん、モッテモテですねぇ~」
「……」
「あの中から成宮さんの彼女が選ばれたりするんですかねぇ~?」
井口さんは唇をぎゅっとかみしめている。
彼女は酒がそんなに強くないと聞いていたのでちょっと煽れば周りをけん制してくれると思ったのだが、花火大会の件を引きずっているみたいだ。
「成宮君はそんな軽い人じゃないわ」
「ふぅーん? でも男の人なんて、胸元開けて近寄ればイチコロですよぉ?」
そういい、わざと胸元をはだけさせてみる。
不本意ながら男性の視線が集まってきたが、そのことに井口さんも気づいたようで顔を真っ赤にしている。
「せ、節度をもって行動して! 飲みすぎよ!」
「はぁーい。あーあ、怒られちゃった」
怒り半分、焦り半分といったところか。
胸元を直しつつ井口さんを観察する。
彼女の視線はなおも成宮さんに注がれている。
彼女は手持ち無沙汰になり手元のシャンパンを飲み干し、新しいグラスを手に取っていた。
「でも私だけじゃなくて、あの人たちも同じようなものですけどねぇ~」
成宮さんの取り巻きを指さす。
彼女たちも胸元を極度に出していたり、スキンシップでボディタッチをしたり、短いスカートを履いていたりと節度という言葉からかけ離れている。
井口さんはそれまでずっと成宮さんしか見ていなかったようで、私の指摘で初めて彼女たちが視界に入ったようだ。
先ほどまで羞恥で赤く染まっていた井口さんの顔は怒りに変わっていた。
目も釣り目なうえ眉毛も吊り上がっており、はたから見たら大変物騒な顔になっていた。
「成程ね。報告ご苦労様。私、ちょっと行ってくるわ」
早口でまくしたて、シャンパンを一気飲みする。
この短時間でシャンパングラスを2杯開けた彼女はもはや理性を保っていなかった。
「しょーちいたしましたぁ~」
ひらひらと彼女に向って手を振った。
彼女は勇み足で成宮さんたちに近づき、そして取り巻きの女性たちにかみついている。取り巻き達の視線が井口さんに移り、キャットファイトが始まった瞬間に成宮さんがその場をこっそり離脱した。
かっこよく、様になればなったで問題が付きまわるのだからイケメンも大変なのかもしれない。
◇
いよいよ宴会も後半に突入する。
順調に課のメンバーを巻き込み、世間話に花を咲かせられている。手筈通り、成宮さんが課長に絡まれながら近くで話している。
「そういえばぁこのお酒のメーカー、課長が好きなやつですよねぇ? この間、お話を聞いたんですけどぉ、すっごくおもしろかったんですよねえ~」
わざと課長に聞こえるように、腹から声を出す。
本田さんや佐藤さんがゲッ、という風に顔を歪ませると同時に背後から課長が近づいてきた。
「お! 桂木さん! わかってるねぇ~!」
「あ、課長~。お疲れ様ですぅ~」
「このメーカーなんだけどねぇ、200年前から製造されてて……」
課長のうんちくが始まった。
ニコニコして聞いているのは私ぐらいで、ほかの人たちはみんな広角を無理やり上げているためえくぼに無駄な力が入っている。
気分がよくなり始めたのか、課長は近くにいた佐藤さんの肩を組み酒を勧め、なおも話続けいてる。
成宮さんはうまく輪から抜け出しており、藤沢さんに声をかけに行ったのが遠目で確認できた。
「すみません~。私、お手洗い行ってきますねぇ~」
本田さんと佐藤さんを犠牲に、あとは近くにいた別グループの井口さん、今野さん、水島さんを巻き込んで課長の絡み酒の輪は広がっていった。
わちゃわちゃしている中から抜け出し、店の裏口から外へ出た。
成宮さんと藤沢さんが話している間、店の生垣から人が近寄らないように見張りをする。
告白の場面を誰かに聞かれないか心配する成宮さんに、「じゃあ私が見張ってますよぉ~」と申し出た。
本当だったら店の中でいのり先輩と楽しく飲んでいたかったのだが、乗りかかった船だ。しかもこの案は私から出したものだし、仕方がない。
しかし成宮さんはもじもじしているだけで一向に告白しようとしない。
どうしたものか、と隠れてみていると店の裏口からいのり先輩がやってきた。
なぜ先輩がここにいるのだろうか。
もしかしたら姿の見えない成宮さんを心配して探しに来たのかもしれない。
じっと先輩を見ているとふと目が合った。
声をかけられる寸でのところで、『シー!』というジャスチャーを送る。
彼女は不思議そうに首をかしげていたが、声を出すことなく私の横に来てくれた。……目を離していた訳だが、成宮さんはちゃんと告白できただろうか。
成宮さんは顔を真っ赤にして口をハクハクさせていた。
ちゃんと言えていたのか怪しいところだ。
「もう、じれったい……」
私の独り言を聞いたいのり先輩が再度首を傾げた。
成宮さんと藤沢さんが店の中に戻った後、いのり先輩がなおも不思議そうに私の顔を見ていた。
「夢子さん、なんでこんなところで見張りしてたんですか?」
きっと彼女は成宮さんを毛嫌いしている私がここにいる理由が気になってで仕方ないのだろう。
「ま、なんというかぁ。うーん。おせっかい、みたいなカンジですぅ」
きっと理解はしていないのだろう、彼女はまた首をかしげている。
好きな人に性格も似るものだ、とどこかで見たことがあった。
おせっかいをするようになった私もきっとその兆候があるのかもしれない。
納得すると、満足そうな微笑が自分から漏れた。
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