第13話 打ち上げ花火、打ち上げ話(後編)
夢子に先導されたどり着いたのは人気のない河原だった。
河川敷からさらに川の方へと歩みを進めているため、草と土を踏んでつくられたけもの道を歩いているのだが……砂利や石ころばかりの足場は下駄で進むのには一苦労だ。
そんな不安定な足場なのにも関わらず夢子はスイスイ進んでいく。
「あ、そこ気をつけて下さいねえ。木があるので」
しかも危なそうなところは事前にスマホのライトで照らしてくれる親切設計だ。
「ありがとうございます」
「いいえ〜、先輩に転ばれると困るんでぇ。……ハイ、とーちゃくしましたぁ」
パッと前が開けた。どうやら川辺に着いたみたいだ。
対岸には人影がちらほら見えるが、こちらの岸には私たち以外いない。
夢子は腰を掛けるのにちょうど良さそうな岩を発見したらしく、「先輩、ここで見ましょう」と岩の上を軽くハンカチではたいた。
「あ、ホラ。始まりますよ」
どこからともなくヒュー、という音が聞こえてきた。
夢子が指をさす方向に目をやると、タイミングを見計らったかのように大輪の花が夜空に咲く。
対岸からだろう、花火と同時に歓声が上がる。
先陣を切った牡丹を皮切りに様々な花が打ちあがっていく。
「綺麗ですね」
思わず口から言葉が漏れた。
昨年は観に行けなかったこともあり、感動もひときわ大きい。
ドンッという音とともにあたりが色付く。
七色に彩られた空が虹のように橋を作っていた。
「綺麗ですねえ……本当に」
夢子も花火に見とれているようでいつもより口数が減っていた。
そういえば藤沢と成宮さんも花火をちゃんと見れているだろうか。
藤沢は花より団子な男なのでもしかしたらまだ出店で食べ物を買っているかもしれない。
成宮さんが焦りながら「花火始まってるよ! 岳!」と藤沢をせかしているところまで想像できてしまう。
勝手に妄想を膨らませて一人で笑ってしまった。
「先輩」
「どうしましたか?」
不意に夢子に声をかけられ、彼女の方へ向く。
花火の音があたりを埋め尽くしているというのに、不思議と彼女の声は耳に届いた。
一人で笑っているので気味悪いと思われたのかと思ったが彼女の顔を見てどうやら違うらしいことに気付く。
「桜の、歓迎会の時はちゃんと言ってなかったので、改めて言わせてもらいます」
いつものような間延びした話し方ではなく真剣な声音だった。
一旦彼女は大きく息を吸う。
「……好きです。貴女のことが、好きです。……同性だからとか、いろいろ思ったりもしたんですけど。それでもこの気持ちに嘘はつきたくなかったから」
声が震えているのを悟られないように、一言ずつ息を整えながら、彼女はそういった。花火に負けないように声を張って。
真っ直ぐ見つめる彼女の視線は花火ではなく私を捉えていた。
いつかの映画のことを思い出す。
「……好きです」
ドンッと音が鳴り、散らさせれた花弁が彼女の頬を薄っすらと赤く染めている。
「返事をすぐにとは言いません。急にこんなことを真正面から言われても困ると思いますしぃ……」
いつも直球で言葉をかけてくる彼女だが、やはり照れ臭かったのかバツが悪そうに頬をかいている。
視線を私から逸らすも返答が気になるのだろう、ちらりと私の表情をうかがった。
「……ありがとうございます。……なんだか」
なんと声に出してよいか分からずそう言っていた。
……いや言おうと思ったことはあったのだ。それでもその言葉をぐっと飲みこんだ。
私の言葉に対して夢子はビクッと肩を揺らす。
「真っ直ぐ言ってくれるのが、なんだか夢子さんっぽいな、と思いました」
「……ぷっ、なんですかあ、ソレ」
私の的外れな回答に、夢子は安堵したようにはーっと息を漏らした。
彼女が「好き」だと言ってくれたのはうれしい。でも、私にはよくわからない。
女性から恋愛対象に見られたことがないから、という理由ではない。
これが男性からの告白であったとしても私は相手の気持ちが理解できなかったと思う。
純粋に恋愛感情としての「好き」が分からないのだ。
中学生の時、同じクラスの男子に告白されたことがあった。
彼は私のことを「好き」だと言ってくれた。
私も彼のことは「好き」であったから付き合うことになった。……しかし、その「好き」は彼と私とで考え方が違った。
彼は彼女として、恋愛対象として「好き」と言っていた。
通常、こちらの考え方が一般的なことは社会に出てから知ったが、この時の私は全く理解できなかった。
私は彼のことを人として「好き」だった。でもそこに恋愛感情はなかった。
例えばだが、好きな食べ物に対して……私の場合はチョコレートケーキだが、これに対して恋愛感情は持ち合わせないと思う。
私にとって彼は、まさにチョコレートケーキと同じだった。
単に「好き」なだけ。
それを彼に伝えることはなかったが雰囲気で察していたのだろう、彼と付き合ったていたのは2カ月という短い期間だった。
別れるまでに何があったかは全て綺麗さっぱり忘れているのに、別れた日に言われた言葉はしっかり覚えている。
『いのりちゃんは俺のこと好きじゃないみたいだから』
恋愛感情というものは当時もそして今も、理解が出来ないのだ。
だから恋愛感情としての「好き」や「愛している」は創作物の中に見るものであり、私自身が分からない感情だからこそ、彼女の気持ちにすぐに返事が出来なかった。
こんなことを言えばそれでも彼女は「それでもいいいんです」と私を受け入れてくれるかもしれない。
それでも、私は本心を言うことが出来ない。
……いや、言うことが許されていない。
飲み込んだ言葉を心の隅に追いやる。
いつの間にか花火は終わっていて、あたりは静寂に包まれていた。
「あー! あれ」
夢子は何かに気付いたのか、向こう岸を目を細めて指を差す。
彼女につられて対岸を確認すると、どことなく見たことのあるシルエットが2つ河川敷に立っていた。
「あれ、藤沢さんと成宮さん……ですかねえ?」
「多分、そうですね」
念のためSNSでメッセージを送ると『お! やっぱり都と桂木さんだったかー! 合流できないから焦ったぜ(笑)』と返信が来た。
藤沢が原因ではぐれたというのになにが「(笑)」だ。相変わらず緊張感がない。
「今メッセージ送ったら返事来ました。間違いなく藤沢たちですね」
「見つかったことですしぃ、合流しましょうかあ」
夢子は立ち上がり服に着いた砂を軽く払った。
「じゃ、いきましょー」
私が立ち上がるのを見計らって彼女は手を差し出す。
私が差し出された手を握ると、彼女は安心したように優しく私の手を握り返した。
「返事、待ってますから」
返事をしなくてはいけないということを忘れていたわけではない。
でもいざ言葉にされると焦りを感じる。
いつか必ず答えを出さなければいけないのだと。
◇
足場の悪い道を戻る。
心なしか来る時よりもゆっくり進んでいる気がしたが、おそらくお互いに口数が減っているからだろう。
沈黙に耐えかねて話をしようとすると「おーい!」と対岸へ向かう橋の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ。藤沢」
私が気付いたのが分かったようで、めいっぱい腕をぶんぶん振り回している。
その隣で成宮さんが居心地悪そうに立っている。
「いやー! 合流できてホントよかったわ!」
「もとはといえば岳が色んな出店に声かけないで止まるからでしょ……」
「いや、悪いとは思ってるんだぜ? このとーり!」
藤沢は頭の上らへんで合掌のポーズをする。
流石の成宮さんも呆れているのか、ハァと小さくため息をついていた。
「ん? 都たち仲いいなー!」
そういえば忘れていたが夢子と手をつないだままだった。
どう反応するか考えていると夢子が私と手をつないでいるほうの腕を少し持ち上げた。
「仲良しですよぉ~。羨ましいですかあ?」
「確かに羨ましいかもな? じゃあ俺は一樹を手、つなぐわ!」
そういうと藤沢は成宮さんと肩を組み、満足そうにしている。
手をつなぐと宣言して肩を組んでいるという……文脈が一切わからない。
先ほどまで疲れた表情をしていた成宮さんがパッと顔を赤くした。
「ちょっと岳、急にこれは恥ずかしいよ……」
「えー? 俺たち仲良しじゃんかよー。え、もしかして仲いいと思ってたの俺だけ?」
「そんなことないって知ってて言ってるでしょ、それ。」
「えー! バレてらー!」
いつものノリで話しているな、と藤沢を眺めていると急に藤沢が私の方を見た。
「都ももちろん仲良しの一員だから、そんな寂しそうにすんなよな!」
「へっ? 何言って……ってちょっと重いです、藤沢」
なぜか寂しがっていると思われたらしく、藤沢が肩に腕を回してきた。
私は女子の中では比較的背が高いので手をつなぐよりも肩を組んだ方が早いと思われたらしい。
「ちょっと! 藤沢さん!」
「あ、桂木さんも仲良しの一員だから安心してな!」
「はぁ!? 藤沢さんと仲良しでも嬉しくないですぅ!」
「お、これが最近はやりのツンデレってやつかー!」
「ちょっと話聞いてますかぁ!?」
ツンデレが流行っていたのはもう10年前だったような気もするが。
夢子とは直接腕組が出来ないからと私に回した腕を夢子の頭に持っていき、そのままわしわし撫でていた。
折角セットした髪が台無しになったことに憤怒していたが藤沢には届いていない。
そのままなぞに肩を組み、手をつないだまま帰路に就くことになってしまった。
夢子は怒ってて気付いていないが、この状態は相当恥ずかしい。
藤沢越しに成宮さんと目が合う。
彼も恥ずかしいのか顔を赤くしたまま私を申し訳なさそうに見ている。
私もいたたまれず苦笑いを返した。
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