第12話 打ち上げ花火、打ち明け話(前編)
「せっかくだし浴衣でいきましょうよお、浴衣!」
夢子がそう言ったのをきっかけに浴衣で行くことになった。
美容室で着付けをしてもらえるところを探している彼女だったが、どこも着付けの料金が高かったようで決めあぐねているようだった。
「私、一応着付けできますよ。」
「えっ!? ホントですか!?」
「はい。他人の着付けをやったことないので不安ですが、もし夢子さんがよければ……」
「ぜびっ! ぜひ、お願いしますう!」
食い気味にお願いされたので、藤沢たちとの待ち合わせの前に私の家で着付けをすることになった。
ちなみに浴衣を持っているのか気になったので聞いてみると「実は先週買いましたあ」とのことだったので、はなっから浴衣で行く気まんまんだったらしい。
◇
そして花火大会当日。
「よし、帯を占めたんですがきつくないですか?」
「全然! ありがとうございますう」
「他人の着付けなんて初めてしたので上手くできてるかどうか……」
「大丈夫ですよぉ。完璧です。てか先輩スペック高すぎですねぇ」
「そうですか? 自分ではそんな気はしないんですけどね」
着付けも習い事のひとつで、言われるがままやっていただけだったのだが、褒められると素直に嬉しい。
「じゃ、着付けは先輩がやってくれたのでヘアアレンジは私がやりますねぇ」
私が自分の着付けを終わらせるのを待ってから夢子が提案してきた。
髪の毛のアレンジは何度かチャレンジしたことがあったものの、うまく出来た
夏場、出社する時のように適当にポニーテールにして行くところだった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「はぁーい、じゃあ、やっちゃいますねぇ」
夢子は着付けをする前に自分のヘアアレンジを済ませていた。
編み込みの入ったハーフアップに所々パールを散らばせている。ずいぶん凝ったアレンジなので「すごいですね」と出合い頭に褒めると、彼女は嬉しそうに「気合入れてきたんで」とはにかんでいた。
夢子が櫛で私の髪を
彼女に迷惑が掛からないようになるべく頭を動かさないように心がける。
「サラサラすぎませんか……?」
「そうですかね? あんまり気にしたことなかったですけど」
「シャンプー何使ってます?」
「えっと、ドラッグストアに売っているやつなんですけど……名前、忘れてしまいました」
「美容室とかで買っているわけじゃないんですね……じゃあヘアオイルとかですかね?」
「えっと、ヘアオイルも市販のやつです」
「じゃあ保湿の仕方に工夫が……?」
いつもの間延びした話し方はどこへやら。
矢継ぎ早に質問されるものの彼女の期待する答えではなかったようで、髪を結いながら彼女はうーんと唸っていた。
彼女も大概、話しながら細かい作業をしているのでスペックが高いとは思うのだが。
真剣に悩んでいるらしい彼女に声をかけるべきではないかと彼女の作業が終わるまで口をつぐんだままでいることにした。
◇
「おっ! 都たち来たな!」
「こんばんは、都さん。桂木さん」
藤沢と成宮さんはすでに待ち合わせ場所にいた。
彼らは浴衣ではなく、私服で来ている。
「すみません、お待たせしました」
「お疲れ様でぇーす」
「おっ、浴衣で来たんだな!」
「ね。似合ってるね」
「だな! 特に都は似合うなぁー!! 流石、大和撫子っ!」
夢子にアレンジしてもらった髪は、おしゃれな夜会巻き風になっている。
人生で初めてする髪型に「おおう、すごいですね……」と何とも言えない反応をした私に夢子は「大変よくお似合いですよぉ~」とアパレル店員のような返しをしていた。
「馬鹿にしているんですか、藤沢」
「えー、んなことねえのになあ」
どうやら素直に褒めてくれているらしい。珍しいこともあるものだ。
ありがとうございます、と言いかけた矢先に藤沢が言葉をつづけた。
「浴衣は胸がないほうが似合うってアレ本当だったんだな!」
やはり、こいつはこういうやつだった。
しかも悪意はなく、思ったことを口にしているという点がわざと言ってくる奴よりも厄介だ。
とりあえず「はったおしますよ」と言おうとしたところで、夢子が藤沢に勇み足で近づく。
「先輩は胸がなくても素敵ですよぉ! 訂・正してください!」
すごい剣幕で怒っている。
流石の藤沢も押されたのか、私と夢子を交互に見て「悪ぃ……」と謝ってきた。
どうやら藤沢は普段の夢子と私の胸を対比をしたらしく、無遠慮な発言をしていたらしい。
この間も「胸が~」と話していたので割と胸ばっかり見ている気がする。
確かにブラウス姿で隣に並ぶと胸の大小が一目瞭然だ。それは私だけでなく、他の誰でも大体の人間は夢子の横に並ぶと小さく見えるので仕方がない。
「夢子さん。庇ってくれてありがとうございます。私は気にしてませんから」
「先輩は優しすぎますよぉ。もっとびしっと言わないと!」
「流石、女神様、仏様、都様!!」
「うるさいです、藤沢」
「あ、出店があるみたいだね。見てみようか」
今までのやり取りを全部スルーして成宮さんが色とりどりの
下世話な話には一切触れずなところが成宮さんらしい。
「おっ! いいな! 見に行こうぜ!」
先ほどの反省した雰囲気はどこへやら。
藤沢は一瞬で切り替えて屋台へ向かってダッシュしていく。
「ちょっと、岳。走ったら危ないよ!」
成宮さんは走り出した藤沢を追いかけようとしたが、私たちの方にふっと振り返る。
「ごめんね。自由な奴なんだよ……」
「大丈夫ですよ。存じておりますので」
「べっつに。私たちはいいんでえ、追っかけてあげてください~」
「本当ごめんね……射的の屋台にいると思うから、ゆっくりきてね」
そういうと成宮さんは藤沢を追って射的の屋台へと走っていった。
周りのフォローも欠かさないところが流石だ。
「なんか、嵐みたいな人ですねぇ……」
私や成宮さんは付き合いが長いので慣れているが、夢子が藤沢の一連の行動をみて若干引いているようだった。
彼女の顔には「本当に28歳ですか?」と書いてある。
藤沢は私と同い年だが見た目も童顔、フットワークも軽いので、実年齢よりも若く見られがちだ。まあそれが藤沢のいいところでもある。
フットワークが軽いことが功を奏し、臨機応変に対応できるので営業成績は周りから頭一つ抜きんでていつもトップだ。
普段の行動からは少しも感じられないが実はすごい人だったりする。
「とりあえず、私たちも後を追いましょうか」
夢子にそう声をかけ、私たちも射的の屋台へと向かった。
◇
成宮さんの宣言通り、藤沢は射的屋にいた。
「お兄さん、これ以上は勘弁してくれよ~」
どうやら私と夢子が追いつくまでに射的屋のめぼしい景品を取りつくしてしまっていたようだ。
合流するまで7分ぐらいだったと思うが……藤沢は私たちに気が付くとすでにとった景品を掲げてピースした。
「おっちゃん、楽しかったわ! サンキューな! ……よっ! 景品めっちゃとれたんだぜ~? 俺のファインプレーをぜひ見てほしかったな~」
「相当とったんですね……いや、藤沢は器用ですね」
「いえいえ~それほどでも……あるな! ほい。都と桂木さんにもプレゼント!」
藤沢は取った景品の中から夢子にはお菓子、私にはルービックキューブを渡してきた。
箱に入ったお菓子はわかるのだが、なぜ景品にルービックキューブが置いてあったのか。しかもこの正六面体の物体を藤沢はどうやって落としたのか気になる。
「あ、ありがとうございます……?」
困惑したままお礼を言うと私の内心を察したのだろう、成宮さんが何ともいえない愛想笑いをした。
「どーいたしまして! 後の景品は全部、一樹にやるよ!」
「えっ、いいの?」
「おう! いつも世話になってるから」
「ありがとう、岳」
成宮さんは鞄からエコトートバックを取り出し、その中に景品を入れた。
本当にいろいろな景品を取ったようだ。
クマのぬいぐるみにシャボン液の入ったプラスチック容器、お菓子、中にはゲーム機もあった。……本当に藤沢はどうやって落としたのだろうか。
「よっし。射的も楽しめたし、次行くかー! お、たこ焼き! あそこいこーぜ」
相変わらずのマイペースで進んでいく。
射的に満足した後はお腹が減ったらしい。
集合時間を早く設定してたためか皆ご飯を食べていないようで、満場一致でたこ焼きの屋台へと足を運んだ。
たこ焼きの後も藤沢はいろんな屋台で足を止めた。
りんご飴、綿あめ、輪投げ、焼きそば……いや、止まりすぎではないか?と思うくらい半歩進んでは止まりを繰り返していた。
花火の打ち上げ時間が迫っていることもあってか、屋台のあたりもだんだん人通りが増えている。
射的の屋台で話していた時は人とぶつからないで歩けるほど余裕があった道路は今や後戻りも気が引けるくらい人で溢れかえっていた。
「先輩、いのり先輩」
「どうしました?」
「藤沢さんと成宮さん、いなくないですかぁ?」
「ん? ……え!?」
あたりを確認するもそれらしい人影はどこにもいない。
大方、藤沢が屋台で止まったのを成宮さんが追いかけてはぐれてしまったのだろう。
「連絡してみます」
すぐさまSNSを起動して藤沢に『今どこにいますか?』とメッセージを送る。
普段、藤沢に連絡を入れると速攻で既読になるのだが、今日ばかりは屋台に気を取られているからか気付いていないらしい。
一応電話も入れてみるが「お掛けになった電話は現在~」というアナウンスが入ってしまった。
成宮さんに電話をしてみるも結果は同じ。
おそらく人が密集しているのでうまく電話がつながらないのだろう。
連絡が取れないとなると、どこかで待ち合わせするのも厳しそうだ。
「連絡、つかないです。探すとしても見つけられるか微妙ですね……」
「確かに、それに花火そろそろ始まっちゃいますしねえ」
夢子が携帯で時刻を見せてくれた。
現在時刻は18時52分。あと10分もしないうちに花火の打ち上げが始まってしまう。
「そうですね。二人には一応、連絡入れておきますね」
藤沢と成宮さんとのグループSNSに『合流できなそうなので、花火は別々で見ましょう』と送信する。
もちろん既読はつかなかった。
「そうだ。どこで花火みましょうか?」
歩き回っていたので花火をどこで見るか決めていないことをすっかり忘れていた。
「いい場所があるんです」
夢子はいたずらっ子のような笑みを浮かべ私の手を取る。
「さ、行きましょお」
目的地もわからないまま、彼女に先導されるがまま。
花火に間に合うよう足早に彼女の背中について行った。
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