第11話 同期と後輩と

「なー、都! どう思うよー?」


 なぜ私は藤沢とサシで飲んでいるのだろうか。


 定時で上がれると思い、るんるんで荷物をまとめていた。珍しく夢子が一緒に帰ろうと言ってこなかったのを不思議に思いながら最後の書類をカバンにしまい終わったところで藤沢が来たのだ。


『都! 飲むぞー!』


 はい、ともいいえとも言えず、藤沢に引きずられる形でここまできてしまった。

 あれよあれよという間に、藤沢が入店から注文まで済ませ、二人分のビールが運ばれてきた。


『なあ、都。一樹と桂木さんって、できてるのか?』


 乾杯の掛け声もなしに急に聞かれたところで冒頭に戻る。



「どう、と言われても……できてないと思いますよ」

「えー?! 嘘だろ? あんなに一樹からアクション起こしてんのにー?」


 絶対それはない!と騒ぐ藤沢の御託を聞き流す。

 どちらかといえば成宮さんが一方的に夢子にアタックしているだけで、夢子的には迷惑しているらしいし、と頭の中でツッコミを入れる。


『勘違いしないでくださいねぇ?』と想像の夢子が私に釘を刺してくるぐらいには二人が付き合うことはあり得ないことらしい。


「でもまあ、一樹も焦ってんのかもしんねーなぁ」

「焦ってる、ですか?」

「あ、都知らないのか。一樹、9月1日で異動の話出てるからさ」

「知らないです。そうだったんですね……」

「そうそう。しかも大阪支店らしいからさー。所属支店も変わるんだってさ」


 成宮さんの昇格の話がちらほら出ていたのでいつか異動の話も出るだろうとは思っていたが、想像よりもずいぶん早かった。

 藤沢も仲のいい同期が大阪に行ってしまうことを寂しがっているようで、いつもよりも言葉数が少ない。


「確定したら盛大に送別会しないとな!」

「そうですね」


 しんみりしたムードで各々ビールをちびちび飲んでいると「あれえ? いのり先輩?」と聞き慣れた声が聞こえてきた。


「あれ、夢子さん。お疲れ様です」

「お疲れ様でぇす。一人で飲み屋にいるなんて珍しいですねえ」


 成宮さんと一緒に来てたらしく、彼女の後ろにいる彼が軽い会釈をした。

 どうやら夢子の位置からは藤沢が見えていないらしい。


「いえ、藤沢と一緒なんですよ」


 手で藤沢を指しながら説明をする。

 夢子は先程までの嬉しそうな顔を少し歪めて藤沢を一瞥いちべつした。


「え?…あ、ほんとだ。お疲れ様でーす」

「おー、オツカレサマです! ん? 一樹も一緒なんだな!」

「岳もこのお店にいたんだね」

「都とサシで飲んでたんだわ! どうせだったら一緒に飲むか?」

「良いですねえ! そうしましょ。ね、いのり先輩?」

「私はいいですけど、成宮さんは大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「おっし、決定だな! すんませーん!」


 先ほどのしおらしさは何処へやら。

 藤沢は勢いよく店員を呼び止めて席の交渉をしている。


 夢子が成宮さんと一緒に居酒屋に入ってきたという驚きを引きづりつつ、自分の分のビールを持って席を移動した。





「じゃっ、仕切り直して! カンパーイ!」


 藤沢の掛け声に合わせてグラスを合わせた。

 目の前に座っている藤沢が思いっきりグラスを煽っているがすごい飲みっぷりである。

 ゴクゴク、という音と共に減っていくビールをぼんやり眺めながらつまみを食べていると隣からの圧が強くなった。


「夢子さん……近くないですか……?」

「そんなことないですよぉ〜普通です、フツウ」


 私の左腕にもたれかかりながらも彼女は器用にハイボールを飲んでいる。

 これのどこが近くないというのだろうか……。

 何度か離してもらおうと交渉したのだが、今のような返答をするだけで離してくれなかった。


 半ば諦めて枝豆に食らいつく。

 くっついている彼女は同席に座った時から藤沢をずっと睨んでいて、その様子を成宮さんが不安げに眺めている構図だ。ちなみに藤沢は夢子に睨まれていることに気付いてないのか、はたまた気にしていないのか先ほど頼んだ唐揚げにかぶりついている。


 正直飲みにくい。

 この状況を打破するべく、話しかけようとしたところで唐揚げに満足した藤沢が「あ!」と大きい声を上げた。


「そういや、俺、桂木さんに直接自己紹介したことなかったわ! 営業1課の藤沢岳でっす! よろしく〜!」


 まさか過ぎて逆にびっくりした。

 この人たち直接の面識がなかったのか……。


「いのり先輩と同じ企画管理課の桂木夢子でぇーす。よろしくお願いしまぁーす」


 ツーン、という効果音がつきそうなぐらいそっけない挨拶だった。

 藤沢も以前聞いていた夢子の印象とはかけ離れているからか、頭上に『?』がたくさん出ているのが見えそうなくらい首を傾げている。

 

 男らしくハイボールを一気飲みした夢子は店員を呼び止めて新しいハイボールを注文している。

 藤沢がアイコンタクトとジェスチャーで「都、なんか話と違くね??」と問いかけてきている気がしたので「私にも何故だか分かりません」といったジェスチャーを返しておいた。

 もちろんその様子は夢子にばっちりみられているので彼女の機嫌もみるみる悪くなっていく。


「ていうかぁ〜、藤沢サンといのり先輩って仲良いんですねぇ。サシで飲みにくるくらいですもんねぇ〜」 

「ん? まぁ都とは同期だしなぁ。仲は良いよな!」

「ふぅーん?」


 地を這うような低音だった。

 ちらっと夢子が私の様子を横目で確認してきている。まるで不倫現場が見つかった時のような緊張感だ。


 ドキドキしながら藤沢を見るが彼は凄まれていることなど歯牙にもかけず、夢子に声をかけた。


「桂木さんもさ、一樹と仲良かったんだな! 俺は知らなかったからびっくりしたぜ?」


 ペカーっと効果音がつきそうなぐらい眩しい作り笑顔だ。

 知らなかったはれっきとした嘘である。

 でもさすがは営業1課。方便としての嘘を上手く使いこなしている。しかし彼の嘘などお見通しと言わんばかりに夢子の視線は鋭くなっていくばかりだ。


「べっつにぃー。今日だって成宮さんがしつこいからサシで飲みにきたようなもんですしいー」

「おっ、そうなのか?」

「えっと、確かに俺から誘ったけど……」


 二人からの視線を浴び、成宮さんがタジタジになっている。

 藤沢の期待の眼差しと夢子からの早く訂正しろ、と言わんばかりの視線。あわあわ、と慌てている成宮さんがだんだん可哀想になってきた。


「そういえば、再来週、花火大会やるんですね」


 全く空気の読めていない感じで店内に貼ってあった『7月16日! 花火大会開催!』というテンション高めなお知らせを指差す。

 この花火大会は、打ち上げ場所が川の近くで川までに目立って高い建物がないため遮蔽物が少なく、遠くからでも観れると評判が高い。


 去年もこのぐらいの時期にやっていたが、残業まみれで見る暇がなかった。

 開けたオフィスの窓から聞こえて来る花火の音と街から聞こえて来る歓声をBGMにプレゼン資料をまとめていたことを思い出した。


 プレゼン資料を任せた当の本人は『嫁と花火見に行くからさ! 早く帰らないと怒られちゃうんだよねえ。というわけで都さん、後ヨロシク!』と言い残してそそくさと帰っていった。……そういえばあの時も髪をむしり散らしてやろうかとめちゃくちゃ考えていたな。


 結局手伝ってくれる人もおらず夜な夜な一人で作業して終わらせた。

 今はちゃんと手伝ってくれる後輩もできたし、前からしてみたらずいぶん楽になったもんだ。


「へぇ〜! 良いですねぇ! いのり先輩、誰かと一緒に行くんですかぁ?」

「いえ、一人で観に行こうかと思ってました」

「えぇ〜? せっかくだから私と行きましょうよお〜」

「夢子さんが良いなら、ぜひ」

「ふふっ! 決まり、ですね?」


 彼女は私の返答を聞くと、パッと花のように笑った。

 やはり顔が整っているので笑顔が映える。


「おっ、良いなぁ〜。俺らも一緒に行きたいなぁ〜! な、かーずき!」


 急に話にわって入ってきた藤沢は思いっきり成宮さんの肩に腕を回した。

 成宮さんは急に肩を組まれびっくりする様子も見せずに、冷静に「楽しそうだね」と返していた。


「はぁ、二人で行ったら良いんじゃないです?」


 先ほどとは一変、塩対応になった夢子に臆することなく藤沢は交渉を続けている。

 流石心臓に毛が生えているやつはやることが違う。


「なー、都からもなんとかお願いしてくれよ〜!」

「えっ!? 私ですか!?」


 藤沢と一瞬目が合う。

 成宮さんの転勤話をしていた時と同じ表情だ。ほんの一瞬だったがいつも底抜けに明るく振る舞っている人間の真面目顔ほど印象深く残るものはない。


 むっとしている夢子に向き直る。


「私からもお願いします」

「……いのり先輩が言うならちゃあんと従いまぁす。今度、埋め合わせで時間くださいねぇ? センパイ!」

「分かりました。夢子さん、ありがとうございます」

「埋め合わせは絶対ですからね!」


 彼女ぷりぷりしながらハイボールを一気飲みし、店員を呼び止めていた。

 真正面からお礼を言われることに慣れていないようで、耳まで赤くなっているが指摘してもきっと本人は酒のせいにするだろう。


「よし! 桂木さんからオッケー出たし、再来週の予定決めちまおうかー!」

「ちょっと! 勝手に予定組まないでくださいよぉ!」


 藤沢と夢子が和気藹々わきあいあい(?)と花火大会の日の予定を組む中、成宮さんはずっと静かで、楽しそうに話す二人をどこか寂しげに見つめていた。

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