第5話 スニーキングミッション:路地裏

 ”花の金曜日”ということだけあって店内は老若男女問わず、人でごった返している。

 満席だったようだが、私たちは運よく帰る客と入れ違いで席に着くことが出来た。


「久々の同期水入らずに~、カンパーイ!!」


 グラス同士を軽く合わせてから、藤沢は注文したハイボールを一気に飲んだ。

 もう半分ぐらいまで減っているが、いかにも体に悪そうな飲み方である。


「いや~、この一杯のために生きているって感じだな!」


 藤沢が叫ぶとすぐさま隣の成宮さんから「おじさん臭いよ、岳」とツッコミが入った。

 28歳にしてはおじさんみたいなことを言うな、と思っていたのは私だけじゃなかったようだ。


「あの、藤沢」

「……はっ! もしかして告白か……!? そんな、一樹がいる前で……大胆だな!?」

「違います。相談に乗って欲しいだけなんですが」

「おー、相変わらず都の真顔はこっえーな!」


 語尾にいちいち『笑』とついていそうな物言いにイラッとするも、ぐっと堪える。


「桂木夢子に関して相談したくて」

「あー! あの子な! 可愛いよな~」

「岳ってああいう子がタイプだったっけ?」

「いや? タイプではないけど可愛いとは思うってカンジだな!」


 「胸もでかいしな!」と屈託のない笑顔で言い切った。

 正直顔をぶん殴りたいレベルだ。胸のサイズだけがすべてじゃない……はず。

 ……悪かったな、胸が小さくて。


 胸のくだりでは流石に成宮さんも苦笑いになっていた。

 見た目だけでなく中身までイケメンとは流石成宮さんだ。


「背も低くて、上目づかいで見てくるのってなんかいいよな〜」


 アドバイスをもらいに来たはずなのに、話が完全に逸れてしまっている。


「確かに夢子さんは男性が好きそうな感じですよね。じゃなくて、どうやったら彼女と真剣に話ができるかって話で……藤沢? 聞いてます?」


 うーんと考えるそぶりをしているが、こいつがコレをしているときは大体何も考えていない。

 人のことをとやかく言えた義理ではないが、藤沢も大概思慮深さとはかけ離れた存在だ。

 この後出てくる回答も大したものではないだろう。


「まー、そのうち何とかなるだろ! 都は真面目だかんな~」


 やっぱりこいつはノリと勢いから産まれてきている。


 藤沢はしかめっ面をしている私の皿に、先ほど来た唐揚げを乗せていく。

 別に空腹だからしかめっ面な訳ではないのだが。


 唐揚げタワーが完成すると彼は満足そうにハイボールをすすった。


「そういえば、都さん」


 先ほどまで興味がなさそうに夢子の話を聞いていた成宮さんが思い出したかのように口を開く。


「その、桂木さんなんだけど。……最近、変わった様子とかなかった?」

「変わった様子……?」


 思い出してみるも、ふてぶてしく笑っている顔の夢子しか出てこなかった。


「いや、なかったですね」


 的を得ないままと返答すると、成宮さんは眉尻を下げた。


「そっか……いや、本人が気にしていないならいいんだけど。彼女、呼び出されて色々言われているみたいだったから」

「え?」



 成宮さん曰く。

 オフィスの最寄りのコンビニで夢子と2人の女性が対峙しているのを目撃したことがあったそう。


 少し遠かったので話の内容まではわからなかったが、話している雰囲気はピリピリしたものだったらしい。

 止めに行っても話が拗れそうだったから、成宮さんはその場を後にした。


 後日、同じプロジェクトにいる後輩に同じ話をされたので、あの後も呼び出されているのかもしれない、と。



 いつか何かしら事件めいたことが起こるだろうとは予測していたが、まさかこんなにも早く起こるとは思わなかった。


 成宮さんは申し訳なさそうな顔をしているが、あそこで成宮さんが間に入らなかったのは正しかった。

 間に入っていた方がもっと面倒なことになっていただろう。


「今度出社したときに夢子さんに聞いてみます」

「ごめんね、役に立てなくて」

「とんでもないです」


 とにもかくにも本人に事情を聞かなければならない。

 次の出勤日にどう夢子に話を切り出したものか。


 私が考えをめぐらせているうちに二人は別の話題で盛り上がっており、夢子相談会は終わってしまっていた。





 夢子がフロアから出たタイミングを見計らって、彼女の後をつける。

 気づかれないようについてった先は成宮さんの話に出てきていたコンビニだった。

 

 こそこそと隠れつつ、彼女が出てくるのを待つ。


 夢子と居酒屋に行く前にも同じようなことをしていたが……そろそろストーカーとかの罪状で警察に突き付けられてもおかしくないな。


 そんなことを心の中でぼやいていると、彼女がコンビニから出てきた。

 そしてそれを狙ってか弊社の女子社員と思しき2人組が夢子を呼び止め、人気ひとけのない裏道へと歩いていいった。


 3人を見失わないようにゆっくり付けていき、電柱に隠れ様子をうかがう。


「調子乗ってんじゃないわよ!」


 キン、と甲高い声が閑静な裏路地に響く。


 どうやら呼び出していた内の1人は営業サポート課の田村さんだったようだ。

 金髪に近いレベルの茶髪で服装もかなり派手、自分が社内で一番の美人だと自分で豪語してしまうタイプの人間だ。


 別の女性社員がちやほやされているとわかるや否や裏で手を回しているとの噂はどうやら本当だったようだ。


「何とか言ったらどうなの?」


 もう一人の女性が夢子に詰め寄る。


 彼女は大山さん。

 田村さんと同じく営業サポート課の人間で、田村さんといつも一緒にいる取り巻きの1人だ。

 一人だったら絶対に呼び出しなど出来ないような臆病な人なのだが……田村さんがいるからかやけに強気に夢子に迫っていた。

 

 だが当の夢子はというと、そんな2人のことを気にも留めていないようで、わざとらしく大きなため息をついた。


「言いたいことってそれだけですかぁ〜? あなた方と違ってぇ私、忙しいんですけどぉ」


 嘘つけ、忙しくないだろ。

 と思わず声に出して突っ込みたくなってしまったが今はそれどころではない。


 何とか言えとは言われていたが、あまりにも火に油を注ぐような発言だ。

 先ほどまでどや顔だった2人も今の一言がしゃくに障ったのか、みるみる般若のような顔つきになっている。


 このまま放っておいたらビンタされかねない。


「あれ、お疲れ様です」


 いかにも今来ましたという雰囲気をまといつつ、会話に入った。

 こんな裏路地に会社の人間が来るとは思っていなかったのだろう、一瞬空気が固まった。


「久々にモーソンに行ったんですけど、道に迷っちゃいました。皆さんもですか?」


 コンビニのビニール袋を3人に見せるも、夢子と田村さんは全く反応を返してこない。

 大山さんだけは突然私が出てきたことによりフリーズしていたが、ハッとしてすぐさま愛想笑いをした。


「そ、そうなんですよ! 偶然、知ってる人がいたから声かけたんですよね〜! 帰り道こっちじゃなかったんだ〜。あ、MTGあと10分で始まっちゃいますね。やばっ! 田村さん、戻らないと~!」


 大山さんが弾かれたようにぺらぺらしゃべりだす。

 声をかけられた田村さんの方はというと私など眼中ないと言いたげに、尚も夢子を睨みつけている。


 大山さんが彼女を説得すると「そうね」と踵を返し、大山さんを置いて先にオフィスに戻っていってしまった。


 大山さんは気まずそうに会釈をすると、先に歩いて行ってしまった田村さんの背中を追って走り出した。


「あの〜、夢子さん。良かったらそこでコーヒー飲みません?」


 ガサッとコンビニのビニール袋を掲げる。

 冷え切った缶コーヒー同士がぶつかり、鈍い音を立てる。


 彼女は何か言いたげにしていたが、言うのを諦めたらしい。

 そのかわり不服そうな「承知いたしましたぁ」という声が返ってきた。





「夢子さん、どっちがいいですか?」

「……ブラックで」


 夢子にブラックコーヒーを渡す。

 なんとなく彼女はブラックコーヒー派だろうとは思っていたが、あっていたみたいだ。


 缶をもらった夢子が不満そうに私を見ている。


「せんぱぁーい、コーヒー冷めてるんですけどぉ」


 実は話すための口実として朝買ったから冷たくなっています、なんて口が裂けても言えない。


 「すみません」と平謝りした私をみて夢子は顔をしかめていたが、それ以上コーヒーに関しては言及してこなかった。


「ていうか先輩、妙にタイミングよかったですよね? もしかして私の後をついてきたんですかぁ? 趣味わっるぅー」

「すみません。でも呼び出されているって聞いて、その……」

「……」


 彼女はしどろもどろになっている私を探るような視線で見つめている。


「つけるような真似してすみません……」

「つけまわしてくるのはいつもじゃないですかぁ?」


 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。


 何と言い訳したものか。

 思案する私をよそに、夢子が口を開く。


「先輩は……」


 普段ならもっと強気で発言する彼女だが、今に限ってはなんだか雰囲気が違う。

 何かを聞こうとしているものの、言葉にするのを躊躇ためらっているような感じがした。


 夢子がゆっくり顔を上げる。

 

 彼女の顔を凝視していたため、ばっちり目が合った。


 少したれ目がちの大きな瞳が見開かれ、視線がそらされた。

 そして彼女は目を閉じて、深く息をつく。


 ゆっくり開けられた瞳は挑戦的な色に戻っていた。

 

「どーしてそんなしつこいんですかね? 私の粗探しってそんなに楽しいですかぁ?」

 

 心なしか覇気がない。

 それにいつもだったらガンもつけてくるのだが、それもない。


「どうして、か……そうですね」


 一呼吸置いて考えをまとめる。


「私も昔、同じような思いをしました。発言することが許されていない、だから言葉にしてはいけないと言われ続けていました。求められている役に留まることが正解だと。だからずっと誰かに気が付いてほしくて。でも口に出せない気持ちなんて伝わるわけがない。そう、諦めていたから」


 徐に彼女の顔が私の方を向く。


 驚いた顔をすると彼女はずいぶん幼く見える。

 そんなが表情が不思議といつもの澄ました表情よりもよく似合っている。


 彼女と目が合ったのはほんの一瞬で、またすぐ顔を背けられてしまった。


「『気が付いてほしい』って気持ちに気づいてしまったから。ちゃんと理解したいと思いました」


 ちゃんと伝わっただろうか。

 後から緊張が押し寄せて、心臓がどくどく言っている。


 そっぽを向いたままの彼女の様子を盗み見るも、顔が隠れてしまって何を考えているのかが分からない。


 声をかけようとすると、彼女の体が小さく動いた。


「……先輩ってほんとおせっかい」


 彼女は顔を背けたままぶっきらぼうに言い放つ。

 真冬の風に攫われそうなか細い声だったが、しっかりと私の耳に届いた。


 絞り出された声が震えていたことに気付かないフリをして、彼女と少し距離を取る。

 公園に備え付けられているブランコに腰をかけ、飲みかけのカフェオレに口をつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る