第4話 作戦続行

「女は男のアクセサリー……」


 夢子に言われた単語をそのまま復唱して、ベッドに倒れこむ。


 なんでそんな言葉がパッと出てきたのだろうか。

 うんうん悩んでみるものの、アルコールの回った頭では上手く考えることが出来ない。……いや、アルコールが回っていなくてもたいして深く考えられるとは思わないが。


 ――よし。話してくれるまで、聞いてみよう。

 

 結局、シンプルな答えに落ち着いてしまった。

 気になることはとことん確認するのが私の長所であり短所だ。


 隠したがっているのに秘密を暴いていいものなのかと思わなくないが、本当に隠しておきたいのならばもっと徹底して隠すと思う。

 ここ何週間と彼女の行動を見ていたが、やはり誰かに分かってほしくてやっている様に感じた。



 シャワーを浴びたかどうかもあやふやのまま、気付けば眠りに落ちていた。





「寝坊っ!」


 ドキドキしながら枕元の携帯を確認する。 

 

 『AM6:00』という文字が暗い部屋で煌々と光っている。珍しくアラームの音が聞こえなかったので、思わず声を出してしまった。

 

 いつも通りの時間に起きれたことにほっと胸をなで下ろし、のろのろと布団から這い出た。



 AM6:30


 ちょうどあの占いがやっている時間だ。

 今日は故意的にテレビをつけると、甲高い女性の声が2位から11位までの星座ランキングを発表しているところだった。


「今日の1位は~~射手座のあなた! 

 積極的に行動することで新たな発見が!? ラッキースポットはちょっとにぎやかな飲食店☆」

 

 この占いは1位にはとりあえず積極的になれ、と言わなければいけない決まりでもあるんだろうか。全員が全員、積極性を発揮できれば苦労はないだろう。

 そもそも積極性を発揮できる人間は占いを見るのだろうか……?

 前回とは打って変わって冷めた目で占いを見ているあたり、私の調子は戻ってきているのかもしれない。


 もう一度鞄をチェックする。

 ノートもしっかり入っているし、忘れ物はなし。


 誰もいない部屋に向かって「行ってきます」と小さく呟き、ドアを閉めた。





 粘着作戦は続行……セカンド・ミッションといったところだろうか。

 夢子に真相を聞くべく、今日も早めに出社してノートと向き合うも、出来上がった作戦は3つだけだった。



『作戦① 夢子の力を発揮できる仕事を渡す』


 この作戦のポイントは周りの目がある状態で夢子に仕事をしてもらい、皆に彼女の実力を見てもらうところだ。

 いつも彼女が片付けている仕事よりも難しいから、素早く終わらせるということは出来ないはずだ。


「夢子さん、あの。この資料なんですけど」


 ノートパソコンの画面を見せ、彼女に説明をする。

 夢子はその資料を作成するのにどのぐらい時間が必要なのか分かったようで、私を軽く睨みつけた。


「え~、難しくってぇ夢子、わかんないですぅ」


 いつものぶりっこ口調で言っているが、目が完全に据わっている。

 私も心の中で「嘘をつくな」を悪態をつきながら、それでもあきらめず夢子にアクションを起こす。


「夢子さんならできますよ。もし分からないところがあれば私もフォローしますし」

「えー、そうかなあ?」


 さっきよりも眼光が鋭い。

 美人は真顔が怖いとよく言われるが、私はガンを飛ばしている顔が一番怖いと思う。お願いだから睨まないでいただきたい。

 

 お互い顔を合わせたまま膠着状態となっていた。

 この後はどうしたものかと頭をフル回転させているうちに、誰かが私たちの席まで近づいてきていた。


「あっ、佐藤さぁ~ん!」


 どうやら人影は佐藤さんだったようだ。

 夢子と何か話したかと思えば、こちらに「今お話していた資料、僕がやりますよ」と言ってきた。……どうやら夢子が上手く丸め込んだみたいだ。


 私も成す術もなく、「わかりました。ありがとうございます」と返事をした。


 佐藤さんの邪魔が入り、作戦①は失敗に終わってしまった。





 『作戦その② 夢子の評価を上げ間接的にモチベーション向上を図る!』


 評価はどうでもいいと言っていた彼女も、回りからの期待値が上がればモチベーションが上がるのではないだろうか。

 しかし、私がいい噂を言っても大した効果はないだろう。


 ここは女性社員で仕事ができ、かつ男女両方からの信頼も厚い井口さんに一役買ってもらうしかない。

 ポジティブな噂を流してもらえるかどうかは……成宮さんのこともあるし分からないが、彼女は己の感情よりも公平さを重視している。

 嫌いな相手でも正当に評価してくれるだろう。

 


 思い立ったら善は急げ。

 休憩中に井口さんと世間話を交わした後、夢子のイメージアップのための布石を打った。


「夢子さんには本当、頑張ってもらってるんです」

「……都さん、大丈夫?」


 私の言葉を聞くなり、井口さんは怪訝そうな顔になった。


「ごめんなさい。貴女にも桂木さんに注意してもらいたかったから、ああ言ったのよ。でも、きつく言いすぎてしまったのね……」

 

 そういうと井口さんは申し訳なさそうに私の顔を見た。

 

 どうやら夢子の頑張っているエピソードが嘘に聞こえたようだ。

 井口さんには何度か夢子の仕事ぶりを伝えているのだが、それも全く真に受けてもらっていなかったらしい。


 この作戦を実行した後から「都は精神的に疲れている」と噂されるようになってしまった。


 ……ということでこの作戦も失敗に終わってしまった。

 




 こうなったら最後の手段だ。

 『作戦その③ もう一回夢子と腹を割って話す』


 ……しかし、また寸でのところで逃げられてしまった。

 

 今朝までは普通に話しかけることが出来ていたのだが、腹を割って話をしたいというのが雰囲気からにじみ出てしまっているのだろうか。


 夢子の察知能力には恐れ入った。





 作戦はすべて失敗に終わってしまったが諦めきれるはずもなく、終業後も自席に残り案を練っていた。


 真剣にノートとにらめっこをしていると、机の端にホットコーヒーが置かれた。


「都さん、お疲れ様」

「成宮さん。お疲れ様です」

「大変みたいだね」


 彼はノートを指さして言った。

 見られた気恥ずかしさはあるも、気にしていない体を装って話を続けた。


「まあ、いろいろと大変です。それに、彼女にとっては迷惑でしょうし」

「そんなことないよ。本当に嫌だったらすぐに課長に話して、都さんを教育係から外していると思うから。都さんの気持ち、伝わってると思うよ」

「……ありがとうございます」


 流石成宮さん、相も変わらず中身まで完璧イケメンだ。

 神は二物を与えず、とは嘘である。きっと神様はイケメンにはとことん甘いのだろう。


 そんなこと思っているとフロアの扉が乱暴に開いた。

 ビックリして2人で扉を見やると、どすどすとうるさい足音がこちらに近づいて来ていた。


「いやー、水臭いぜ! お二人さんがまさかそんな仲だったとはなあ!」


 そういいながら彼は思いっきり成宮さんの肩に腕を回した。


 彼は藤沢岳。私と成宮さんの同期だ。

 入社時は同じ企画課にいたのだが、二年後に営業部1課へと異動した。

 彼の名前が社内で有名になっているところを見るに営業部の適性があったのだろう。


「いや、違いますけど」

「岳、お疲れ。まあ都さんの言う通り、特に何にもないんだけどね」

「そうですよ藤沢。成宮さんに失礼だから謝罪してください」

「都、きびしー!」

 

 わざと体をくねらせながらオーバーなリアクションを取っている。

 初めて会った時から思っていたのだが、藤沢は大体ノリが軽い。


「で、何しに来たんですか?」

「こいつと飲みいこうって言ってたから、迎えに来たってわけだ」


 この二人は相変わらず仲がいい。

 別に私と彼らの仲が悪いわけではなく、特段この二人が仲良しなのだ。

 この間も一緒に山釣りに行ったと言っていた。なんで山釣りなのかは不明だけれど。


「おっ、そーだ! 都も一緒に飲み行かね?」

「え、邪魔になっちゃいませんか?」

「むしろ同期水入らずってカンジでよくね? なー、一樹!」

「うん。そうだね。都さんさえ良ければ」


 せっかくだし、この機会にコミュ力お化けの藤沢にアドバイスをもらうのもありかもしれない。


 「行きます」と短く返事をして、すぐさま帰り支度を整えた。

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