第3話 『積極的に話しかける大作戦』

『今日の超ラッキーな1位は~!?


 じゃん☆ 射手座のあなた! 積極的に動くことで新たな発見があるかも!? 積極的にアプローチして気になる相手を射止めちゃお☆


 ラッキーカラーは赤! ラッキースポットはおしゃれな飲食店♪ 今日も一日、張り切っていきましょう☆』


 いつもなら見ないテレビをつけ、そのたまたま付けたテレビ番組で丁度占いがやっていて、しかも自分の星座が一位で。

 占い専門家から本当にためになりそうなアドバイスが飛んでくる確立はいったいどれぐらいなのだろうか。





『とにかくあの子のこと何とかして頂戴ね』


 井口さんに言われた言葉があれからずっと頭の中でぐるぐるまわっている。


 この会社に就職してから5年とちょっと。

 こんなに事件が多発するのは初めてなぐらい日々何かしらが起こっている。


 あまり深く物事を考える性分でもないのに色々考えていたのが悪かったのだろう、6時に鳴るアラームよりも早く目が覚めてしまった。

 二度寝をしようと布団を被ったが目はすでに冴え切っていて、結局起きる羽目になってしまった。


 ぼんやりしていると井口さんの言葉を思い出してしまい、その言葉を振り払うように無心で支度をした。

 それが仇となり、支度をし終わる頃にアラームが鳴ってしまったため、いよいよ手持ち無沙汰になってしまった。

 

 とりあえず本を読んで時間を潰そうと思い立ち、本棚の一番手前に置いてあった本を手に取りページをめくる。


 書店の特設ブースに『登場人物のクセがすごすぎる!? 今注目の推理小説!』というポップアップがあり、気になるので買ってしまったのだ。



 主人公は自他ともに認める超イケメンなのだが若干ナルシストの気がある残念なイケメン。

 京都大学を首席で卒業し、卒業後は学生時代に株で稼いだお金で私立探偵事務所をひそれがあだとなり志望の2人の女性が来るところから物語がスタートする。


 1人目は超がつくほどの生真面目な性格。

 高校生の頃から主人公のことが好きで彼と同じ大学に行くために偏差値を30も上げた努力家だ。


 大学の卒業パーティの時に意を決して主人公に告白しに行くも、彼から存在を認識されていなかったことが発覚する。玉砕するも彼のことが諦めきれず、一念発起して彼の事務所の扉を叩いた。


 2人目は1人目とは対照的で、自由人かつ貞操観念ゆるゆる女。

 たまたますれ違った主人公の顔があまりにもドストライクの顔だったので、彼の後をつけて探偵事務にやってきた。


 毎日男をとっかえひっかえし、攻略がすんだらまた別の男を探して関係を持つというクズな性格で、主人公の攻略が済むと晴れて攻略100人達成できるとのことで日々アプローチを頑張っている。



 この2人なのだが、それぞれ主人公に思いを寄せているためか仲が大変悪い。

 各話には必ず助手2人のキャットファイトが描写されるのだが……なぜか欠かさず入っているのでおそらく作者の趣味なのだろう。


 それ以外はトリックも話も緻密に練られていて普通に面白い小説なのだが。



 ちょっとずつ意識が小説に向き始め、集中して読み進めていく。


 ちょうどキャットファイトのシーンが出てきたところで、昨日の井口さんとの会話がフラッシュバックした。


 ……そういえばこの助手2人はどこか夢子と井口さんと似ている気がする。


 そこまで思考してしまうと、もうどのシーンを読んでもあの二人が頭に浮かんでしまい、純粋にストーリーを楽しめなくなってしまった。

 10ページぐらい進んだところで私は諦めて本を閉じ、本棚の奥の方にしまった。

 




 何だか落ち着かなくなってしまい、気を紛らわすためにテレビのリモコンに手をかける。

 普段テレビを見ないのでどのチャンネルがいいのかよくわからずチャンネルを回していたところで、甲高い女の人の声が聞こえてふと手が止まった。



 そして冒頭のシーンに戻る。



『今日の超ラッキーな1位は~!?


 じゃん☆ 射手座のあなた! 積極的に動くことで新たな発見があるかも!? 積極的にアプローチして気になる相手を射止めちゃお☆


 ラッキーカラーは赤! ラッキースポットはおしゃれな飲食店♪ 今日も一日、張り切っていきましょう☆』


 我天啓を得たり。


 そんなフレーズがふと頭をよぎってしまうくらい目の前に光が差したような、または進むべき道が指し示されたかのように思考がクリアになった。


 考えて悩んでしまうよりも行動してしまった方がずっといい。

 景気づけに手に持っていたホットコーヒーを一気飲みしてから深呼吸をする。


「よし」


 気合を入れてからいつもよりも早く会社に向かった。





 普段より早く出社したので始業までまだ余裕がある。『積極的に』と占いでもアドバイスが出ていたし、どう行動したものか。


 おもむろに鞄からペンと紙を取り出し、白紙の上部分に『積極的に話しかける大作戦』と表題をつける。


 何かいい案がないかと少し思考するもなかなか思いつかず、絞り出して書けたことと言えば『とにかく話してくれるまで粘着する』という一文だった。


 やはり今までの人生、あまり深く考えてこなかったことが災いしたようだ。

 作戦は特になし。とりあえず当たって砕けろで実行するしかなさそうだ。



 そんなこんなしているうちに夢子が出勤してきた。


 相変わらず男性だけに声をかけていくスタイルで挨拶をしている。

 女子社員たちは夢子とデレデレしている男性社員に冷ややかな視線を送っていた。


「夢子さん、ちょっといいですか?」

「すみませぇーん、今手が離せなくてぇ」


 夢子が挨拶を終えて一人になった瞬間に声をかけるも、冷たくあしらわれてしまった。明らかに忙しくなさそうなのだが、ここで駄々をこねても仕方がない。


「わかりました」と短く一言告げて次のタイミングを見計らうことにした。





 自分の仕事をしているうちに気が付くと昼休憩の時間になっていた。


 思ったよりも夢子に粘着できていないことに反省しつつ次に活かすため、頑張って頭を回す。


 昼休憩の時間ならば忙しいと断られることもないだろう。

 そう思い、夢子の姿を探すも彼女がフロアにいないことに気付く。


「あれ、夢子さん知りませんか?」

「コーヒー買いにコンビニに行くって言ってたよ」

 

 たまたま近くを通りかかった本田さんに聞いてみると、夢子はすでにフロア外に出ているようだった。


 それならば、とエレベーターホールで待機することにした。


 冷静に考えると私の行動はなんというかストーカー一歩手前な気もするのだが……

 そんなことを考えていると『チンッ』と音がし、エレベーターが開くと同時に、中から夢子が出てきた。


「夢子さんっ。……えっ」


 私が声をかけた瞬間、猛ダッシュでフロアの方に駆けていった。

 学生時代に陸上競技でもやっていたのだろうか、文字通り『目にも留まらぬ速さで』走っていった。


 感心している場合ではないと、夢子を追いかけようとするもこのタイミングで電話がかかってきた。

 内心舌打ちをしながら着信相手を見ると『課長』の文字が。


「お疲れ様です。都です」

「お疲れ様ー! ちょーっと悪いんだけど、13時から使う資料の数字を修正してほしくって! あと10分しかないんだけど都さん仕事早いから大丈夫かなーって! それじゃ、ヨロシクね!」


 用件を言うだけ言って満足したのか電話を切られた。

 ツーツーと無機質な音を立てている携帯を地面に投げつけたくなったが、携帯に非はないので我慢だ。

 とにかく時間もないので夢子粘着作戦は一時中断して資料の修正に取り掛かるべく自席へ戻った。





 あの後も課長からの妨害があり、夢子と話すタイミングを逃しているうちに気付けば終業時間になっていた。


 このままではいつまで経っても話しかけられない、と焦りが出始める。

 普通に話しかけても逃げられてしまうし、どうしたものか、と考えているとなにやら楽しそうな声が聞こえてきた。


「えー佐藤さんも今度一緒に行きましょお! 絶対楽しいですよ♪」

「うっうん、そうだねっ! ぜひ一緒に行こう!」

「はいっ♪ あ、今日のお店、どうしますかぁ? 何系食べたいとかありますー?」

「えーっと、がっつり肉系かな!」

「お疲れ様です、佐藤さん。すみません、今日夢子さんとご飯行く約束先にしているので。がっつり肉系はまたの機会に」


 このタイミングだ!!と思い、飛び込んでしまった。


 佐藤さんはぽかんと口を開いているし、夢子に関しては「何勝手に言ってんだテメェ!」と心の声が聞こえてきそうなぐらい私のことを睨みつけている。

 夢子の視線に気付いていないふりをしながら佐藤さんを真顔で見つめる。


「そうだったんですね。夢子さんと僕の方が先に約束していたと思ってたんですが……都さんの方が先だったのでしたら、仕方ないですね。夢子ちゃん、また今度、埋め合わせしてねっ!」


 自分の約束のほうが先だと言いたそうだったが、私の無言の圧力に居心地が悪くなったのか折れてくれた。……まあ、席を離れる前まで私のことを恨めしそうに見ていたが。


 佐藤さんには申し訳ないことをしていると思うが、夢子が私から逃げ続けた結果なので恨むなら私ではなく夢子を恨んでほしい。


 夢子が帰ってしまう前に手早く帰り支度を済ませる。


「それじゃあ、行きましょうか」


 そう声をかけるも夢子は私を睨みつけたまま、終始無言だった。





 会社を出てから夢子に撒かれるかと思っていたのだが、私のあまりのしつこさに逃げるのを諦めたらしい。

 移動中は終始無言だったが(彼女が配属になった初日を彷彿とさせる)私の後ろをちゃんとついてきていた。



 占いのラッキースポット通りにおしゃれなスペインバルに来た。


 がっつり肉系の店に連れて行ってあげたいのは山々だったが、私の知っているおしゃれなお店はこの店とモダン和食と日本酒の店だけなのでご了承いただきたい。


「もー! ちょー最悪なんですけど! なんで邪魔してきたんですかぁ?」


 飲み物がそれぞれ来たところで特に乾杯もなく、夢子はハイボールをぐびぐび飲み始めた。この間「えー、ハイボールって大人な味でぇ、苦手なんですよねぇ。いつもカシオレばっかり飲んでるからかなあ~」と言っていたのは嘘だったようで、早くも一杯目が終わり二杯目を店員に注文している。


「邪魔は別にしたくなかったんですけどね、どうしても聞きたいことがあったので。聞こうと思っても、逃げられてしまっていましたから」

「すっごーい怖い顔の先輩が近づいて来たら誰だって逃げると思いまぁーす」

「えっ、そんなに怖い顔してました?」

「嘘ですよ~……といってもぉ、いっつも無表情で別の意味で怖いですけどぉ」


 会社から出た時に「奢りじゃないなら行きませんよ~」と言われたので「奢りでいいですよ」と答えたのだが、超高速でハイボールを消費している。


 佐藤さんが言っていた「夢子ちゃんはお酒弱いんだね!」というのはこの人のいったいどこを見ていて出てきた感想なのだろうか。はたまた夢子の演技が完璧だったのか。


「ずっと逃げられちゃって聞けなかったんですけど。……どうして作業が出来ることを隠してるんですか?」

「……」

「いつも貴女にもらっている資料、ほぼ完璧なんですよね。今、与えられている仕事ができるならもう少し高度なこともできると思うし。ちょっと難しいことに取り掛かったほうが貴女のためになるかな、と思いまして」


 さっきまで元気に悪態をついていたのが嘘のように、夢子は静かになっていた。

 ただじっと真顔で私のことを見ている。

 鏡で見慣れている私の真顔より、夢子の真顔のほうがよっぽど怖い。


「……別に。理由なんてないですよ。ただ隠してた方が楽だから。それだけです」


 ちょうど彼女が一呼吸置いたところで、店員が追加のドリンクを持ってきた。


 店員が去るのを待ってから夢子は私の顔を覗きこむ。

 話の続きを待っているのが表情で分かったのだろう、彼女は面倒くさそうにはぁ、とため息をついた。


「先輩にはわかんないかもですけどぉ。なんにも出来ないって思われてれば、みんな助けてくれるじゃないですかぁ。私が頑張んなくったっていいからその方が楽、なんですよぉ~」

「それならどうして、全部任せっきりにしなかったんですか? 貴女のその考え方なら、面倒で頭を使う仕事なんて私に全部押し付けてしまえば良かったじゃないですか。……心のどこかで頑張りたいって気持ちがなかったら、あんなに丁寧な資料作れませんよ」


 私の言葉が図星を指したのだろうか、彼女はビックリした表情を一瞬見せるも、すぐにいつものふてぶてしい顔に戻っていた。


「私はただ、貴女が正当に評価されないのはおかしいと思うんです。できる人は評価されるべきだとも思います」

「べつにぃ~評価とかどうでもいいでぇーす」


 追い打ちをかけるように言葉をつなげるも先ほどの言葉よりは彼女の心に響かなかったらしい。

 

 後に続ける言葉が見つからなくて押し黙る私から視線を外し、彼女はハイボールを煽る。


「昔に言われたんです、『女は男のアクセサリーなんだ』って。だ・か・ら、女は可愛く守られてるくらいがちょうどいいんですよぉ?」


 もう話すことはないと言わんばかりに、夢子は近くを通った店員を呼び止め、「伝票くださぁーい」といつもの猫なで声を出していた。

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