第4話 僕の名前は

 都築正城つづきまさき、それが僕の名前だ。


 都築といえば、ここ八淵やぶち市の住人ならまず、都築化学を中心としたグループ企業と、その創業者一族を思い浮かべる。

 僕の場合はそれで正解なのが名乗りたくない理由だ。


 高度経済成長期に台頭した都築化学は、全国で公害問題に火がつく一手前に、住民の理解を得るためという名目で財を惜しみなく市内に投資した。山と海に挟まれた陸の孤島で、当時は発展しているとは言えなかったこの地域に病院や学校を作った。

 さらには道路や公共交通機関、治水事業や下水処理などのインフラ整備までも支えて、市の発展に大きく貢献したのだ。今も市の税収と雇用を一手に引き受けている。


 このため都築グループは、全国的な知名度よりも限定的な影響力は遥かに高い。八淵は市である以上に、都築という城主のいる城下町なのだ。

 僕の家はその都築化学を経営する本家とは違うが、お父さんはグループ企業のいくつかの代表をしている。


 お兄さんはそれ以上聞いてこないが、あの都築関係か、同姓の別の家か気にしているのが顔に出ていた。こういう時はちゃんとこっちから話すべきだろう。


「…都築化学じゃないけど。建築とか、そっちのほう」

「…じゃあ君のお父さんって」

「ちょっとめんどくさい人だから、まぁ、関わらない方がいいと思うよ」

「そんな…このままにしておくなんて!」


 お兄さんは理不尽さに声を荒らげた。怒りよりもまっすぐに胸を打つ、それは正しい嘆きだった。


「もしかして、普段からこういう事はあるのか?他に何か、嫌なことをされたりは…」

「あー、うん。そこまででは…昨日は特に運が悪かっただけ」


 言葉を濁しているが、虐待を疑っているのだろう。これに関しては、直接殴られる等は本当になかった。物を捨てられるとか飯抜きなどが基本だ。あとはやり方を強制しておいて僕がその通りにやって失敗したら、全部僕が悪いことにされるのが毎度お決まりの流れだ。

 もう好き嫌い以前に面倒で疲れる。あの人が謝ったところを見たことない気がする。


 お兄さんは僕の返事の続きを、本当はどうなのかを待ってくれている。でも僕は巻き込む気にはなれなかった。


 そんな重い空気の流れを切るように、お兄さんは笑顔で話し出した。


「もう!先に風呂入って飯にしよう!ゆっくりしていけばいい。少しは心配させてやれ。

 オレは迫水辰さこみずしん。改めてよろしく、マサキ。

 ところで、食べられないものあるか?焼きそばって好き?」

「ない!焼きそば食べる!」


 腹ペコの僕は最高に勢いよく返事をした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る