第二回・中編1


『強欲の翼』はクエストで迷宮化した居城に潜入していた。


 ウーバたちにとって迷宮化した居城程度なら、いつもどおり簡単にいくはずだった。だが、今彼らは追い詰められている状況だ。


「……なんでいつもより魔物モンスターに襲われるんだ? 今までこんな事あり得なかったろう?」


「うるさい! 落ち着け、カメール。例え今までどおりじゃなくても、俺達なら問題ないだろう?」


「……そうか? 今まで以上に強力な魔物に複雑な迷宮。まだ入って間もないのに、全員が満身創痍状態を問題無いのか、ウーバ!」


「カメール、落ち着いて! 今はいがみ合ってる場合じゃないよ」


 怒り散らすカメールを、ウーバとザリカがなんとか落ち着かせているが、そんなに簡単には収まりそうもない。何せカメールは盾役も兼ねているため、負傷も多い。特にアリクのいない今は。


「みんな……大丈夫だよね?」


 幼馴染のカメールの様子にメスルも不安そうな表情を浮かべている。


「大丈夫だ、メスル。今までどおりやればな」


「うん……」


 メスルが不安になるのも無理はない。

 この一階層だけで、ウーバ達は何度も同じ場所をぐるぐると回っている状況が続いている。マッピングという雑用をアリクに任せてから、それを引き継いで出来る者が他にいなかったせいでもある。誰もやろうとしないというのも問題なのだが。


「とにかく休憩が終わったら、第二階層を目指そうじゃないか? なあ!」


 疲れているのか、ウーバの思い付きの提案に三人は無言で頷くだけだった。



 


 休憩を終えたウーバ達は、再び迷宮を進んでいく。


 段々と敵の数も増えていき、仲間の体力も魔力も無駄に消費していくだけの戦闘を繰り返していたが、彼らは一階層から抜け出す事は、未だに出来ていない。


「……ちょっといいかい、ウーバ」


 ザリカが深刻そうな表情をして、売アーバの近くに寄って小声で話しかける。


「どうした、ザリカ? 何か問題があったのか?」


 ザリカは首を横に振る。


「ウーバ、これを見て」


 ザリカは回復薬や食料を詰め込んだ道具袋を、ウーバの前に突き出した。


「それがどうしたって言うんだ?」


「どうしたって……もう回復薬も食料も底をついたんだよ?」


「はぁ!? いつもどり計算して薬も食料も買ってきたんだろ? それがどうして底をつくんだよ!?」


「それはこっちが聞きたいんですけど? とにかく僕達、これから先になんて進む事なんか不可能ってことだよ……どうするつまり?」


 リーダーの責任と言わんとばかりに、ザリカの瞳が強く訴えかけてくる。ウーバは耐え切れスザリカから思わず目を逸らした。


「とにかく今後をどうするのか任せたよ。リーダー」


 ザリカは冷たく吐き捨ててウーバから離れていった。


「ねえ。ザリカはどうしたの? あんなに機嫌が悪そうなザリカ初めて見るよ?」


「……今度は何だ?」


 その状況を見て、今度はメスルとカメールが入れ替わるようにやってくる。


「いや……実はな……」


 ウーバは正直に今、自分達が置かれている状況を話した。


「嘘……食料も回復薬も無いってどう言うこと? 今までこんな状況に陥った事なんてなかったじゃない!?」


「飯も薬もない!? ヤバいじゃじぇえか!」


「そうなんだよ……アリクに任せてたときは――」


 ウーバは言いかけて、ハッと気がついた。マッピングも、道具調達もアリクに任せっきりだった事に。アリクが見張り番のとき、何かを作っていたのを何度か見かけた事がある。今にして思えば、あれはもしかして、回復薬を精製していたんじゃないのかと。


「ウーバ……? 汗がすごいよ……?」


「あ、ああ……」


 今更、アリクの重要性に気づくとは……ウーバは後悔しそうになるが今はそんなことを考えている場合じゃないと振り払う。

 

 いない奴の事なんて考えても仕方ないのだ。ウーバは自分たちで何とかするしかない。


「おい。みんな、進むぞ」


「進むって……俺達は今迷っているんだぞ?」


「分かっているさ。メスル、お前にマッピングを頼む」


「え、ええ!? 私が!?」


「何もしないよりはましだ」


「……分かった、なんとかやってみるけど期待しないでね」


「ザリカはなるべく魔力を使うな」


「……分かったよ」


(奴がいなくても、俺達がやれるって証明してみせる)

 

「行くぞ、みんな!」


「「おう」」


 『強欲の翼』のメンバーは気合を入れ直して進み始めた。


 しかし、その進撃は長くは続かなかった。魔物の強い抵抗と、迷ったまま一階層を抜け出す事ができなかったのだ。死にかけながら彼らは、なんとか居城から抜け出すのに、三日間もかかってしまった。抜け出した後、通りすったCランク冒険者たちに救助されて町に帰還することができた。その話はしばらくギルドの笑い話として噂されることになる。







ウーバは月に向かって大声をあげた。


「なんで上手くいかねぇんだよぉぉ!! 俺はAランク冒険者様だぞ!!!」


 アリクをパーティーから追放して以来、思い通りにならないことばかりだった。役立たずを切り捨てたはずが、逆に上手くいかないことばかり増えている。


 戦えない男、アリク。支援を掛けることしかしない男、アリク。ウーバの後ろでこそこそ隠れているだけの男、アリク。その臆病な男がいなくなったことで、パーティーが上手く戦えなくなるとは考えもしなかった。


 もっとも、ウーバのそれはただの思い込みで実際は全く逆だ。


 アリクのような男がいなくなったことで、パーティーの負傷が増えた。以前はアリクが支援していたおかげで、このパーティーには軽い負傷さえ滅多になかったのに。

 それに今思えば、アリクはパーティーの後ろからモンスターに対する的確な指示を出していた。

 アリクこそがこのパーティーの事実上の司令官だったのだ。

 だが、そんなことはウーバは認められるはずがない。


 「クソっ! クソが!!」


 ウーバは足元にあるゴブリンの死体に剣を突き立てた。周囲には弱いモンスターの死体が散らばっている。

 これもアリクを追放したことで、発生した事態だ。以前はアリクが結界に支援術をかけたおかげで、パーティーはぐっすり眠れた。

 今となってはウーバが起きて雑魚モンスターと戦わなければならない。


 「俺はAランク冒険者、いずれはSランクの称号を得る男だぞ! こんなところで止まってたまるか!!」


 ウーバが苛立っているのはゴブリンのことだけではない。少し前、冒険者全員が参加する緊急クエストがあった。当然、『強欲の翼』にも要請が出たが、ウーバはそれを無視、というより参加できなかった。その日の前日にドラゴンと戦ったばかりで疲れ果てたばかりなのだ。戦える状態ではないため断るしかなかったのだ。


 それが問題になってしまったのだ。丁重に断るならいいが、『無視した』のだ。参加できない理由があったのは分かるが、態度が悪すぎたのだ。実際にギルドからウーバたちを責める使者が来た。





 使者の言い分に、ウーバは怒りのあまりその使者を斬り捨てるところだったが、その時は察したザリカの機転のおかげで誤魔化すことができた。メスルもマズいと察してウーバの代わりに使者に対応した。その結果、『強欲の翼』は何とかギルドに詫びたと判断されてひと段落着いた。


 しかし、肝心のウーバは納得しなかった。ただならぬ雰囲気を感じ取ったカメールもリーダーのはずのウーバを警戒する。


「…………」


(俺はAランク冒険者だぞ。何をしたって許されるはずだ! Aランク冒険者に対して、冒険者ギルドごときが処分を下せるものか! それもこれも冒険者ギルドとの交渉を任せていたアリクが役立たずだったせいだ! つまり、全部アリクが悪いんだ!)


 怒りのあまり危険な思考に囚われるウーバ。嫌な予感を感じたザリカは彼を必死でなだめる。


「大丈夫だよ。ウーバは最強なんだから、あんなの気にしなくていいよ!(中の下くらいの強さだけどね)」


 ザリカの思惑を察したメスルも同じようになだめる。カメールも一緒になって続く。


「そうそう。次はもっといい冒険者を仲間にしましょうよ!(アリクの代わりになる人を入れないと!)」


「そ、そうなんだな!(アリクが戻ってくれればいいのに)」


「そうか……」




 その日のうちに新たな仲間を加えた。名はトスロ。アリクとは違った支援術師だ。だが、また仲間を探さなくてはならなくなった。ゴブリンの死体に混じって、男が一人倒れていたからだ。それは院メンバーのトスロだ。寝ている間にゴブリンに殺されたのだ。

 

「ちっ、役立たずめ!」


 ウーバはモンスターに殺された仲間の死を悲しみもしなかった。



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