第二回・前編

 アリクを追放した冒険者パーティー『強欲の翼』はメンバー全員の体調が全快すると、再びドラゴン討伐のクエストを受けた。今度は大型のサンダードラゴンではなく、その幼体だ。ザリカをはじめ仲間全員から止めるように言われたが、幼体だから問題ないと押し切られた。


 そして、サンダードラゴン討伐のため、朝から山道を登るウーバたちだったが、二日目にしてその精神はボロボロだった。彼らは仮にもAランク冒険者だ。体力と戦闘技術だけはあるために何とか歩き続けてはいるが、空腹からくる脱力感と、お風呂に入れない不快感や寝不足からくるストレスは、どうしようもないものがある。


 本来、訓練された冒険者ならばこの状態でも辛抱強く冒険を続けられるだろう。しかし、彼らは今までアリクの支援術があった。


「あーあ。こんなとき、アリクがいればなぁ」


 ふとメスルが愚痴を零した。それは、本人も無意識の内に口にしていた言葉だろう。こういうときにアリクがいれば、もう少しうまくいく。そう呟いてしまうのは、冒険者ならば誰しも仕方ないことだ。


 だが、プライドの高いウーバには、到底受け入れられなかった。


「おい、テメェ……。今、何つった?」


「え……?」


「アリクがいればよかっただと!? テメエ、今そう言ったよな!?」


「い、いや……。えっと、言った……かな?」


 いきなり怒られ、困った顔をするメスル。


「で、でも! あれだから! あくまで野宿とかが嫌だってだけで! アイツ自体がいいとかじゃないし!」


 メスルは慌てて言い訳をするが、すでにウーバは聞いていない。彼は結晶をポケットに戻し、苛立たし気に立ち上がる。


「……ちょっと、ウーバ。どこ行くの?」


「山頂に決まってんだろーが! さっさとドラゴン倒しに行くぞ!」


 一方的に怒鳴り付け、そのまま洞窟から出ていくウーバ。


「ちょ、待ってよ! こんな雨の中歩き回る気!?」


「……無謀じゃん。帰った方がいいよ」


 しかし、その後いくら二人が止めてもウーバは無視して歩き続けた。意地だけで山道をぐんぐん進んでいくウーバ。その異様な圧力に、メスルとカメールも後に続かざるを得なかった。


「ぶっ殺す……。殺す、殺すっ!」


 誰にともなく、八つ当たり気味にウーバが叫ぶ。


 ウーバにとってさっきのメスルの発言は、自身への否定とほぼ同義だった。アリクを追い出したのは、もともとウーバの独断である。それによって何か不便が生じれば、それはウーバの責任だ。彼はそれを認めたくなかった。


 そして、自分がいながらアリクを頼るということは、アリクの能力の方が上だと思っているということだ。自分のパーティーの仲間たちが自分以外の誰かを頼る。ウーバにはそれが許せない。


(絶対にドラゴンを討伐し、俺の有能さを見せつけてやる!)


 そんな思いが空腹や雨の冷たさをも忘れさせ、ウーバの足を進ませた。さすがに剣士でリーダーと言われるだけのことはある。普通なら登頂に二日はかかる道のりを、彼らはその日の内に踏破する。


 そして、彼らは山頂で見た。翼の生えた幼体のドラゴン。空を飛ばずに地上を這うドラゴンを。


『コオォォォォ!』


 角が生えた爬虫類のような頭部に、四本の足をもつ体躯。その全身を覆う鱗は、白くバチバチと帯電している。間違いなく、討伐対象のサンダードラゴン。

このドラゴンは以前のクエスト失敗で見た大型よりも小型だ。あの時のドラゴンの半分もない。


『ゴォォォォォ!』


 ドラゴンがその目を見開き、唸る。ウーバたちは直感した。ドラゴンは今、怒っていると。


「はっ! 縄張りに踏み入られて気が立ってるのか? 安心しろよ、すぐに出てくさ」


 その眼光に一歩も引かず、ウーバは腰の剣を抜く。


「お前を、ぶっ殺してからな!」


 唱えた瞬間、ウーバの剣が雷を帯びた。


「悪いが、一撃で終わらすぜ!」


 ウーバが言うと、剣がまるでギロチンのようにドラゴンの首に振り下ろされる。


「その頭斬り落としてやるぜ! サンダースラッシュ!」


 剣がドラゴンの首筋に直撃。鈍い音がし、固い鱗にヒビが入る。


 そして、剣が粉々に砕け散った。


「…………はっ!?」


 鱗の堅さと帯電していた電気によって、首筋を切断することなく自慢の剣が消滅した。


「んだとぉ……っ?」


「ウーバの、一番強力な技が……」


「……ありえない。……アレが効かないなんて初めて」


「すげえ、硬い!」


 目の前の出来事を受け入れられず、仲間たちが呆然とする。一方サンダードラゴンは、攻撃を受けたことによってさらに怒りを膨らませた。


『ゴォォ……。ゴオオオオオオオオオオオオオ!』


 その天を揺らすような咆哮に、ウーバがいち早く危険を察する。


「お、おいメスル! 結界を!」


「え……? あっ! うん! 防御展開アクア・シールド!」


 メスルが自分たちの周囲にドーム状の結界を張る。メスルによる全力の防御結界だ。


 その直後、激しい稲妻がウーバたちの元に降り注いだ。目を焼くような閃光に、鼓膜を破壊するような轟音。結界に雷撃が直撃し、その衝撃で大地が震える。


「ううっ……。何この威力……強い……!」


 かつて数百の魔物の攻撃を防ぎ通した結界が、一撃で悲鳴を上げていた。


『ゴオオオオオオオオオオオオオッ!』


 稲妻はまだ収まらない。どす黒い雲から無数の落雷。メスルの結界だけでなく、大地や周囲の木々に至るまで無差別に辺りを攻撃し、破壊の爪痕を刻んでいく。その様は、まるで神の裁きにも見えるだろう。恐ろしい光景を目の当たりにしつつ、ウーバは一人考えていた。


(おかしい……。いつものサンダースラッシュで、あれくらい確実に殺せたハズなのに……。予想以上に鱗が固かったのか?)


 さっき使ったウーバの技は、とどめの一撃だ。いくらドラゴンが強いと言えど、Aランク剣士の技が簡単に破られるはずがない。幼体のサンダードラゴンのランクはC~B。ランクでは圧倒的にこちらの方が強いのはずなのだから。


(それに、メスルの防御結界もいつもはもっと堅かったはず……。変だ。何かがいつもと違う……)


 正体不明の違和感を抱く。胸に満ちていく言葉にできない大きな不安。早くケリをつけなければ、とウーバの気持ちを焦らせる。


「ザリカ! アイツの攻撃の注意を引けるか!?」


「やってみるよ!」


 ザリカが両手をサンダードラゴンに向けて構える。彼は、盗賊だがある程度魔法も使う。魔力を使い、敵を攻撃・翻弄できる風の魔法だ。その他にも、使い方次第で色々応用することができる。


 ザリカは魔力を集中し、サンダードラゴンを凝視する。


「サイクロンシュート!」


 叫ぶと同時、ドラゴンが竜巻に包まれる。動揺したドラゴンは攻撃に集中できず、落雷がピタリと止んで鱗の電撃も止められた。


「よしっ! 今だ!」


「おおおっ! ハンマーパンチ!」


 無防備になった隙をつき、カメールがドラゴンを殴りつける。


「……っ!?」


 何度も殴り続けるカメールに続いてウーバが予備の剣を取り出して立ち向かう。


「これで、終わりにしてやるぜっ!」


 ウーバの剣が、サンダードラゴンに迫る。逃げることは出来ず、鱗の電撃で防ぐこともできない。その状態でうまく剣が刺されれば、一瞬で命が散るだろう。そう思ったウーバが勝利を確信する。

 

 直後、巨大な稲妻がドラゴンのもとに注がれた。


「なにィ!?」


 超極太の雷撃がサンダードラゴン自身を直撃。その電撃の余波を受け、敵の側に迫っていた剣は壊された。


「……そんな。……拳の拘束が、外された……」


 カメールの見立てでは、二分間は敵を拘束し、攻撃や防御、移動すらも封じることが出来るはずだった。

 しかし、敵はものの数秒でカメールの拘束を解除した。大型の魔物すら苦しめたこの拳を……。


『ゴオオオオオオオオオオオオオッ!』


 その上、自らに雷を落したためか、サンダードラゴンの全身が力強く輝いている。雷撃でダメージを受けるどころか、力を充電したらしい。鱗を守る電撃も、やはり復活しているようだ。


「キャアッ!」


 さらに落雷が結界に直撃。傷ついていた結界はその衝撃に耐えられず、バリン! と音を立て砕け散る。


「おいおい、マジかよ……?」


 それと同時に、サンダードラゴンが顎を開いた。口の中には、光り輝く電気エネルギーの固まりがある。


 サンダーブレス。


 本気で怒ったドラゴンが放つ、ブレス攻撃の一種であった。


「お、おい! メスル! 早く結界を張りやがれ!」


「む、無理だって! 防げないわよ! なんか今日結界調子悪いし!」


「……もう、逃げるべき。……これ以上は、マズい!」


 カメールが転移結晶を取り出し、ウーバたちにも使うよう促す。その切羽詰まった言い方に、二人も反射的に結晶を取り出し――サンダーブレスが放たれた。


「うわあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」



 目の前に迫る雷光の恐怖に、ウーバは顔を歪めて叫ぶ。その瞬間、目の前の景色が消滅。サンダーブレスがかき消され、周囲のものが全て消える。


 その現象とほぼ同時。

 数日前に見たばかりの、町の光景が広がる。


「こ、これは……? 転移できたのか!?」


「わ、私たち、生きてるの……?」


「…………もう……絶対死んだと思った……」


 サンダーブレスが当たる直前、限界ギリギリのタイミングでウーバたちは何とか逃げ延びた。転移結晶が咄嗟に発動。行き先を指定する余裕もなく、拠点にしている町へと帰還を果たしたのであった。


「よ、よかったぁ~! 私、本気でヤバイと思ったんだけど!? 何あのドラゴン! 強すぎない!?」


「……僕たちの力が通じない。……明らかに異常な魔物だった」


 メスルとカメールは腰が抜けたのか、ふにゃふにゃとその場に座り込む。


「……………………」


 一方ウーバは立ちつくし、しばらくの間動かない。そして、ふと彼女たちの方を向き、厳しい口調で問いかけた。


「…………おい、メスル」


「え、何?」


「お前……。さっきのあの防壁は何だ?」


 ウーバが言っているのは当然、サンダードラゴンの攻撃を防いでいた防壁のことだ。


「お前はいつから、あの程度の雷撃数発で壊れる結界しか張れない、無能な術者になったんだ?」


「む、無能……!?」


「それにカメール……。お前、念で二分はドラゴンを止めていられるって言ったよな? どうしてすぐ弾かれた?」


「…………」


 ウーバの言い方に、二人の表情が固くなる。


「だ、だからぁ! それほどあのドラゴンが異常だったって話でしょ!? それに、ウーバの剣だって全然通用してなかったし!」


「僕もそう思う。あのドラゴンは強かった」


「…………」


「いいや、違うな。俺の見た所、あのドラゴンは前よりも格下のはずだ。これは絶対に間違いねえ」


 幼体のドラゴンが、この前戦った成体のドラゴンよりも強いなんてことがあるはずない。それに、この前の個体ほど強い圧は感じなかった。だからこそウーバは勝てると思い、戦いを挑んだのだから。


「アイツが強く見えていたのは、俺らの力がいつもより数段弱かったからだ。いつもなら俺の断罪刃は、確実にアイツの首を跳ねてた。なのに、今日は出来なかった……!」


 自分の技が簡単に破れてしまったことを、ウーバはまだ受け入れられずにいた。 


「何なんだよ! 訳分かんねぇ! 俺たちはAランクのパーティーだぞ! いずれSランクにまで成り上がるんだ! ドラゴンごときに遅れをとってたまるか、クソが!」


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