第一回・後編



「アリクはいないかぁ!!」


 ウーバは食堂に来ていた。ここは多くの冒険者が食事と酒を口にする場所だ。もちろん『強欲の翼』のメンバーもそうだった。だからこそ、「もしかしたら金庫の金を使って……!」と思って足を運んだ。


 だが、ウーバの運は悪かった。酒を口にして騒ぐ夜ならともかく、子供や家族ズレの方が多くなる昼間に来て大声を荒げてしまったのだ。


「すいませんがお引き取り願えますか? 今はお昼時なので騒がれると困るんですけどね」


「ああっ!?」


 ウーバに声を掛けたのは長い黒髪黒目の女性だった。食堂の昼の従業員らしい彼女はウーバのことを冷たい目で睨む。短気なウーバはそれだけで腹正しくなった。


「何だお前は! Aランク冒険者ウーバ様だぞ! アリクはどこか聞いてんだ! さっさと店を調べさせろ!」


「お断りさせていただきます。ここには、」




 勝手に店を調べると聞いた女性は手に力を込めて、そのままものすごい速さでその拳をウーバの腹に叩きつけた。




「アリクというお客様はいませんのでっ! ハイハンマーパンチィィィィィ!!」




「ぶごふええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!???」





 ……ウーバは約10メートルくらいぶっ飛んだ。





 ウーバは町中を探し回ったがアリクを見つけ出すことはできなかった。しかも「アリクはいないかぁ!」と叫ぶたびに酷い目に遭うばかり。ウーバの心と体は限界に来ていた。


「ち、ちくしょ~、あの女~……」


 最終的に、ウーバは冒険者ギルドにやってきた。顔を青くしてよろめきながらギルドに入ってきた。最終手段に出ようとしていたのだ。


(くそぉ……俺がこんなんじゃアリクと戦っても負ける。あいつは頭だけなら俺よりもいいはず……万が一、一対一に持ち込まれでもしたら……)


 ウーバはアリクを普段役立たずだの足手まといだと言っているが、ある程度の実力は認めていたのだ。それは頭脳。支援術師の特技を最大限生かせる高い頭脳のみをウーバは評価はしていた。だからこそウーバと対立していたともいえる。


(鍵を取り返す。そんなことのために依頼するなんて情けねえが、もはやこうするしか……あれ? 何であいつらもここに?)


 ウーバが目にしたのは受付で待つザリカ・メスル・カメールの三人だった。


「お、お前ら何で? もしかして、お前らもギルドに頼もうと……?」


「ギルドに頼む? 何を?」


「え?」


 ザリカはウーバに手に持っている鍵を見せた。それはウーバたちが血眼になって探している人物が持っていると思われる鍵だった。


 


 アリクが管理していた金庫のカギだったのだ。




「そ、それは、俺達の金庫の鍵! どうしてそれを……!?」


 周りを見てもアリクはいない。どういうことか混乱するウーバ。それを見たザリカは面倒くさそうに事情を説明した。


「アリクの奴、昨日パーティーを脱退するってギルドに報告してたんだってさ。その時に持ってた金庫の鍵を僕たちに返してほしいってギルドの役員に頼んでたみたい」


「な、何だって!? どうして!?」


 驚くウーバを見てザリカは嫌そうな顔になる。だが、放しを進めないとウーバが納得しないこともあるのでメスルも常識も交えて補足に入る。


「町の冒険者はギルドに登録している。パーティーを出たり冒険者を辞める時も報告が必然と必要になるわ。アリクはとても真面目で几帳面だから誰かさんとは違って報告したついでに鍵を預けた、ってところでしょうね」


「そ、そんなぁ……」


 ウーバは膝から崩れ落ちた。脳裏には治療院で会った強面男や食堂で会った怪力女の顔が浮かぶ。この二人には個人的にひどい目にあわされた。アリクを探すために。それなのに必要がなかったなんて……。


「お、俺は何のために町中を走り回って……こんな目に……あんまりだあ~……」


((((一体、何してたんだろう?))))


 『強欲の翼』のメンバー、それにギルドの役員は不思議そうに、あるいは呆れた様子で絶望するウーバを見ていた。その時のウーバの顔はとても疲れ切った様子だったという。



 ……この時は誰もが思っていなかっただろう。Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』が急速に失墜していくことに。





「あいつら、どうなったかな?」


 一方、肝心のアリクは『強欲の翼』が足を運んだことがない町で冒険者活動をやり直していた。そこで新人の冒険者とパーティーを組んでやり直そうと決めていたのだ。


「どうしたのアリクさん?」


「いや、何でもないよオズ。昔を思い出しただけさ」


 今、アリクは魔法剣の少年士オズと二人で冒険者をしている。オズは新人だが筋はいいとアリクは思っている。それは新人だったころのウーバたちも同じだったが、いつしか彼らは自分のことしか考えなくなってしまった。アリクがどれだけ貢献したのかウーバは理解できなかったのが証拠だ。


(いや、ザリカとメスルは理解しているがあの二人も自己中が目立つ。遅かれ早かれ俺はパーティーを抜けてただろうな)


 ウーバの独断があってもなくてもアリクは『強欲の翼』を出て行った。あのパーティーにはそれほどの価値しかなくなっていたとアリクは結論付けた。それが少し寂しく思えた。


(いや、本当の意味で自己中なのは俺なのだろうな。すぐに新しい仲間を作る辺り俺も薄情なものだ)


「昔のアリクさんはどうか分からないですけどすごい人だって分かりますよ」


「ほう。どんなところが?」


 アリクが試すように聞くと、オズはすぐに答えた。


「支援術何ですけどバフの効果がすごいです。的確かつ迅速に適切なバフをかけてもらってます。それにお金や道具の管理、それに料理や裁縫までこなせるんですから。俺はここまでできる支援術師の人はアリクさんが初めてです」


「そうか。ありがとうな」


「ありがとうは俺の方ですよ」


「なら、お互い様だ」


 アリクとオズはお互いに笑い合った。まともな仲間に恵まれなかったアリクだったが、一からやり直してようやくまともな仲間に巡り合えたのだった。

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