第二回・中編2

メダール山。


 最近、この山の奥にブラックドラゴンが出現すると、近くに街で噂になっていた。『強欲の翼』のパーティーは、事の真相を確かめるべく、ギルドのクエストで周辺を調査している途中だ。


 山に入って、すでに一時間以上は経過しているが、ドラゴンの姿は全く見当たらないでいた。


「なぁウーバ。本当にこんな変哲もない山にブラックドラゴンなんていると思う?」


「さあな。何かの見間違いじゃないかと、俺は考えているが……」


「そうだよなぁ。こんな変哲もない山に魔界のドラゴンがいる訳がない。どこかの臆病者がサラマンダーを見間違えただけだろう」


 カメールは軽く笑っている。しかし、どこか元気のない笑い方でだ。


 理由は今から四日前の事だ。


 迷宮化した居城で瀕死だった『強欲の翼』のパーティーを救い出したパーティーがいた。なんでもそのパーティーは街の治療院に彼らを預けると、名前も告げずに何処かへ去ったらしい。治療院の受付によればアリクらしき人物もいたらしい。


「ちっ……今思い出しただけでも、本当気に入らねえぜ」


「なあに? まだ助けてくれた人たちを気にしてるの?」


「……まあな」


 尋ねてきたメスルに、ウーバは素っ気なく答えた。


「しかし……いないわね。その噂の魔物は……」


 辺りをキョロキョロと見回すメスルを庇うように、カメールが一歩前に出た。


 次の瞬間――茂みの中からなんの前触れもなく、彼らの前にブラックドラゴンが姿を現した。


「ザリカ、武器だ! メスルはカメールの後ろへ!」

 

 ウーバとザリカは剣を抜き構えた。二人が持つ剣はただの剣ではない。ドワーフの中でも名工と呼ばれた伝説的鍛冶職人に鍛えた貰った伝説の剣と全く遜色がない一級品らしい。


 この剣があれば、どんな凶悪な魔物であろうと物の数じゃない。買ってきたウーバはそう思っている。


「いくぞ、ザリカ、カメール――」


「ギュオ?」


 ドラゴンは首傾げると、ウーバとザリカたちに突進してきた。


「メスル! 魔法だ!」


「分かってるわよ! アイスアロー!」 


 メスルが氷の魔法をドラゴンに撃ち放つ。


 だがしかし――


「ギュオオオオ!」


 ドラゴンの鋼のような鱗が、魔法を跳ね返した。


「うおおおお!」


「どおおおおお!」


 ドラゴンの注意がメスルに向けられたとき、ウーバとザリカはドラゴンに斬りかかった。


 ――ガキィン!


「な!?」


 二人は自分の目を疑った。鍛えられた伝説級の武器が、ドラゴンの鱗に弾かれ二つに折れてしまったのだ。


「ドワーフに鍛えられた武器だぞ!? 折れるなんて事があるのか!?」


 皆もかなり動揺しているのが、表情を見れば分かる。


「ギュオオオオ!」

  

 当然だが、こんな状況でもドラゴンは待ってくれない。ドラゴンが吠え、臨戦態勢を取った事はその場にいた全員が理解した。メスルの魔法もドラゴンには通じない。彼らに残された道は一つしか残されていない事になる。


「に……逃げろぉ!」


 ウーバはありったけの大声を張り上げ叫んだ。


「うわああああああ!!」


「!」


 屈強なカメールも、いつでも沈着冷静なザリカも、顔に恐怖を浮かべ逃げ出した。


「ウーバっ!? 待って!」


「うわああああああ!?」


 ウーバは腰が抜けて動けないメスルをその場を置き去りにして、逃げ出した。メスルは泣き叫び、カメールはそんな彼女に肩を貸して一緒に逃げ出す。


「ギュオオオオ!」


 ウーバはドラゴンの尻尾の強烈な一撃を喰らった。他の三人も同じように尻尾で振り払われて、それぞれ違う方向へと弾き飛ばされていく。ウーバは吹き飛ばされ地面に激しく叩きつけられ、背骨が折れたのが自分でも分かった。


「そ……そんなバカな……俺達はAランク冒険者パーティーだぞ……」


 ドラゴンの咆哮がウーバの耳に聞こえたのを最後に、意識が途絶えた。後で知ることになるのだが、彼らはたまたま通りかかった他の冒険者に助けてもらう事ができた。発見された当初、カメールもザリカも、メスルも危険な状態だったらしい。


 数ヶ月を要する治療に専念するために、『強欲の翼』は冒険者としての戦いから離脱を余儀なくされる。


 そして――

 その日を境に、『強欲の翼』は『Aランク冒険者パーティー』と呼ばれる事は無くなった。






「何でだよ! 俺はAランク冒険者だぞ! どうしてこんなことに!?」


 かつて、アリクが所属し、道理に反した行為で追放したAランク冒険者パーティー『強欲の翼』は、怪我の治癒が終わり、かつ謝罪金が途切れそうだったため久しぶりに受注したCランククエスト『ブラッディウルフ討伐』を凡ミスと備品不足のため失敗してしまった。


 今まで何体も倒してきたモンスターに完膚なきまでに叩きのめされ、その結果に『強欲の翼』リーダーであるウーバは憤慨していたのだ。


「何でだ! あの役立たずを追い出したんだぞ!? なのにどうして誰も"加入を希望"しないんだよ!? どうして、どうしてこんな目に!」 


 そう怒鳴り散らしながら、ウーバは明らかなヤケ飲みを続ける。酔いが回ってきたのか、その勢いは収まることなくヒートアップし続けているのだが。おかげで周りは酒瓶だらけ。幸いにもこの家は『強欲の翼』の拠点であるため、部外者に、迷惑はかけない。他のメンバーはそうでもないが……。


 Aランクパーティーともなれば、自分たちが住む館くらい持っていないと舐められるのが冒険者界隈の共通認識とウーバは思い込んでいる。加えてウーバは自己顕示欲の強い性格だった。ウーバはアリクの「無駄遣いだ」という反対を無視して大金をつぎ込んで、町で庶民が購入できる物件の中で一番の家を拠点として購入したのだ。


「残念だけど、いくら喚いても問題に解決にならないんじゃない? 落ち目のリーダーさん」


「ああ!?」


 ウーバが振り向くと、そこには深夜帯だというのに外行きの服を纏った魔法使いの少女メスルと戦士カメールがウンザリした顔で立っていた。


 小柄で整った顔、大通りを歩けば街行く者が老若男女問わず全員振り返るほどの美少女であるメスルだが、今はとてもじゃないが誰もが関わりたくないと思うほどの怒気を纏っている。


 そのクールな表情とは180度違う怒りを放っているのは不気味としか言いようがない。


「言ったでしょう。当てもないというのに、付き合いのないAランク冒険者を加えるメリットなんて存在しない。ましてやこれだけ失敗続きならね」


「……何だと、俺のやり方に文句があるってのか?! ならサッサと出ていけばいいじゃねえか!? もし出ていかないっていうのなら、俺が追い出してやる! あのアリクのように惨めな末路を味合わせてやるよ!」


「心配しなくても、こんな腐った同僚と仕事するなんてこちらから願い下げたいわあと、気に入らない人間を徹底的に征服しようとする癖、ちゃんと治したほうがいいわよ。それじゃあね。いこうカメール」


「……ああ」


 そう告げるとメスルとカメールは自室へ戻っていき、数分後には荷物を纏めて本当に出ていってしまった。ウーバは思わず出た言葉でこんな事になるとは予想していなかったのだろう。


 一瞬パニックになるが、散々自分を罵倒し挙句の果てに出ていった(ということにしたい)女を呼び戻すなどプライドが許さない。


 ウーバは酒蔵からワインを取り出し、一晩中飲み明かして全てを忘れようと考えた。


「何なんだよ。……アイツも、アリクも俺のおかげで贅沢出来ていたというのに!」


 ウーバの眼に隠し切れないほどの明確な殺意が宿る。その眼から危険を感じ取ったザカリはメスルとカメールに続こうと決めた。


(もうウーバ……『強欲の翼』は終わりだな。僕も町から出て他の冒険者パーティーに加わるかソロでいこう。でも、その前に餞別くらいもらっていこうじゃないか)




 夜が明けて朝になった。パーティーの家の中でウーバは呆然と佇んでいた。


「何故だ。何故こんなことに………」


 パーティーのメンバーがいなくなってしまった。まさか、本当に出ていってしまうとは思ってもみなかった。メスルとカメールだけでなくザカリまで出て行ってしまうとは思わなかったのだ。ザカリは『自分も離脱する』という内容の置手紙を残して消えていた。金庫の中のパーティー財産と共に。


「ザ、ザカリの野郎! 何が『餞別はもらっていくよ』だ! 勝手にパーティーの金を持ち出していきやがって! くそ!」


 ザカリが財産を持って行ってしまった以上、ウーバはほぼ無一文に等しい。あるのはこの家と手持ちの武器・回復役などだ。仲間たちがみんないなくなってしまったからには、ウーバはソロで冒険をしていかなければならなくなった。事実上、『強欲の翼』は解散したも同然だった。こんなことがギルドに知れたら、Aランクは取り下げされるだろう。


「こ、こんなことになるなんて………お、俺はただ、最強のパーティーを目指しただけなのに、どうして………」


 きっかけは分かっていた。こんなことになったのはアリクを追放したせいだ。そして、追放したのはウーバの独断によるもの、つまり自業自得だ。だが、ウーバはこんな時でも都合のいい解釈をしてしまった。


「こんなことになったのもアリクのせいだ! やっぱりあいつが何か裏工作をして俺を破滅させようとしていたに違いねえ! 畜生! 許さねえ! 絶対に責任を取らせてやる! 何ならぶっ殺してやる!」

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