エピローグ

最終話 それぞれの距離感

 迷宮から無事に脱出し、元の時代へ戻ってきてから、一週間――。


 俺の日常は変わっていない。

 相変わらず、迷宮へ向かう怪童へ、ナビぐるみを通して指示を出し、秘宝を回収させることを仕事にしている……。

 変わったことと言えば、人か……。


 俺の隣にステラはいないし、指示を出す相手もリッカではない――別の怪童だ。


「――今日はもう戻ってこい……深追いは危険だ」


『でも……まだ秘宝を一つも回収していないわよ?』


「お前はそんなこと考えなくていい。生き残ることだけを考えろ。

 死んだら再挑戦できねえんだ――生きてさえいれば、何度でも挑戦できる。長い目で見た利益を言えば、こっちの方が効率が良い――怪童も、無限に溢れてくるわけじゃねえからな」


 使い捨てにする人材じゃない。


 丁重に扱うべき者たちだ……、

 危険な迷宮へ送り込んでおいて、丁重もなにもないとは思うが。


『……変わったわね』


「だろうな」


『昔はここまで過保護じゃなかったわ……、無茶ぶりばかりして……こっちは死にかけたって言うのに、アンタはそれでもやり方を変えることをしなかったでしょ……。まあ、実際、その無茶ぶりのおかげで死にかけてこそいても、死んだりはしなかったんだけど――』


「俺に、お前らを助けるための技術がなかったんだ……。でも今は……まあ、確実じゃねえが、前よりは安心安全に、お前らを誘導できる自信がある」


『……自分が迷宮に潜ったから?

 でも、内部構造は違うでしょ……ギミックだってさ』


「細部は違うが、大まかなところは同じだ。分解しちまえば――枠を作って振り分けてしまえば、ある程度、パターンは絞られてくるんだよ。

 あんまりそれを過信して思考停止するのも問題だがな……。とにかくだ、今日はもう疲労が溜まってるはずだ、無理にこれ以上を進んでも、どうせ途中で動けなくなる。

 そうなる前に出口まで戻るぞ。内部構造が変わる前にだ――さっさとしろ」


 はいはい、と、返事が聞こえてくる……、こいつも声が柔らかくなった、か。


 かつてペアを組んでいた――そして現在、リッカの代わりにペアを組んでいる少女だ。


 ……迷宮で行方不明になっていたとばかり思っていたが……いや、実際、行方不明にはなっていたのだ――、それはこちらから見た時の話。


 向こうからすれば、帰り方が分からず、不十分な準備で出口を見つけるため、拠点を作り生活をしていたのだ……、小さなことからコツコツと。


 長期戦を覚悟し、迷宮内で見つけた同じく行方不明者と協力をして。


 ……秘宝を探し当て、中身を利用し、なんとか生き残ってきた。


 ――悪童、と呼ばれる、サクラと同じ『闇が見える瞳』を持つ者たちが行方不明になっていた怪童たちを保護し、支えていた。


 だからこそ、俺たち地上側は、明確な怪童の死を証明する証拠がなかったのだ。


 怪物に食べられたのではなく、そもそも死体なんてなかった――。


 中にはいるのかもしれないが……それこそ、骨ごと飲み込まれてしまえば分からない。


『分かったわ、すぐに戻るから……』


「怪我してないか? 痛いところを言え、救急箱に必要なものを詰めて迎えに」


『いらない。医者がいるでしょ、アンタの出る幕じゃないわよ……でも、ありがと』


 ナビぐるみを通して見た迷宮には、今は怪物もいない。

 映像の一部を拡大すれば、天井付近に人影があった――悪童だ。


 さすがにそれがサクラかどうかは分からない……リッカ、か?


 彼女も丸薬SABを飲んだことで悪童になっている……、地上に出られない体になってしまった。そのため、迷宮内で生活をしながら、行方不明になっていた怪童たちを出口へ送り届けていた――そんな一週間だった。


 死んだと思われていた少女たちが地上に戻ってきたことは、大きなニュースになった。


 迷宮内での生活――その後、どう生き延びたのか。

 そんなことを聞かれることが多かった生還者だが、悪童のことを漏らす少女はいなかった。


 彼女たちは理解していたのだ――悪童は、未来が生み出した新しい少女なのだと。

 そして、迷宮は未来と過去を繋いでいるのだと。


 もしもそれを公表してしまえば、秘宝以上の価値が迷宮、さらに悪童に出てしまう。ようはタイムマシンが発見されたようなものだ……、悪用されることはもちろん、迷宮を危険視していた一般人も、大切なもののために迷宮へ潜ろうとするだろう。


 過去に死んでしまった恋人に会いたい。


 過去の失敗をやり直したい。


 未来を知りたい――などなど、報酬が魅力的過ぎて、危険が霞むパターンになる。


 どれだけ報酬が魅力的でも、勇気が生まれたとしても、危険が減ったわけではない。


 怪童も神童も付けずに迷宮へ、単身で乗り込むのはただの自殺志願者だ。


 あの時のサタヒコと同じ……、

 彼の場合は、闇を見ることができるゴーグルがあったからこそまだマシだったがな。


 怪童の少女たちは口裏を合わせ、迷宮での生活のことはでっち上げている。と言っても、悪童の存在を隠しながら、自力でなんとかした、としているが……。

 迷宮内だ、怪物や秘宝、ギミックを捏造してしまえばなんでもありである。


 その内容を疑うなら迷宮へ潜ればいい……、言われて飛び込む記者はいないだろうし……そこまでする記者がいたとしても、戻ってこれるかは微妙なところだな……。


 彼女たちが言わなければ、悪童の存在は伏せられたままだ……。

 未来のことは、今に影響を与えない。ただそれは、リッカやサクラの改造された体を元に戻す方法が分かるのも、未来のさらに未来になる、ということでもある。


 この時代で研究をしたところで、根本的な技術がない以上、調べようがない。

 悪童を悪童にした技術を公表してしまえば、怪童の少女たちが隠した意味がなくなる――見つけた未知の技術は、秘宝の中身であると誤魔化せるが、さすがに実際に悪童になったケースを持ち出せば、今世代の話ではないことが明らかになる。


 未来に繋がってしまう……それは避けなければ。




『――新たな技術「アバターズ」が発表されました』


 と、ネットニュースに載っていた記事を見つける。

 秘宝から回収されたアイデアが他国へ提供されたのだ……、伝えたのは、ステラである。


 ……彼女は技術の提供をし、母親の病気を治すための施設と設備を手に入れた。

 今は他国におり、連絡も取れない状態だが……、まあ、元気にやっているだろう。


 あいつはあいつの目的を達成させた――いや、これからか。


 母親の病気が完治した時、あいつの目的は達成される……、


 そうなった時はお祝いしてやらないとな。


 俺たちを利用し、独断で行動をしていたことへのお咎めはなしだ。別に、裏切るなと契約していたわけでもないし……裏切った感覚も、あいつにはないのだろう……。

 俺も、裏切られたと思っているわけではない。


 目的が違うから、別の方向へ進むのは当たり前だ。今回、そうなっただけのことである。

 いつ起きてもおかしくはなかったことだ――相談しろよ、とは思ったがな。


 されたところで、なにができるわけでもなかったが……、

 頼れない、と思わせたのは、俺の落ち度だな。信頼されるような環境を整えねえと。


 ――再挑戦だ。


 一度解散したペアと、再び手を取り合った。


 彼女がなんでも話せるような環境にする――それが、今の俺の役目だ。



 ―― ――


『超遠距離恋愛ですね』


 夜、リッカに預けているナビぐるみを通し、彼女と他愛のない話をする。必然、話の内容は迷宮に取り残されている怪童の少女や、姿を隠して生活していた悪童たちのことだ。


 敵ばかりだと思っていた迷宮だが、意外と目を凝らして見てみれば、そこら中に味方はいたわけだ(見てみれば、と言ったが、見えないのだから同じことか?)。


 地上へ送り届けたと思えば、すぐに発見される行方不明になっていた怪童の少女――その子がどの時代の怪童なのか、話を聞く必要がある。


 リッカのように記憶喪失でなければ、時代を特定することは難しくない。


 虹色――、思えば入口は、多彩な色を混ぜた水面のような見た目だった。


 だが出口は、色は固定されていた気がするが……、どうだったか……。


 色によって、いける時代が違うとすれば、送り届ける出口を間違えることもない。


『先輩の想像通りですよ、色によって出られる場所が違うみたいです』


「やっぱりそうか」


『それに気づくまでは、たくさんの子を別の時代に飛ばしちゃいましたけど……、意外とその時代でも、慣れてしまえば生活できるみたいですよ?』


 居心地が良かった時代に住みついてしまった、とか?


 それはそれで――本人が良しとすればいいのかもな。


『リッカ、遠くで悲鳴が聞こえた――助けにいくがオマエはどうする?』


『あたしもいくよ――先輩とはいつでもお喋りできるし』


 迷宮と地上、距離があるようで、ないような位置だ。こうして、添い寝をするような感覚でお喋りができているのだ……実際に触れることはできないが、あまり距離は感じない。


 いつでもお喋りできるし。


 リッカの言葉が、近い距離を示す証明だろう。


『じゃあまた……おやすみなさい、グリット先輩』


「ああ。怪我すんなよ」


 はい! と元気な声が聞こえ、リッカとの通話が切れた。



 その時、こんこん、と部屋の扉がノックされた。


 ……こんな遅い時間に、誰だ?


 恐る恐る扉を開けると、そこにいたのは枕を抱える……、ペアの少女だ。


 かつてペアを組んでいた――同い年の少女である。


 男の部屋に押しかけてくる奴じゃあ、なかったはずだけどな……。


「……は?」


「悩み、あるんだけど」


 俺の返答も聞かずに、彼女は靴を脱いで俺の部屋を進んでいき、枕をベッドに投げて、ばたりと倒れた。こんこん、とノックをするような仕草で隣を示す――添い寝をしろってか!?


「なに考えてんだよ、お前……」


 一応、俺はリッカと恋人関係なのだが……確かにこいつには言っていない。


 言っていない、が――。知らないからと言ってこの行動はありか!?


 喧嘩別れした旧友の部屋へ、急にきたりするのかよ――いくら悩みがあると言っても。


「相談、乗ってくれるんじゃないの? 過保護でさ……なんでも相談しろよ、なんて部屋の住所まで教えておいて。まさかくるとは思わなかった? ……誘ったのはそっちじゃない」


「……くるなら昼間にしろよ」


「夜だとまずいの? 別に、なにもしないわよ」


「面倒なことにならなきゃいいけどな……」



「いいから、添い寝をしなさい。……私の警戒をここまで解いたのはアンタなんだから、責任を取って最後まで面倒を見なさいよ!?

 怪童の手綱を握るのが、神童の役目なんだから!」



 こんなことになるとはなあ……。


 ……こうなってしまうと、過保護も考えもの、か?




 ―― 完 ――

 

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外から始める迷宮攻略 渡貫とゐち @josho

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