第40話 本気の一致

「……確実じゃねえよ。言ったろ、体を作り変える……一旦、全てを壊して新しく作るんだからな――痛みがある。堪えられるかどうかは本人次第だ。堪えられなければ、死ぬだけだ」


 ゆえに、スクラップ・アンド・ビルドか。


 つまり彼女は堪えられたってわけか。

 彼女に堪えられたのだから俺にも、と考えるのは安易だな。痛みに慣れている人間と、慣れていない人間とでは、既に条件が違う……。

 実験体なのだ、堪えられる環境を整え、慣らしてから試すだろう。


 実験体とは言え、そうばたばたと倒れて無駄にしていい人材ではないのだから。


 無限に人間がいるわけじゃない。

 それとも、彼女の国ではそういう子供がたくさんいたのだろうか?


「やめとけ。帰るべき場所があるヤツが食うもんじゃねえ。

 命が惜しくてそれを利用して、悪童になれば――もう二度と地上には戻れなくなる……ッ。

 これまでの生活に戻ることは、もう二度とないんだぞ!?」


「なんだ、心配してくれてんのか?」


「マジで言ってんだ……ッ、テメエらみてえな生ぬるい世界で生きてきたヤツが、気軽にオレたちの世界に踏み込んでくるんじゃねえ……秒で死ぬぞ」


「秒があれば、起死回生の布石を置くことはできるな」


「っ! ――オマエになにかあればリッカが悲しむだろ!

 オマエのことなんかどうでもいいがなぁッ、リッカを悲しませるんじゃねえッッ!!」


「サクラ……?」


「態度では分からなかったが、名付けられたことでリッカに忠誠心でも抱いたか? 

 ……リッカが無事だったのは、お前のおかげが大きかったみたいだな……。

 リッカのペアとして礼を言うぜ――サクラ、助かった」


「…………、恩を返しただけだ」


「え、恩なんて、あったっけ?」


「黙ってろ!!」


 サクラの怒声に、口を挟んだリッカがびくっと震えて、俺の胸に飛び込んできた。


 うえーんっっ、としがみついてくるが、どうせ嘘泣きだ。都合良く理由ができたから、それを最大限利用しただけだろう……。

 つい、話し込んで立ち止まってしまったが、逃げている最中だということを忘れるな。足止めしたとは言え、ドラゴンの脅威は残っている。


 早いところ、出口への手がかりを――



「あ?」



 なくなっていた。


 手元から。


 丸薬SABが――なくなっていた。



「…………、見えてねえはずなのに、なんで奪い取れた……?」


「『イメージが実現する』……そういうギミックでしょ?」


 確かにそうだ。怪物を強化してしまうことばかりがフィーチャーされているが、リッカが俺を引き寄せたように、俺がサクラ(当時は曖昧なイメージだったが)を引き寄せたように、実現可能な想像をすれば、現実になっていた――。


 ギミックは『強化』ではなく『実現』なのだ。


 だから、彼がイメージし、丸薬SABを奪うことも、可能だ。


 たった一人だけ、この闇の世界を見ることができていない彼が奪うことも――同じく。


「――ちょっと! なに考えてるの、サタくん!?」


「……オマエ……まさか――」


「効果を聞いてりゃあ、そう思い立つよな。

 ――お前にとっては、渡りに船ってところか?」


 リッカの弟――サタヒコ。


 リッカを追いかけ、迷宮に単身で突っ込んだ、バカだが勇敢――しかし、現実を見ることができていない、理想主義の少年だ。

 ……典型的な早死にをするタイプである。


 迷宮内で視覚を取り戻し、怪童に拮抗する腕力を得ることができる丸薬……、ただしリスクはもちろんある。


 肉体に合わなければ死ぬし、仮に相性が良くても、二度と地上へ戻ることができなくなる体に作り変えられてしまう……。


 今後、一生、迷宮で暮らすことを強いられる――それを引き換えにしてでも。


 彼は。


 姉を助けるために、きっと手元の丸薬を口にするだろう。


「ダメだよサタくん! あたしを助けるためにサタくんが迷宮に残る!?

 そんなの、意味がないよ! 一緒に戻らないと――」


「でも、どうせ姉ちゃんはその人と一緒に帰るつもりでしょ?

 記憶を失った後、おれの知らないところで作った居場所に、戻るんでしょ……?」


「それは……、」


「だったら――、同じ場所へ帰れないなら、おれは迷宮にいてもいなくても変わらないよ。姉ちゃんを確実に脱出させることができるなら――二度と地上へ戻れなくなっても構わないっ!」



「――ッ、ダメぇええっっ!!」



 手の平の上に転がした丸薬を、口に放り込む寸前で――なんとか間に合った。


 俺の腕が、サタヒコの腕を取る。


「…………なんだよ」


「姉ちゃんを奪われてムカつくか? その敵意に文句はねえが――、姉を悲しませてまで、姉を救おうとするのは、本末転倒じゃねえか?」


「……姉ちゃんが死ぬよりマシだろ」


「弟を犠牲にした負い目を背負ったまま生き続けることが、マシだってのか?」


「マシだよ。……時間と共に忘れる。

 あんたが隣にいるんだ、いつまでも引きずらせるあんたじゃないだろ。

 ……楽しい思い出で蓋をすれば、悲しい記憶は消えていくんだから」


「ああ、そうかよ」


 だったら勝手にしろ。

 サタヒコの手を離す。

 同時に、俺は片手で掴んでいた腕を離した。


 俺の元から離れていくリッカが――弟に覆い被さった。

 二人で地面に倒れる。


 衝撃で、丸薬が手からこぼれ落ちる。

 その一粒をつまみ、リッカが口に含んだ。


 サタヒコは、見えていない――。


「オイ、リッカ!? なにしてんだオマエは!!」


 サクラが叫ぶ。

 俺は諦めて、ふっと目を閉じる……。サタヒコが丸薬を奪い取ったところで、もしかしたらと思ってイメージしてみれば……成功していたみたいだな。


 証拠に、リッカは俺にしがみつくよりも、サタヒコへ駆け寄ることを優先した。


 戻ったのだ。


 いや、俺が戻した、と言っていいのかもな――。


 


 弟との記憶を思い出したリッカは、弟の自殺行為を止めるために、散らばった全ての丸薬SABを全て、口の中に含み、思い切り噛み砕いた――がりりっ、と。


 その音を聞いて、サタヒコも理解したようだ――見えていなくとも、彼が知る姉なら、この場面ではこうするということを、目ではなく心で分かっていたのだから。


「――姉ちゃんッッ!?!?」


を犠牲にしたりなんか、しない」


 リッカは自身が被っていたゴーグルをサタヒコへ被せた――必要なくなったのだ。


 そんな道具に頼らなくとも、リッカは既に、迷宮の闇が見えているのだ。


「先輩」


「おう」


「記憶が戻りました……、ありがとうございます」

「なんで俺に礼を言う?」


「だって……、記憶を戻してくれたの、先輩でしょ?」


 くす、と微笑みながら。

 以前よりも大人っぽいな……。


 やはり過去の経験が加わったことで、精神が大人へ近づいたのか?


 ……記憶を取り戻したリッカに、隠し事はできそうにねえな。


「どうだかな。……なんにせよ、お前はサタヒコの姉の、リッカだ――。

 俺に構うよりも弟を守ることを最優先に、」


「同時にあたしは先輩の後輩ですけど? ……昔に戻ったわけじゃありませんよ?

 今のあたしに昔の記憶が加わっただけです。……忘れていませんからね?」


 それは……、


 風化させない、と言われている気がした。


 逃がすものか、とも。


 ……弟が最優先――それは変わらないが……、


 リッカの中で最も大きい存在は、変わらず俺らしい。


「……分かってんのか? お前、もう二度と地上へ戻れないんだぞ?」

「距離が障害になりますか?」


「どんだけの距離か分からねえよ。迷宮と、地上――遠距離どころじゃねえ」

「遠距離じゃないかもしれません。もしかしたらゼロ距離かも?」


 ゼロ距離ではないだろ。


 手を伸ばせる場所に、リッカはいない。

 その時点で、距離があることは確実だ。


「迷宮と、地上の距離だけです。会えないわけじゃないんですよ?」

「会うのは、かなり難しいけどな」


「はい。『かなり』、『難しい』ですけど――『不可能』じゃないです」


 リッカがぐっと詰め寄ってきて。


「……ねえ、先輩。

 あの時の続きをしないと、言わないつもりですか?」


「言わないと分からないのか?」


「……へ?」


「具体的に一から十まで説明しないと理解できないのか? ナビぐるみで指示を受け過ぎて、なんでもかんでも俺が全て伝えると勘違いしてんじゃねえのか? 

 言わねえこともある。それは言わなくても伝わると思っているからだぞ――」


「……そんなことで誤魔化せませんよ?」


「チッ」


 漏らした俺の舌打ちに、リッカが頬をぷくーと膨らませ、


「もう、やっぱり続きをします。他のことをなんっっにも考えられなくなるくらい激しく濃厚なキスをして、先輩からあの言葉を引き出してやるんですからッッ!!」


 その時、左右の壁を破壊して飛び出してきたドラゴンが、俺たちを見つけた。


 それに反応する暇もなく――。


 ドラゴンは俺たちをまとめて噛み砕こうと大口を開けて、



「「――邪魔すんじゃねえよ(しないでよ)ッッ!!」」



 まるで、風船が破裂するように――二体のドラゴンが姿を消した。


 イメージによって弱体化どころか、一瞬で消滅させた――、一致したイメージ。


 俺たちは既に、迷宮にいることなど、ドラゴンの脅威に晒されていたことなど忘れていた。


 感じるのは甘い香りと、言葉にできない、味だった。



 キスをした。



 今度は見えない闇の中ではなく、互いの瞳を見て――だ。


 ……言葉にしてくれ、か。


 一度しか言わねえから、聞いておけよ。



「好きに決まってんだろ。じゃねえと、ここまで追ってこねえよ」

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