第4話 巡廻する事象

こんなに優雅で平凡な朝を迎えたのは、いつぶりだろうか。

私たちがパンの撃退に成功してから、はや数日が経過した。


「トモの最終兵器があんなに役立つなんて知らなかった」


前回のアンニュイプリンから成長したんだなぁ、と私は感慨に耽ける。


パンが野生化し始めてからだんだんとエスカレートし、高層マンションやショッピングモール、

学校や病院に侵入し、挙句の果てには人間を襲う遊びに目覚めてしまったのだ。


「なにはともあれ。

 パンによる被害も落ち着いてきたし、そろそろ平凡な日常に戻れるよね……」

「甘いよハナちゃん!これからも用心しなきゃ!!」


朝食作りにせいを出していたトモが、おもむろに声を上げた。


「それに目撃数や目に見える被害が減っただけなんだし、まだ解決したとは言えないじゃん!

 完璧に種として根絶するまでは、まだ安心しない方がいいよ!!」


「そ、そうね……」


こぶしを握り締めたトモは、妙に張り切った口調だ。

なんだかいつにも増して正義感に満ちているようにも見える。

「元凶が言うと説得力がある」という一言は、胸にしまっておくことにした。


トモはこう見えて案外、他人思いの優しい子ではあったりするのだ。

『自分の開発した発明品が、だれかに危害を加えてしまった』ということが、

もしかしたら結構、こたえたのかもしれない。


テーブルの上には、朝から豪勢なメニューが並んでいた。

朝食を食べようとすると、トモが急に快哉を叫んだ。


「ねぇねぇ、ハナちゃん見て見て!」


興奮冷めやらぬ状態でこちらに駆け寄るトモを、微笑ましい眼差しで見つめる。

トモは疲れ切った様子を全身から漂わせながらも、表情は隠し切れない充実感に溢れていた。


「何を作ってたの?」


彼女はなにかを作り出すとすぐに私に見せに来る。

その様子は、小さな雀のようで実に愛らしい。

ああ、望み通りの平和な日常が帰ってきたんだなと、私は思わず胸が熱くなった。

トモは目をキラキラさせて、黒い物体を取り出した。


「新鮮なパンを絶滅させるために、新鮮な納豆巻きを造ってみたよ!」


end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンジェネシス─新鮮なパン─ kirinboshi @kirinboshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ