ミスト

愛国者と売国奴で国が真っ二つ。

しかしどっちがどっちなのか、誰にも分からない。

-マーク・トウェイン-


1940年大晦日、第四師団前線部隊陣地


塹壕近くの木に、一人の連合軍兵士がトンカチを片手に何かを打ち付ける。

その兵士は日系兵だった。

口元をスカーフで覆ってゴーグルを身につけているが、そこから見える眼は若くやる気があった。


「何やってんだおめえ」

「正月だ、締め飾りつけんだよ」

「んだそれ」

「日本じゃ新年をこうやるんだ、クリスマスツリーみてぇなもんだ」

「狙撃されんなよ」


呆れた戦友が声をかけ、その日系兵は笑って言う。


「大丈夫だってこんなに雪が・・・」


彼は途中で言葉を切った。

月明かりが微かに見えている。


「雪が止んでいくぞ・・・」


そして、砲声が聞こえた時二人は咄嗟に退避壕に急いで飛び込んだ。


「新年くらい休めってんだクソッタレ!」


爆轟と轟音の中で、彼らの言葉は誰にも聞こえなかった。

合衆国軍のリッチモンドへの侵攻作戦、ウロボロス作戦は予定より遅れつつも開始されたのである。

合衆国軍の当初の想定では双頭の竜のように陸上と海上から圧力を掛ける作戦を早期に発動して制圧する予定だったが、それが時期がズレたので陸軍主体の攻勢に変更したのである。

ただ彼らにとって想定外だったのは、連合国海軍が打って出てきたという事であった。


1941年1月2日午前6時30分、第41任務群旗艦パトロクロス級巡洋艦<パトロクロス>


アイザック・C・キッドの率いる合衆国リッチモンド海上封鎖部隊である第41任務群が動いたのは前日に届いた"戦艦1を有する有力な敵艦隊"が進出したためであった。

海上封鎖中の第四艦隊隷下第41任務群は、直ちに捜索撃滅せよと命ぜられ、会敵地点を想定している海域へと進んでいた。

航空偵察などは出来てなかったので、精度は良くない為目視で捜索している。


「閣下。天候が不安定です、一旦切り上げては?」


ノーマン・スコットは幕僚長として提言したが、キッド少将は少し考え、首を横に振った。


「いや、このまま捜索を続行する。危険であるというのは事実だが、戦力差がある。」


キッド少将の言い分はその通りだった。

理論的にも状況的にもそれが敵にとって最も嫌な選択肢であり、合衆国海軍の針路予測以外、彼の判断に間違いはなかった。

合衆国海軍は迂回機動を予測したが、連合国海軍は直進ルートを取っていたのだ。

その訂正報告が飛び込んだ事、そして、連合国海軍が合衆国海軍の移動について潜水艦が緊急通報した事、幾つかの偶然は、世界戦史に彩を添えようとしていた。

べっとりとした赤黒い絵の具で。


「しかし、このパトロクロス級は偉く豪勢だね、指揮専門の巡洋艦とは」


キッド少将は少し感動したように呟いた。

それについてはスコット艦長もそう思っている、このパトロクロス級はサイズの小さな戦艦というべきものだった。

コレはドイツ海軍のポケット戦艦の構想と、大規模で煩雑化する艦隊指揮機能の都合だった。

結果的に1万4000トン級排水量のこのパトロクロス級は、艦隊指揮専門艦として増強された通信設備を有していた。

艦種別の番号もCCと指揮専門艦の割り振りがされている。

砲戦能力は8インチ55口径連装6基と少し控えめだが、打撃能力は確かである。


「名前が気に食いません、追撃戦をするのが恐くなります」

「・・・パトロクロスは警告を無視して追撃したからなあ」


合衆国海軍の艦艇は今やギリシャ神話名や北欧神話名の主力艦がいくつも存在していた。

姉妹艦は<アイアース>や<ティターン>だの<アキレウス>だのだし、超大型戦艦なんか<エーギル>や<ラーン>だ。

この合衆国は色々とローマの幻影を追って出来ている国ではあるが、追い過ぎも良くないんじゃないか?

たがまあ、良い船をくれるんだから、良いか。


「ともあれ、だ。我々は追撃せんといかんわけだ。

 それにだね、我が僚艦に<ミュルミドン>はいないしな」

「建艦もされてません、親友たる<アイアース>はいるのですが」


艦橋から見える外の景色は霧模様が広がっていた、珍しい訳ではなかった。

豪雪が一部では終わったらしいが、続いている海域や地域も多い。


「目視、全く役に立ちません」

「灯火管制、非常灯に切り替えろ」


艦橋の視界が一気に赤くなる。

そして、それが起こったのはその時だった。

突如の爆発音、衝撃波。

身体を大きく揺さぶるそれは、明らかに何かに爆発した様子だった。


「なんだ!?状況知らせ!」

「サーチライトで確認しろ!」

「未確認の艦影あり!」


最後の報告に、ノーマン艦長は叫んだ。


「艦影だと!?」

「敵艦目の前です!目の前です!」

「何処だ!」


キッド少将は双眼鏡を片手で握り、残る片手で手すりを掴んで食い入るように前を見た。

副長がキッド少将の肩を掴んで、左前方を指さした。


「そこです!」


そこにいたのは、アメリカ連合国の戦艦だった。

霧の中に色濃く浮かぶバトルグレーの巨城が、彼方も慌ててサーチライトを点灯させていた。


「各銃座射撃用意!」

「前部砲塔スタンバイ!」

「発砲非常ブザー鳴らせ!」

「衝突するぞ!回避運動!」


何故接近に感知できなかった!

そうノーマン艦長は舌打ちしたが、筋のいい海軍軍人を産むにはまだまだ時間がかかる。

事実上仮想敵が我が海軍だけの日本海軍は優秀な人材を集中出来るが、こっちは多方向に回されている。

確かに日本も事実上ナチス衛星国となったオランダ本国の蘭印植民地があるが、オランダ植民地海軍は増強されてはいるが脆弱である。

まして、英東洋艦隊も睨んでいる。

日本の東南アジア方面のシーレーンを阻む敵は事実上存在しない。

つまり全力で殺しにこれる。

対する合衆国は?接してる奴らがどいつもこいつも艦隊か艦隊を封じれる。

メキシコは論外だ、彼らの艦隊は乏しいが制海権を奪われてもいくらでも陸路がある。


「敵艦砲塔指向中!」

「この時間じゃ装填は間に合わん!」


連合国の戦艦が主砲を指向させるのに対し、ノーマン艦長は咄嗟に叫んだ。

改装により半自動装填装置を採用している連合国戦艦は装填が早いが、それでも数分で即座に射撃諸元や弾薬装填が終わるわけない。

なんとか衝突を回避するように両艦が動き、ヤンキーとディキシーは互いに回避で半円を作るように機動する。

そして、連合国戦艦の発砲がノーマン艦長が覚えている最期の光景になった。

彼は衝撃波で艦の外に盛大に放り投げられ、冷たい海水は彼を引き離す事はなかった。


彼は消えゆく意識で「なんでだ!」と問うた。

最期の数秒の中の問いかけは、意識が途切れる瞬間に答えが出た。


あいつら、装薬だけでぶっ放したな!



彼の想像は正解であった。

そして、至近距離の戦艦による空砲の指向性衝撃波は巡洋艦パトロクロスの電装品をぶち壊し、艦橋乗員を全滅させてしまった。

その結果は大きかった、キッド少将は頭を打って死亡し、指揮権委譲がされてない艦隊は陣形を壊乱させてしまっている。

そんな中に連合国駆逐隊が魚雷を叩き込んだ結果、各艦は隊列をさらに混乱させた。

駆逐艦<Dendrocitta>は魚雷攻撃によりコロラド改級戦艦<カリフォルニア>に三発命中、一発がスクリューを破壊し、合衆国艦艇を衝突させ2隻を結果的に撃沈させる大戦果を挙げた。

合衆国艦も巡洋艦<ピッツバーグ>が臨時で指揮を引き継ぎ、反撃を試みたが連合国第18駆逐隊--先の海戦で一隻減って3隻で構成--などに襲撃され大破、4時間後沈没している。


しかし合衆国の組織システムとロジティクスも著しく、直ちに別の巡洋艦が指揮を継承する。

連合国艦隊が反航戦から大きく針路を変えて同航戦へ移行せんとし、麾下の第六駆逐隊が鼻先に魚雷をぶち撒けて変針を強要した。

強要した方向には、北米大陸の沿岸線があった。


つまり、合衆国艦隊は逃げる道を強引に断たれていた。


第41任務群はからくも生還出来たのは大破した巡洋艦と駆逐艦三隻、それに指揮官死亡で孤立したためたまたま霧に紛れて逸れて生還した<パトロクロス>の5隻だった。

連合国海軍は夢にまで見たジャイアントキリングを、そして戦術的戦略的勝利を達成したのである。

この事は連合国海軍が消極的現存艦隊ではなく、隙があり次第仕掛けるロイヤルネイビーの舐められたら殺すサーチアンドデストロイに切り替わったきっかけにもなった。

特に、連合国は自国沿岸部における水雷艇及び駆逐艦積極投入を決定、果敢な空母戦力を用いたハラスメント攻撃を繰り返す事に、腹をくくったのである。


1941年1月14日午前10時、リッチモンド


連合国の戦線への圧力は日増しに増加し、戦況は悪化していった。

戦線は数日でついに首都外縁に到達、敵の進軍速度はかなりの無茶振りで進んでいるが、此方も苦しい。

路面状況の問題で機械化師団含めた連合国陸戦兵力の補給が逼迫していた。

機械化師団を戦闘力維持させる補給の線、特に陸上車両は三百から四百。

輜重兵たちが輸送のためでこれだけを使うのである、何のために給油してるのかわからなくなる、給油の為に給油して給油して給油しているようなものだ。

バンカー備蓄物資から割かれているのはいいが、戦車や装甲車は燃費が良いわけない。


「だがこれらは使い道がある。

 そう、つまり、速度を重視した軽歩兵をぶちのめす仕事とかだ」


アイゼンハウワー師団長の言葉に、スタンレイはまあそういう仕事だよなあと割り切ってしまっていた。

進出してきた敵に対して一発殴ってガツンとゲンコツさせて悶絶させる、まあそういう話だ。


「合衆国軍は進撃を焦っているのが見受けられます、数日前と比べて支援砲撃の諸元などが些か荒いです」

「あぁ、つまり確かめる時間も焦ってる」

「気が早いですね」


スタンレイは他人事の様ないつもの口調で言う。

合衆国軍は確かにこの頃、早期の首都陥落を焦っていた。

本来の計画なら8個師団を以ってリッチモンドをじっくり包囲し、攻め落とす計画だった。

だが予備兵力は欧州派遣されている、彼らは今頃ジトミルでソ連軍と元気に冬を満喫している。

各方面軍から1個ないし2個師団ずつ抽出したが、6個師団は彼らにとって余裕と言えなかった。

側面援護の3個師団を削られたのは不安である。


「市民の避難もほぼ完了した。

 一部銀行の行員と郵便局員、それに鉄道職員などは引き継ぎと最終作業で残っているがな」

「仕事ですからねえ」

「そう、みんなそういう事なんだ」


アイゼンハウワー師団長は、怒りと悲しみの灯った眼をして言った。


「あのリッチモンドもいまや無人街か」


すっかりと寂しくなった道路は憲兵と交通誘導隊の姿しか見受けられなかった。

スタンレイは説明書類を受け取って、司令部バンカーを出た。

リッチモンドの路面電車は満載の兵員と弾薬類を輸送している。

郵便兵のサイドカーに便乗して戦闘団司令部に帰り、地図を見ながら各指揮官を集める。


「と、言うわけで時間稼ぎをするわけだ。」

「時間稼ぎにこの前放棄した高地にちょっかい掛けるのかぁ・・・」


歩兵将校の中から声がした。


「黙って聞け。

 祖国防衛の軍役とは祖国の領土が存在している時間を軍人の血で1秒でも広く長く維持する事だぞ。」


スタンレイは子供を諭す様な口調で言い、部下たちの顔は一気に本気になった。

わかってはいる事だが、たまにはこうやって再確認するべきである。

リッチモンド外縁部の高地奪還を目的とする攻勢は概ね州防衛軍の2個歩兵大隊が側面掩護しつつスタンレイ戦闘団を中心としている。

合衆国軍を排除したら装甲戦力である程度打撃を与えて逃げる、そういう腹づもりである。


だが、スタンレイは他人にどう見られているかという認識で毎度毎度碌でもない目にあっていた。

恐らく全員の見る目が狂っているとスタンレイは考えていたが、敵として見る彼はそれを言われる謂れがありすぎた。

彼は合衆国軍の作戦に事あるごとにケチをつけてきたのである。

合衆国軍陣地に彼の部隊が攻撃を仕掛けた時、彼は《攻勢開始。予定通り。》とモールス信号を発した。

だが電鍵を叩く通信兵は、キーを叩くのに声の声紋指の指紋と同様の個人差がある為特定されやすい。

豪雪中の通信解読である程度部隊と通信の特定をしていた合衆国軍は、スタンレイに再三のツケを払わせるべく、復讐を兼ねた作戦をする事にした。


 
























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