結んで、開いて。

進め、兵士諸君!

大統領は将軍をつくることができるが、勇敢な兵士をつくることができるのは神だけだ!

-ロバート・トゥームズ-


幾つかの解読と偵察情報を以てスタンレイ戦闘団が動くのを察知した合衆国軍は、期待と不安を半々にしていた。

合衆国軍の司令部の人間は楽観主義者が「厄介な連中が野戦をわざわざしてくれる!」と考え、悲観主義者は「まいったな、市街戦前の準備を滅茶苦茶にされるかも」と考えているのである。

その点で言うと連合国総司令部は割りのいい投資をしたとも言えた。

合衆国軍の司令部は即座に首都突入用割り当ての部隊と弾薬類を一部回す事にしていたのだ。

この時点でスタンレイはある意味、首都防衛の責務を果たしていた。


そして、彼は攻撃を開始した。


爆発音と銃撃戦の銃声がさほどもない丘陵から轟く。

リッチモンドの近郊の118高地及び131高地と呼ばれる二つの丘陵地への攻勢だった。

内容は特段珍しいものでもない、砲撃で叩いて戦車が進み装甲車が続く。

合衆国軍はある程度の抵抗をしつつゆっくりと後退に移り、警戒陣地は即座に捨てられた。


「脆過ぎる・・・」


スタンレイは双眼鏡で確認しながら、自身の指揮車から呟く。

変だ、敵軍は包囲線の兵力に余裕がないのか?

いや、ありえ無い、どう考えてもすぐに立て直せれるはずだ。

彼の戦闘団は先遣中隊を戦闘にさほども苦戦する事なく、前進していた。

敵の指揮官が無能でも、士気が崩壊しているわけでもなかった。

遺棄死体も捕虜も乏しい、士気が崩壊している敵なら多いはずのものが少ない。

計画的に後退している。


「嫌な、予感がします」

「だが辞めるとも言えんしなぁ」


スタンレイは副官の意見具申について、どうしたものか考えた。

彼の指揮権で出来る事と言えば、両翼の州防衛軍大隊との連絡を密にすると言うこと、そして今のうちに予備弾薬を前に送っておく事であった。

恐らく忙しくなったら、それは出来なくなる。

スタンレイは兵士の勇気や士気の高さは今も高く維持されていると理解しているが、合衆国のそれも高いと理解していた。

なによりも、彼は人間の心の意志を鉄量と火薬で粉砕するのが手っ取り早いと信じている。


「支援射撃第三波、だんちゃーく、今!」


高地に野戦砲の砲弾が弾着するのを見ながら、彼は仕事に取り組んでいた。


1941年1月15日、北海道北部


【米軍来寇の脅威!元寇再び】の文字が紙面を踊っている新聞紙を広げて、かつてスタンレイの所で働いていた青年は身震いした。

来るのが少し遅かったらきっと戦死してたに違いあるまい、青年は自身が生き残れると全く考えない悲観主義的現実認識をしている。

青年の読んでいる新聞紙は英字新聞で、どうしてこの北日本にこんなものが有るかと言うと、ユダヤ人居住地が最近出来たのである。

クソ寒いが、行政単位での独立性も許していた。

理由は簡単であった、仮に北海道の一部に独立国家を作ったとして、ユダヤ人国家をダシに介入する国家がいるだろうか?

答えはNoだ、聖書の時代からの嫌われ者を誰が助ける。


「おい、新聞読んでないで移動を手伝えよお前も」


白衣を着た研究所の助手が呆れて言った。

青年はキョトンとして尋ねた。


「なんだよ移動って」

「お前聞いてないのか」

「あぁ」

「新内閣が出来るって話でな、俺たちの仕事の管轄が大本営直轄になっちまった。

 研究所も新設するんだよ」

「なんだって?引越し?聞いてないぞオイ、今度は何処だよ、島か?」


青年は唖然とした、荷物開ける暇がないぞ!

研究助手が辺りを見回し、青年に耳打ちする。


「ナガノって地域のマツシロってところだ、寒くはないぞ」

「そりゃ結構」


青年がそれを聞いて満足げに笑みを浮かべた。

いつかイェルサレムが地上に復活するその日まではそこでゆっくり過ごそうじゃないの。

大丈夫だ、日本人はユダヤ人とロシア人とアメリカ人とドイツ人とイギリス人の違いを理解しない、等しく外人である、それなら上等、やりようはある。

彼の些か楽観論の世界はともかく、現実的に見てこの時日本の秘密兵器は大きく動いていた。

2号研究とF号研究、つまり陸軍と海軍の兵器開発は統合すると決定されたのである。

ウィリアム・フォープス・センビル卿のSIS情報リークを基にした見解は、それが実現可能だと言う事を意味していた。

たしかに必要とする予算は高い、しかし価値も高い。

もっとも、この頃は「たかが一発の爆弾が都市を破壊出来るなど流石に盛っている」と誰もが思っていたのだが。


1941年1月17日午後17時、スタンレイ戦闘団


「・・・我々は何しに来たのだろうなあ」


スタンレイは良く統制された火力の制圧下の塹壕でつぶやいた。


「奇襲しに来たわけですね」


アイカが自身のエンフィールド・リボルバー拳銃を装填しながら言う。


「そして今我々は何されてるかと言えば」

「・・・奇襲されてますね」

「その通りだよ畜生」


合衆国軍の動きは正確かつ緻密であった。

一個機甲大隊と機械化歩兵二個大隊を中心とする合衆国機械化部隊は戦線左翼の州防衛軍大隊を一撃で瓦解させ、スタンレイ戦闘団は孤立状態に追い込んで来たのである。

辛うじて戦線右翼の州防衛軍大隊は退路を確保しているかのようであったが、スタンレイは生き餌であると確信していた。

陣地に死守の構えを見せる機械化部隊より後退しようとする部隊と対装甲能力脆弱な州防衛軍大隊を叩く方が楽に決まっている。

スタンレイの思考はある意味怠け者の思考であったため、真実を見つけていた。


「砲撃が止みました」

「・・・戦闘ォ配置ィッ!無闇に撃つな!距離600まで射撃禁ず!」


合衆国軍の攻勢が始まった。

銃剣をつけたM1ガーランド半自動小銃やグリースガンを装備した合衆国軍の歩兵達。

砲弾痕と焦げた木が生々しい陣地にゆっくりと近づいて来る。

後ろからは合衆国軍のM2中戦車を改造した砲戦車とM4中戦車がゆっくり近づいてきていた。

スタンレイ戦闘団の全火器が彼らに向いている。


「まだ撃つな」


合衆国側からの射撃もまだ来ていない。

各小隊指揮官と思わしき将校達が「駆け足ダブルクイック!」と声を上げ、走り始める。


「まだですか」

「まだだ」


合衆国軍の戦列が一気に熱狂を帯び始めた!

彼らは熱狂的に強襲歩へ移行している!

スタンレイは命令した。


「撃ち方始め。撃ち方始め」


一斉に銃砲類が火力を投射する。

各中隊単位の機関銃や迫撃砲から連隊戦闘団の対戦車砲などが火蓋を切り、突撃波をかき消す。

計画的大量殺戮の完成だ。

ものの数分で三百人ほどが永遠にこの世から消え去った。

そして合衆国軍の砲弾は再び飛んできたが、今度は少し異様だった。

一部の火点付近、特に歩兵砲火点類へWP煙幕が展張され出したのだ。

さらに砲戦車の一部が前線に煙幕を展張している。

犠牲上等で強攻する気だな。


「着剣!各員手榴弾投擲自由!」


小慣れた中隊指揮官達の指示が飛ぶ。

よし、よし、いいぞ、お前ら。

気合のこもった兵と指揮官の突撃を破砕するはただ火力のみだ、その点で手榴弾投擲はこの状況と合致する。

最小の労力で勝手に敵に向かっていくからだ。

その日二度目の突撃は再び一度目と同じく、大量の死者を出して失敗した。

だが合衆国軍の熱狂的攻撃の第三波は思いもよらぬところから押し寄せていた。

すなわち煙幕と攻撃で眼を引いた隙に側面から人海戦術で塹壕を掘り進めていたのである。


「手段と道具が多い連中だな!羨ましいよ全く」


誰に言ってるのかよく分からない嫌味を呟きながら、スタンレイも自身の拳銃を装填してスライドをひいた。

ここで死ぬ気なんか絶対にないぞ。


「敵がTOC戦術指揮所に入るぞ!」


誰かの叫び声が聞こえ、スタンレイは何人かの人影がやってくるのに気づいた。

OD色の軍服にM1ヘルメット。

敵だ!

スタンレイは煙幕がほのかに漂っていた事や、敵の視界からやや外れていたことで先手を取れた。

彼の自費購入のFNハイパワーを六発射撃し、ストッピングパワーとは何かを見せつける。

指揮官の拳銃としては欲しいものが全て揃っていたから購入したが、満足いくものであった。

突入してきた合衆国兵を更に二人撃ち倒すが、犠牲覚悟の突入が止まらない。

弾が尽きた為装填するより足元のヤンキーのガーランドを手に取り、近接戦闘になってしまった。


「くそっ!」


事実上の乱闘に押し負け、スタンレイを合衆国兵が突き飛ばす。

蹌踉た彼に銃剣を突き刺そうとする敵兵の頭が、横から撃ち抜かれて倒れた。


「指揮官が銃剣格闘してどうするんですか!」


エンフィールドリボルバーを構えたアイカが驚いた様子で言い、スタンレイは今のうちにとFNハイパワーを装填する。


「全くだ、面目ない」


煙幕で霞んだ視界に一気に赤い光が煌めく。

突入しようとした敵兵に火炎放射器を投入したのだ。

敵の掘り進めていた前進壕に燃えたぎる燃料が流れ込み、前進する合衆国兵が焼かれていく。

三回目の突撃が失敗した瞬間であった。

三度にわたる突撃は約490名の合衆国軍の死傷者と、連合国軍158名の死傷者で終わり、前線への食い込みには成功しつつも圧力をかけるに不足していた。

半包囲に置かれつつあるスタンレイ戦闘団約2300名--航空攻撃および戦闘により約200名減少)--の兵員は、物理的にも心理的に追い込まれつつあった。


1941年1月18日午前2時、スタンレイ戦闘団指揮所


暗い夜の、スタンレイ戦闘団の指揮所には中隊以上の指揮官およそ30名近くが居た。

スタンレイ戦闘団は三個の歩兵大隊が基幹戦力である。

二個の自動車化歩兵大隊と一個機械化歩兵大隊を中心とし、戦車中隊や砲兵を伴っている。


「現在平均して歩兵大隊は各大隊で小隊単位を失っているというのが実情です」

「兵員の士気と戦意は未だ高い水準ですが、今後の状況を考えるとそうは思えません」

「各部隊の燃料弾薬共に問題はありません、規定数としておおよそ四会戦可能」

「戦車は稼働不能が2両出ています、エンジン系に土が入ったからで、整備すれば直ります」

「砲兵も砲身命数及び弾薬類に問題ありません、標定地域も狂っていませんので引き続き戦闘可能」

「衛生中隊の医薬品及び衛生兵も問題ありませんが、直ちに後送するべき負傷兵6名が問題です」


スタンレイは報告を聞いて足を組んで、この先をどうするか考えた。

敵軍の様子を見てみたが、1時間半前に後方の哨戒陣地から「戦車駆動音と思わしき音、複数」が報告されている。

後方へ戦車が進出しようとしていると単純に考えればそうだろう。

しかし敵軍の配置が妙だ、リッチモンドの友軍戦線へ通じる方面へちょっかいをかけていない。

撤退するべきというのが彼の見解だったし、これだけの連中相手に徹底抗戦しろと命ずる上官は幸運なことにスタンレイの上官にいない。

アイゼンハウワーは後退を許可しているから、すぐにでも逃げるべきだ。

だが彼は疑心暗鬼で、疑り深く考えてみた。


「この敵軍の配置を見るに、撤退するのを敵は期待しているのだろう。

 後退中の我が部隊を襲う方が楽だからだ」


何人かの指揮官、特に歩兵将校はハッと笑った。

陣地にこもった歩兵が手間のかかる存在である事は彼らがよく知っている。


「哨戒陣地の報告を聞くに、敵は後退する隊列を横から突入して撃滅するのを期待している。

よって、我々は後退するのが出来ない。

敵は中々私達が嫌いらしい、もしくは極めて私が嫌いらしい。

会った事も無いのにな・・・。」


本音だった。

タチの悪い戦術を相手が取っているので、こうも言いたくなる。

「見破れず動いたら潰せる、見破ったら動けないで潰される」というのが敵の狙いだからだ。

会った事も無い相手にこんなにされる謂れはない。


「と、いうわけでだ。

我々は遠回りして帰るぞ、ついでにこんな根性悪い事をされたので、ビンタをくれてやるつもりだ」


若い指揮官達が笑い声を上げたが、熟練の小隊長や中隊長の一部は疑り深い顔をしている。

調子に乗った指揮官がやらかす失態は大概ろくてもないので、警戒するのが常だ。


「我々の狙うべき点は戦線の後方左翼だ。

機械化歩兵大隊による白刃戦闘での警戒線越境と、戦車の奇襲攻撃を以って待機する敵戦車の段列を吹き飛ばす。

その隙に重装備と戦闘団主力が後退し、"我々"も撤退する。」

「・・・我々、でありますか?」


誰かが声を上げた。

呆れた声でスタンレイは、何をアホな事を言ってるんだという顔をして言う。


「そりゃそうだろう、なりたくてなったんじゃ無いけど私は連合国陸軍の准将なんだよ。」


いつだってそう言う危ない事をするしか無いんだよな、こう言う仕事ってさ。

軍人になるんじゃ無かったなあと思いつつ、スタンレイは「開始は0315時」と述べ、解散させた。

突撃歩兵の指揮官達が、恐ろしい笑みをして指揮所を出て行く。

わたしには絶対なれない仕事だな、スタンレイは良く他人に思う事を思い、そして真実に気づいた。

あ、どのみち軍人になるしか無いわけか!クソッタレ。







































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