作戦計画ダイナモ

メリークリスマス、ミスターローレンス!

-戦場のメリークリスマス-


12月8日に開始された合衆国による対南部戦争と対日戦争であるが、幸先よく暗礁に乗り上げてしまった。

もっとも懸念されていた英国軍による北方からの全面侵攻及び東海岸への揚陸艦隊侵攻が無いのは良かったが、ハワイ近海海戦で日本海軍連合艦隊を撃滅出来なかった。

日本海軍はハワイから兵と市民を救出する事には最低限成功し--半数以上が脱出し損ねた--これが合衆国海軍太平洋艦隊にずっと付き纏う失敗になった。

犠牲上等で出血強要の消耗戦を仕掛ける日本海軍に押された事が、後々までずっと合衆国海軍を精神的に縛り付けたのだ。


合衆国陸軍も陸軍であまり好ましく思えなかった。

豪雪が巻き起こす侵攻の遅滞と曇天による航空攻勢の計画破綻は著しく、奥地への戦略爆撃は数日の間にかなりの犠牲を生んでいた。

彼らの主張ではドゥーエの夢見た爆撃が戦争を決する姿がある筈だが、曇天の中でもイギリスの支援を受けたレーダーサイトにより連合国軍機がフライマンタやらをバカ食いしていた。

更に戦略爆撃による戦意への打撃は反比例する様に南部連合人民を決心させ、穏健主義者や少数派の連合国共産党支持者達--連合国の憲法や理想はある意味共産主義・コーポラティズム・サンディカリズムに近い--ですら独立の聖戦を叫んでいる。

マッカーサーからは「掛けたコスト分かってるのか」とガン詰めされ、パーシングからは「やめちまえバカヤロー」とシンプルに罵られた。

ルメイからも「やり方が甘いんだよバカ」と言われたからには針の筵である、彼らは活動が難しくなった。


陸路も空路もダメということで、海路が提案された。

リッチモンドを目指す手段としては有力な気もされたが、合衆国にはそう言う専門家がいなかった、いや作ってはいたが海兵達はハワイに全力で投入し、全力ですり潰されていた。

日本軍の要塞砲の火力と近接戦闘や陣地戦を食らって海兵師団三つが半壊、7個海兵連隊がほぼ失われた。

結局海上封鎖という穏当な意見が採用される。


対するアメリカ連合国だがこれもこれで幸先が悪い。

第六師団は事実上戦力を失った、第二師団が予備兵力だが正直足りない、他の師団は首都以外を守ってる。

北バージニア師団や州防衛軍部隊も手一杯、テキサス州戦線にも警戒する必要がある。

海軍は艦隊決戦の夢をさっさと捨てた、彼らは現実を良く理解している。

航空戦力も連続する出撃で色々と限界が来て羽根を休めるしか無かった。


全員が予想と違う行き詰まりを感じながら、12月24日を迎えた。



1940年12月24日午前0時15分、リッチモンド前面の戦線


パチパチとベトン製の阻止線陣地の一角で焚き火が音を立てる。

本来なら絶対許さないとお達しが来るだろうこの行為だが、今年は下士官たちも文句を言う気がなかった。

何故なら気温は平年より明らかに下がって、ついには前線が大豪雪状態になったのである。

戦車や火砲が雪で埋まったせいで、南北両軍は作戦行動を延期していた。

それを何を情け無いと考えるのは怠惰で無能な愚者だけである、少しの知性があるならば、銃に弾薬と背嚢を背負って豪雪の中兵士を歩かせる疲労と、兵士達の生活を支える全ての兵站上の苦労を考えれば、中止する道理を理解出来る。

豪雪の冬で無茶をするとどうなるかはロシアの戦争でよく分かるし、細い兵站線で真冬の戦線を支えようとするとどうなるかはフィンランドで明らかになった。


「クソさみぃ」


ラテンアメリカの出の兵卒であるモレトが、分厚い手袋をつけて紅茶を飲みながら呟いた。

20分置きに機関銃が凍結してないか点検をしろと言われ、不安だからそれを従っているが、全くもって最悪の気分であった。

南米の血筋が何故にこのようにクソ寒い環境に居なきゃならんのかとしばしば思ったが、参った事にコレが仕事だ。

合衆国は攻勢を中止し、連合国も反撃に移れなかった。

ただ海では別のようで、日本海軍や連合国海軍が合衆国海軍と海戦を二度は繰り広げたらしい。


「モレト、聞いたか」

「んだよ」


モレトは後ろから紅茶のお代わりを持って来た仲間に、視線を前線から逸らさず尋ねた。


「リッチモンドからの民間人脱出計画が立案されてるらしい」

「そりゃ守りきれんよなあ」

「あぁ、問題はどれだけ通行料を喰らわせてやるかだ・・・」


連合国独立戦争の二世であるモレトの戦友は、眼を細くして達観した様に口にした。

モレトは一瞬、日本人のいつもの"どうせ死ぬなら前のめりバンザイ"かと考えたが、それとは違っていた。

そう言う割り切りから来るモノではなく、勝てない戦争である事を理解し、いつか故郷も歴史書の埃の中からも消える事を理解しているからだった。


「・・・しかし、こんな寒くなるなんて変だよな」

「動員したから多分、再来年あたりには畑がどうなってるか分からんな。

 北の奴らはどうなんだろう?」

「・・・そういやそうだ、どうするんだろうな」


この時、モレト達は合衆国の重大な問題にふとした理由から気づいた。

ダストボウルによる表土流出と土壌喪失による問題や、地下水関連の問題を抱える北米大陸は実のところ土地が貧しい。

行き過ぎた資本主義の農園問題は連合国でも起こったが、第一次大戦や独立戦争による男手の喪失で、連合国は深刻な状況になる前に政府の統制が確立出来た。

無論、それは分権と自治を尊ぶ連合国の憲法の精神を逆行している行為だが、自助がそんなに上手く行くなら再分配組織としての国家の必要性がある訳無い。

いつだって人間の共同体はそう言う再分配と配分の組織である。


「多分コレが最後じゃないんだろうな」

「俺たちがコレで滅亡しない限りな」


この戦いは最後の最後まで続くのだろう。


12月24日午前9時40分、リッチモンド地下バンカー


連合国首都地下バンカースタークロス・ネストはリッチモンド連合国議事堂から900m離れた公園の地下から広がっていた。

リッチモンドは北部との戦線付近に位置するので、地下鉄網はシェルターを兼ねており、いくつもの地下バンカーが通路で絡み合っていた。

そして、ほとんどの通路には厳重な鉄製の隔壁があった。

特筆すべきは換気システムであった、コレは市外から外気を取り入れる長大な地下構造で、化学兵器の使用も想定されていた。


「第502戦闘団団長、スタンレイ。出頭しました」


そんなこのバンカーの司令部に呼び出されたスタンレイは、パットンやアイゼンハウワーのお歴々を見て、現実を酷く憎んだ。

絶対いい話じゃないに決まっている!

その予想はある意味正しいモノであった。


「よく来てくれた、スタンレイくん。

 敵も動けん今のうちに、状況を整理しようか。」


丁寧で高貴ある発音とともに、パットンが口を開いた。

このアル中戦争狂いがこう言う時は大概やばい。

長方形の机に広がる戦線地図と駒たち、防空情報が映し出される壁面の地図がこの場にある最新の情報だ。

防空情報の豆電球は現在何処も灯っていない、この天候では爆撃も効果が薄いし危険も大きいから当然である。


「さて、これがリッチモンドの戦線図だ」


パットンは二度机を指し示した。

地図では駒がいくつか並んでいるが、全体的に1.5から3倍の戦力差が各戦線に存在している。

当然、合衆国も連合国首都を狙って戦力を集中させている。

基本的に陸軍兵力は此方は概ね4個師団いるのに合衆国は周辺部隊を含めると8から10個近い。

支援部隊も含めて考えれば4倍差と判断して良いだろう。

その4倍の兵力が地図上でリッチモンド近隣に展開していた。


「この豪雪は敵の進軍の足を止めたが、市民の脱出の足も止めてしまった。

 航空輸送は論外で、まして陸路脱出は"氷上の行軍"を市民に強いれば何が起こるかはいうまでも無い」


パットンはロシア内戦に起こった前例を知っていた。

赤軍と白軍の勃興期、内戦初期に白軍側の兵と市民が冬のロシアを徒歩による逃避行を行った惨劇を。

スタンレイは淡々と「海路も難しいでしょう」と述べた。


「そうだ、前年ながら海軍戦力でも我々は劣勢だ、良くやってはいるんだがな・・・」


パットンは頭を掻きながら呟く。

最も、彼からすればリッチモンドに戦艦の艦砲が撃たれて無いだけ良いとも思っている。

上陸作戦なんかされたら溜まったもんじゃない、予備兵力なんか何処にある。


「だがその問題を、どうやら海軍には解決出来る案があるそうだ」

「はぁ」


スタンレイにとってはかなり他人事というか、専門外なので、よく分からないので空返事した。


「と言うわけで、だ!君の部隊はしっかり足を踏ん張って防衛線を維持する様に!」

「了解しました。弾薬と医療品、特に重砲火力の支援が有れば少なくとも冬季は遅滞戦術で維持します」

「うむ!その頃には既に市民の脱出も行政機能の疎開も終わる」

「あとは、泥沼の市街戦です」


そして、多分その市街戦に我々は勝てない。

リッチモンドを永遠に失うだろうな。

無言の会話がそこにはあった、辛い現実と未来予想であり、連合国では性悪説が普遍的に考えられるのだ。


同日、午前11時連合国ニューオーリンズ軍港


連合国総司令部はリッチモンド市民の脱出を海路以外無いと判断していた。

船舶による大量の輸送なら短期間かつ効率良くそれが可能である。

しかしアナコンダ2作戦により合衆国海軍の海上封鎖戦隊が近海に展開し始めていた。

戦艦もコロラド改級が一隻、それに重巡を基幹とする砲打撃水上部隊。

これをどうするか。


「此方も再び戦艦を突入させましょう」


ウィリス・A・リー海軍少将は端的に斬り込んだ。

彼は射撃競技などに於いて優秀な成績を有する筋金入りの"大砲屋"である。

しかし彼の提案は大胆に過ぎていた、連合国海軍の保有する戦艦は合衆国に比して劣勢であり、予備戦力で常に負けている。

そのため連合国海軍は出来うる限り決戦を避けたいと言う意向が根強く、現存艦隊を採用しつつあった。

最近拡大してきた空母運用もその一例だ、空母なら嫌がらせ行為が安全である。


「リー少将・・・無茶を言うな」


キンメル提督は深く静かに、諭す様に言った。

だがリー少将は机を叩いて、大声で怒鳴り、叫んだ。


「敵の戦力差は元から数倍ですよ!投入出来る超弩級戦艦がたかだか4杯なのは分かってます!

 ですがほかに市民を救う手段が何処にあるんです、ありはしませんよ!」


結局のところ、誰もこれ以外回答案が出せなかった。

潜水艦による襲撃も提案されたものの、打撃を与えた後が問題視された事と脱出時の護衛に不適格なのでこれは却下された。

代わりに別の戦域での破壊活動や積極的阻止作戦を行い、敵の眼を散らせる事に切り替えることとなる。


「しかし・・・誰が行くんだ?」


海軍幕僚達の中から出た問いに、リー少将は自信ありげな笑みで答えた。


「任務の重要性を理解し大砲に小慣れた都合の良い少将の仕事です」


当然ではないか、これは提案者である私の特権だぞ。

かくして、連合国海軍は現在主砲塔を即応で直して戦線に--極めて強引に--復帰した<インディペンデンス>を中心に、マイアミ軍港の戦力を即興任務部隊とする戦隊を編成され、突入作戦<ダイナモ>は開始され始めた。


合衆国海軍"封鎖艦隊"。

戦艦1

重巡3

軽巡5

駆逐艦22


連合国海軍"脱出艦隊"。

戦艦1

巡洋艦2

駆逐艦15


1940年12月24日午後19時、リッチモンド前哨線


豪雪により雪まみれになったスタンレイは外套を脱いで、指揮壕のストーブの近くに干した。

副官のアイカはストーブの上にココアの入った薬缶を置いている。

北アメリカというやつはとんでもなく寒い、そもそもこの大陸は数億人も養えないのだ。

すると、微かに何かが聞こえてきた。


「ん?」

「砲声でもウォークライでもありませんね」


それは何かすぐ分かった。

きよしこの夜、讃美歌だ。


「クリスマスですね、そういえば」

「前線の連中か?元気な奴らだ」


スタンレイは叱るか少し迷ったが、良いかと考えた。

しかし、アイカは少し耳を澄ませて、首を傾げた。


「おかしいですね、無人地帯から聞こえますよ」

「・・・北の連中も歌ってるのか?」

「恐らく」


スタンレイが無言でコーヒーのコップを手に取り、拗ねたように言った。


「俺は知らん、知らん、もう知らん」

「拗ねないでください戦闘団長」


アイカが目を丸くしてそう言うと同時に、指揮壕に伝令が走ってきた。


「メリークリスマス戦闘団長!クリスマスプレゼントです」

「無人地帯偵察の任務を贈るぞお前、なんだ」

「はい、師団司令部から気象情報です。」


スタンレイは受け取ってすぐに確認した。

気象情報は軍事上の重要要素である、この豪雪が終わる時期を知るべきだ。

それは思ったよりも案外早かった、12月26日頃。

凍結するのには数日も掛からない、だとすれば新年ごろか。

スタンレイの脳裏にある種の未来予測が浮かんだ、概ね抵抗線25キロを食い破る攻勢を考慮すると二週間から三週間もあればいい。


「参ったな、1941年が南部連合最期の年になってもおかしくないぞ・・・」


テキサス州方面軍が回せればなあ。

あまりの贅沢な事が脳裏によぎった、テキサス方面軍は志願兵が6割を超える常備軍部隊である。

装備も指揮も訓練もやる気も十分だ、そんな彼らが首都から遠くにいるのは簡単、油田である。

連合国の資金源である其処を失ったら経済的に立ち行かない。

しかしそれ故に連合国は兵力の集中を選択できないのだ。



春までは保つだろうが、夏頃にはどうなるんだ・・・。




アメリカ連合国は、常に死神の足音と影が彷徨く国であった。



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