真冬の開演

戦争を始めたのはリンカーンだ。

南北戦争において、最初に攻撃を仕掛けたのは確かにわれわれ南部連合だった。

しかし本当の侵略者とは、単に最初に武力を用いた者ではなく、そうせねばならぬように仕向けた者のことを指す。

-アレクサンダー・スティーブンス-


1940年12月11日午前9時2分、シャーロッツビル


作戦域に到達したスタンレイの部隊を待っていたのは歓迎の花輪では無かった。

P-40E戦闘機四機とA-20G三機による航空攻撃が現地の州防衛軍指揮官との挨拶直前にやってきたのだ。

赤煉瓦の落ち着いた雰囲気の市街地郊外--シャーロッツビル中心街は疎開者達の列が出来ていた--はたちまちに戦闘に襲われる。


「おいアレは敵機か」

「こっちに爆撃コースで来るなら敵に決まってるでしょう!」


アイカが即座に道路横の側溝へ指揮車を飛び出しながら叫ぶ。

下士官と士官が「対空戦闘!」と叫び、車両から兵員が側溝や物陰に走る。

ボーレガード戦車に2連対空20mmを付けたハンプトン対空戦車が、慌てて対空射撃を開始する。

BABAMと大きな破裂音を連続で轟かせて、緑色の曳光弾はいくつも火線を展開していく。

慌てていたのと隊列への突入機動が斜めからの突入であった事から、双方の攻撃は外れた。


「うひゃあ!」


州防衛軍の大隊長が外れた爆弾の爆発に驚く中、側溝から耳に当てていた手を外して何食わぬ顔をしながらスタンレイが出る。

爆発音を慣れさせる演習は前々からさせていたのもあり、兵士たちはパニックになるのを抑え込んでいた。

危害範囲やそれが実は防げやすい事を分かってはいる兵士たちは、思ったより恐いが、何とかなるかもと言う感想を抱きつつ様子を確認する。

敵機は機銃掃射をしなかった、この頃の合衆国軍のパイロットはルメイ率いる戦略爆撃機の乗員はともかく、地上攻撃任務で"過度な危険性"を要する仕事を好まなかった。

それに、合衆国軍の攻撃機のパイロットが民間人を巻き込みかねない機銃掃射や爆撃などはヤンキー精神に反すると嫌がったのも大きかった。

開戦時の橋梁爆撃に際して民間人を確認し、ミッションを中止したパイロットも出たが、抗命権や名誉ある兵士と言う意見に圧倒された為、軍上層部は軍事法廷に於いて左遷するしか無くなる事件すら起こった。

少なくとも、この時期の航空兵とは誇りを持って身命を賭して正義ある戦いをする者達だと言う幻想が生きていたのだ。


「それで、状況は」


伏せながら辺りを見回しつつ、その大隊長は地図を取り出しながら側溝に飛び込んだ。

鉛筆で今わかってる状況を書き記し、彼は「一回の偵察と2回の威力偵察はすぐに弾かれた」と話した。

火砲が既に持ち込まれているという話はなかった、音も軽いと言うので、軽野戦砲を車両に乗せたか快速戦車だろうと考え、敵指揮官にある種の共感を感じた。

理論的で妥当、自分でも分かる思考をしている。


なら、読める。


「よし、502戦闘団は0950時を以って包囲線を開けるべく攻勢に出るぞ。」


いくら何でも早くないか?予備役上がりの州防衛軍大隊長は少し戸惑った。

しかし、「自分が関わらないで済むなら良かった良かった」と考え、シャーロッツビルの外郭線の防衛をどうするか悩む事にした。

昨日の夜から降り積もった雪のせいで地雷が埋没して困っているのだ。


同日、9時50分


第502戦闘団は規模としては連隊規模戦闘団である。

そのため編成は本部中隊、機械化歩兵大隊二つ、自動車化捜索中隊、戦車大隊を前線兵力として有している。

今回は上級部隊から野戦砲と重戦車が支援に来ている、間違いなく機械化率などの点で最強に近い。

偵察情報からそれを掴んだ合衆国包囲部隊は、意外な手に出た。


「・・・あまりに抵抗がないぞ」


スタンレイは捜索中隊の偵察オートバイ小隊の報告が事実だと言う事に首を傾げた。

そして、空から聞こえる轟音に全てを察した。

陸戦で解決するのが難しいならどうするか、両軍が制空戦闘でグロッキー状態な間を突いて低空侵攻して攻撃するべし。

空陸一体の攻撃は、現代軍となった合衆国の戦術的思想的近代化の典型例だった。

随伴対空戦車や高射砲隊員は各自の判断で対空射撃を継続しているが、突然現れたP-38とP-40は合衆国陸軍航空隊の敢闘精神を見せつけんばかりに攻撃し、一撃離脱で離れていく。

ソ連軍のシュトルモビークが行う回転木馬攻撃とは違うこの攻撃は、邀撃機を警戒する合衆国軍の地上攻撃で、その利点は早速活かされた。

駆けつけたハリケーンが何機かを襲うが、速度を殺さない地上攻撃ゆえに即座に雲間に隠れて逃げ切る。


「何両喰われた!」


アイカに尋ね、辺りを確認しつつアイカは答えた。


「恐らくですが装甲車6から10近くと、ボーレガードが4ないし6です。

 それにトラックは15近くは動かないと思います!」

「クソ!阻止攻撃も巧みになったな・・・」


スタンレイは即座に前進再開を命じる。

車両がやられた歩兵が戦車に分乗して前進を開始する。

死傷者は数回の反復攻撃で300近くだった、警戒中とはいえ行軍中を撃たれると地上部隊は容易く損害を生む。

戦う前から損害が積み重なっているが、それでも兵士たちの眼にはやる気が灯っていた。

連合国の若い兵士からすれば正義ある戦争だからだ、祖国防衛の正義は誰にも否定出来ないし、愛国心という単語は総力戦と合わさるとブラックホールの様に人を惹きつける。

大戦後急速に共産主義運動が軽率に反戦運動と便乗し、破綻した原因もこれであった。

誰しもニヒリズムでナルシズムな知識人より、「私は祖国の危機に銃を取った!」と言う方が、絶対気持ちが良いに決まっているからだ。

「祖国の危機に馳せ参じた!」と言う人を褒める方が、ずっとウケも良い。

航空攻撃が終わり、指揮車両の無線兵がスタンレイに向かって叫んだ。


「ヤンキーが急にお喋りになった!」

「防御円陣!重戦車は前へ!」


それと同時に、道路を睨める小さな丘の林から幾つか発光が煌めく。

少し重い射撃音、おそらく50mm対戦車砲。

ストーンウォール重戦車がハンニバルの象兵が如く前進を開始し、随伴の歩兵が装甲車とともに前進する。

M3リーを延翼機動のために迂回させる様命じさせながら、地図の等高線を確認する。

火点を置けそうなところはある程度絞れたが、分かってる既存の火点に砲兵を要請した。


「予め吹き飛ばしませんか」

「阿呆か!」


アイカの進言にスタンレイは呆れながら返す。


「避難完了か分からない市街地近隣にやたらめったら砲弾を降らせれるか」


結局のところそう言う話なんだ、馬鹿馬鹿しいけどコレが国軍だ。

軍隊がこう言う建前を無視するのは明らかに末期だ。

それに、スポンサー納税者には優しくするのが世の道理である。

包囲環を崩すべく、抵抗陣地に攻撃を開始した502戦闘団は、初陣を開始したのである。


包囲環合衆国陣地


連合国新型戦車を含む優勢なる敵機械化連隊の逆襲は合衆国軍にとって、中々難しい状況と事態を認識させた。

敵が機動予備戦力を有する上に、それを即断してくるという事実は野戦指揮官達には非常に困るのである。

航空攻撃だけで地上戦力を削り殺せるかは不確かな上に、対空攻撃で摩耗する危険もある為、陸軍の仕事になる訳だがコレは困る。

包囲の前衛はオートバイやトラックなどによる装輪車両部隊、軽装部隊であって軽歩兵ライトライフルメン機械化歩兵メックライフルメンは辛い。

特に響くは重車両を伴った火力の差である。


「さてコレは難しい仕事だな」


合衆国第一歩兵師団の増強大隊戦闘団団長、グラハム少佐は悩ましそうに地図を眺めた。

偵察が集めた資料を書き込んだ地図には、推定して3個中隊規模の敵前衛との交戦を示している。

装甲車や戦車も確認されているし、重砲らしい撹乱射撃が国道に来ている。

敵はある程度進撃を想定していたか?と考えたくなった、コレは事実だと確信出来たが、速度については疑問がある。

ある程度既存の計画を前倒しで適用したのか?


「増強部隊はまだ来れないんだな?」

「はい、到着予定は午後1500あたりだと」


それでも早いんだが、遅いと感じてしまう。

グラハム少佐は手持ちでまともに対抗出来そうな戦力であるシャーマンをどう使うか?という問題に直面した。

今ここにいるのは彼の指揮戦車含めて6両、敵は恐らく18から20両近く--報告が重複している、実数は14両--だろう。

彼我兵力は悲しくなるな!


ふと頭の中に、前に動物園で見たアリクイの話を思い出した。

アリクイは両腕を伸ばして自分を大きく見せ、威嚇してハッタリをかます。

このまま狩られるよりはハッタリをかましてみるか!

さて、やる事は決まったんだ。

あとは騎兵と同じである、この鉄騎兵は胸甲より厚いのだが、やるのは驃騎兵の仕事である。

我々も色々と苦労するよ。

多分敵も苦労してるんだろうなあ。


グラハム少佐がそんな少しの息抜きのような事を考え終えると、部下に命じた。


「私の指揮戦車フラッグを用意しろ、私の戦車隊と2個小隊出よう。」

「あなた指揮官でしょうに」


呆れた顔をする部下にチャーミングな笑みで黙らせて、彼は装甲戦力を連れていく。


「戦闘団長はどこだ」

「行っちゃいました」

「行っちゃいましたじゃないよ止めろよバカ」


下士官に将校が問い詰める光景だけ、指揮所に残された。


12月11日午前11時6分、502戦闘団


敵機甲兵力がいる、しかも連中結構いる。

コレはまずいぞ。

スタンレイはどうしたものかと損害と睨み合っていた。

敵の戦車部隊によって前衛の歩兵2個中隊が打撃を受け、一個中隊は前進出来なくなった。

トラックや装甲車が戦車に勝てる訳もなし、仕方がないのだが後退した部隊からは「あちこちからハルダウンで待ち伏せを食らった」と来ている。

斥候を探っているが敵さんも陣地変換してるのか痕跡を見つけづらいし、何処から逆襲して来るかが問題だ。


「参ったね、敵さん相当数戦車を前衛に突入させてきたらしい」

「いくら何でも早くないですか?空飛んでる訳でも無いのに」


スタンレイも引っかかっている疑問点をアイカもあげた。

戦車とは実の所自走をあまりさせたく無い兵器である。

走ってるとエンスト・故障・巻き込みで色々とトラブルを起こすこいつらは、行軍途中でそこそこ摩耗する。

とはいえ専用のトレーラーなんか運用も出来ないし、そんなもん無いし、作れる技術など無い。

それ故に最前線の戦車は早々数を用意しづらいものである。

まして攻勢途中である。

戦闘で摩耗したりするだろうし、予想外のことが起こるだろう。


「・・・会敵地点に近い腕の良い斥候はいるか?」

「キャバルリースカウトの第三分隊辺りが適役ですが、何か?」

「敵の機動痕や足跡を調べさせてくれ」


アイカがやや眉を顰めた。


「危険ですよ、敵性部隊の危険があります」

「居るなら即座に撤退して良い、調べるよう命じろ」

「了解」


これは、多分、楽観視ではないとしたら。

スタンレイの考えを裏付ける証拠は、すぐに上がった。

キャバルリースカウトから「理屈にあいません、規模は混成中隊程度です」の言葉が上がったのだ。

それを聞いたスタンレイは憤慨した。


「一時間無駄にしたな、直ちに進撃を再開する!」

「ですが敵の反撃があり得ますが」

「反撃戦力があるならとっくの昔にしていただろう」


スタンレイは苦虫を噛み潰したように呟いた。

敵の様子見という可能性は考えなかった、それなら手っ取り早く戦車を突入させて、適当に捕虜を取っただろう。

敵が言ってくれれば確実だろうし、それをすればしっかり分かるのにしない事情。

つまり、それが出来ない。


「包囲下の連中に、包囲突破機動を要請。

 今のうちに逃げるしか無いぞ」

「了解」


12月11日午前11時50分、合衆国軍陣地


グラハム少佐は楽しげに笑って、そしてすぐに真顔に戻った。


「撤収するぞ!」

「よろしいんですか」

「お客様が店員の少なさに勘づいた、もう芝居が効かないからな」

「にしては逃す魚が大きくありませんか?」

「我々が釣り餌に食いついてどうするんだお前」


このままじゃ我々が逆包囲だ、勘づかれるのがやっぱ早かったなあ。

もう少しいい装備が欲しいよ。

グラハム少佐はそう思いながら、シャーロッツビルに後退して再編を命じた。

都市に篭って進撃する味方の足場を確保する、元の仕事に立ち返ったのである。


「敵が包囲を仕掛けてきたら?」

「その時は我々の増援でまた包囲するんだ、それが一番して欲しい行動だね。

 追加の演目やアンコールを呼んでくれるのが一番だろう」

「じゃあされて欲しく無いのは」

「お客様が帰っちゃう事」


出来ればしてほしく無いけど、それをするんだろうなあとグラハム少佐は確信していた。

そして、その確信通りだった。

スタンレイは言われたことが終わったので欲をかくつもり何ぞ、はなから無かったのである。

そして、アイゼンハウワーやパットンといった上級司令部もそれを消極主義と罵るつもりもなかった。

連れ帰ってこいと命令を出したのであって、現地で喧嘩に混じってこいなどと言っていない。


六千名の将兵は包囲突破戦闘を成功、後退に成功したのである。

しかし包囲下に置かれ、速やかな脱出のために重装備は爆破されて放棄となり、この旅団は装備を補充しなくてはならなくなった。

さらに、開戦数日の激闘は合衆国軍の猛攻が激しく全戦線で連合国軍は遅滞戦術と撤退戦しか手段が無く、戦闘は段々とリッチモンド前面に迫るのであった。



同じ頃の太平洋では12月16日、ハワイ要塞の残存日本軍が戦闘能力を喪失し陥落する事となった。

組織的抵抗が不可能となった日本の戦線は、以後大宮島から水無月島にかけての太平洋の大海原を舞台とする事となるのである。






















スイス連邦政府秘密書類

分類:機密報告書

報告事由:今後の気象に関しての項目

報告者:気象学会


各地の記録によりますとこの地球はかなり急速に間氷期を終わらせていく可能性があります。

各国学会の資料を参照しましたが、戦争によって取り扱ってくれないという意見も多く、精度も不確かですが、今後10年間はほぼ確実に厳しい厳冬を迎えるでしょう。

直ちに政府に食糧及び燃料の確保を要求する様、進言するべきだと具申いたします。

さもなくば、我が国も戦争に参加する必要が出てきます。

同盟国でも無いのに石油を売るとは思えません。






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