第17話あったかもしれないあの娘との恋愛

あのとき、あの日、あの時期——にもう少し勇気を振り絞っていれば、現在いまのような暮らしは避けられたように思う。


何故、こんな落ちぶれた暮らしを送っているんだろう……


ジメジメした湿気が室内を満たしているように感じる。

六月の梅雨でもないというのにだ。


一糸纏わぬ姿——裸体を恥ずかしげもなく晒した女性が私の背中に両腕を回し抱いている。

熱を帯びた相手の吐息に混じって耳の奥を刺激する喘ぎが室内に響いている。

彼女との行為に何も意味を見出しておらず、汗ばむ身体は実家の庭に咲いていた萎れたあの花のように儚げに項垂れている。


セフレ、という関係性の彼女に、恋愛感情を抱けずにずるずるとこんな日々に身を置いている。


私の恋愛は、叶うことなく何処かに置き去りのままだ。


中学生のある時期、ある塾に通っていた。その塾に私が恋心を抱いた女子が通い始めた。その女子は他校の生徒で、同じ中学校に通う男子がその女子と親しげに会話をしていた。私が恋心を抱いた彼女と同じ中学校に通う女子と同じ部活をやっているらしくその娘との縁で、親しげにしている男子が羨ましく、妬ましくもあった。

私が恋心を抱いた彼女の友人である女子と私と同じ中学校に通う男子が授業を受けている教室を抜けたのを見計らって、彼女に声を掛けた。

「あの、さっき話してたバンドって○○○ですよね——」

「そうだよ。水戸さんも知ってるの?あんま周りに好きだって子が居なくてさ——」

「——」

彼女は気さくに返答してくれた。

彼女の声だけが、弾んでいて、周囲の他人が発した声は雑音としか認識されなかった。

中学校の半袖のシャツにハーフパンツ姿の彼女でも十分に可愛く魅力的だった。

彼女の肌に触れたい、彼女の身体を抱きたいと邪な想いを抱いたのは彼女が初めてのことだった。


彼女との関係は——関係と呼べるほどに親しくはなれず、進展せずに消滅した。

彼女に告白できて、もし告白を了承してもらえていたら好きでもない女性を抱かずにいられたのだ。

彼女に告白して、彼女に拒絶されたとしても今の暮らしを甘んじることは無かったように思う。


好きだった彼女を、今も好きでいる彼女を——諦めきれずにいる。


諦めきれない彼女を——あの娘の名前が思い出せない。

あの娘の名前だけが、何故か抜け落ちている。


彼女を調べようにも調べられない。


私の身体を抱いている醜く見窄らしい彼女の恍惚とした顔が嫌になる。


昔から——。

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詰め込んだ百合たち 闇野ゆかい @kouyann

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