第3話 出征

          出征の報告1

 家に帰り、早速父上と母上に報告に伺った。

「父上!母上!小生は本日を持ちまして慶應義塾並びに私塾東京物理学講習所を修 業いたしました。

 付きましては明後日より、帝国軍兵器開発部へ徴用となり、准尉として出生する事となります。

 長い間大変お世話になりました。

 今後も父上母上の教えを忘れず邁進する所存です。」

 と言って敬礼する。

 何かおかしい? まぁそらおかしいわな、なんせ9歳のクソガキがこんなセリフ吐いてんだからな。

 母上はそりゃもう何を言われたのか判らんと言わんばかりに只でさえ大きな口を一層大きくあんぐりと開けてポカーンとしている。

 父上に関しては来る時が来たかと言わんばかりにリビングのソファーの背後に隠れてガタガタ震えだす始末。

 弟はと言えば何も考えてはおらんようだ。

「父上、何もそのように恐れんで下さい。 小生は父上のお力添えのおかげで今このように一人前になって出征しようとして居るのですから。」

「母上に於いては、神童だ天才だと喜んで下さって居たでは有りませんか、また喜んで見送って下さいませ。

 折角西洋風に改築したばかりのこの屋敷から出る羽目にはなりましょうが、何も今生の別れと言う訳でもありません、其処の帝国軍駐屯地の営内で住み込みで開発に邁進していると言うだけではありませんか。

 もちろん何かの折にはちゃんと帰宅いたします。」

「待ちなさい一太郎!

 母を置いて行っては成りません、後生です、この屋敷から通うと言う方法は無いのですか?」

「すみません、母上はそうした方が良いのでしょうが、父上が何故か小生を恐れて居る様で、お仕事に支障が出るようでは本末転倒になって仕舞います、お家がつぶれては元も子も有りません。

 それに今生の別れと言う訳では有りませんから。」

 母上は泣き崩れる、父上はホッとしたようにソファーへ腰を落とした。

「では、小生は引っ越しの支度をせねばなりませんので、自室へ戻らせて頂きます。」

 引っ越しと言っても大したものがある訳ではない、読み倒してボロボロになった書籍の数々、この辺りは持って行くつもりはない、本は重いのだ。

 衣料品に関しては、下着程度であろう。下着と言っても未だ明治の前半、当然の如く褌が数着ある程度だ。

 軍服に褌は正直、軍の制服のスラックスや戦闘服のズボンでは用を足す時に非常にやり難いので、ブリーフか猿股でも提案して帝国軍内部で流行らせてやろう。

 営内売店の衣料品店にでも作らせるのが良いのでは無かろうか。

 それにしても、慶應義塾と私塾東京物理学講習所を同時に修業の偉業の効果だろうか、いきなり准尉の幹部候補生として営内寮も個室が頂けたのだから。

 さて困ったぞ、何を持って引っ越しをしよう、何も無いぞ・・・

 いやそうでも無い、そうだ、エンジンの設計図面と、帝国軍にアメリカの土地を買わせる計画があった、シリコンバレーの採掘計画書を是非持って行って何かの折に清書して提出しなければいかん、この家に置いて行って処分でもされた日には一からあの文章を考え直すのは骨だ。

 かくして小生の引っ越しは、数点の下着と寝間着、そして書き溜めた設計図等のノートや紙類、そして使い慣れた父上に買って頂いた万年筆とインク瓶、以上で引っ越しの荷造りが終わってしまった。

 さて明日一日暇になったぞ、どうしよう。

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          出征の報告2

 翌日、本気で暇なので慶應義塾へ出向いて見る事にした。

 とっとと卒業してしまう年下の小生を、同窓の中でも大変良くして頂いている方々にご挨拶でもしておこうと考えたのだ。

「やあ益田君、壮健かい?」と聞いて来たのは良くして頂いて居る同窓生達。

「これはこれは丁度良い所に、今日は皆さんにご挨拶に伺ったんです。」

「ほう、ご挨拶とは?どのような?」

「この度小生、帝国軍兵器開発部よりお声が掛かって此方を昨日付で終業となったのです。 で、挨拶も無しでは面目も立たないと言う事で出向いて参った次第です。」

「そうか、おめでとう、修業証書はもう頂いたようですね、では幹部候補の扱い、これからはもっと敬わねばいけませんな、准尉殿。」

「いえ、ここの同窓生の皆さんは我が良き友人、今まで通りでお願いします。 それにどこか遠くへ行ってしまう訳でもありません、度々帰って来ると思いますので良しなに。」

「ははは、ありがとう、君は本当に年齢を感じさせないな、未だ九つと思えないよ、それでは此方こそ宜しく、もしも我々が兵役出征する時は口でも聞いて貰おうかな。」と言って笑い合った。

 そんな所へ、古文を専行する同窓生の女性が現れた、彼女は聡明なだけで無くかなりの美貌の持ち主で、義塾のミスキャンバスと言った所で、ある時小生がガキの癖に生意気だ等と罵られて居る時に声を掛けてその諍いを仲裁された人格者でもある。

 まぁ小生当時既に剣術も一級になっており負ける気は全く無かったのだけども、それでも学内で問題を起こすよりは助かったものである。

「あら、益田君、昨日はどなたか学校に来客があったようだけどどうなさったの?」

「あはは、見て居られたのですか、実は帝国軍の方の目に小生の論文が留まったようで、技術開発に協力して欲しいと引き抜きに来られたのです。」

「あら、素敵じゃない、じゃあ将来は約束されたようなものね、私をお嫁に貰って頂こうかしら?な~んて。」

 とても冗談もお上手な方なのだ、それに小生の倍ほどの年齢の彼女を娶ってしまっては先が思いやられる、かかあ天下間違いなしだし先に老いて行く姿は小生も出来ればあまり見たくない。

 せめて同世代であったら二つ返事であったのだが。

 ミスキャンバスがこんな冗談を言う物だから先に集まっていた男性陣がそりゃあ黙っちゃ居ない。

 あーでも無いこうでも無いと仕舞には誰が告白するかでじゃんけん等を始める始末。

 未だ9歳の小生には、前世の記憶のおかげで助兵衛な感情は有っても盛りの様な性欲迄は無い上に、乳幼児の時の記憶がどうしてもそう言った感情を妨げるのでそれではと一声かけてその場を後にしたのだった。

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 恩師やある程度親しくさせて頂いた同窓生には挨拶を済ませた小生は、大木伯爵様のお屋敷へと足を運んだ。

 色々とお世話になったので、貯めてあった小遣いで、菓子折りを用意してご挨拶に赴いたのだ。

 門番に用向きを伝えると、伯爵様は現在お仕事中との事だった。

 小生の前世の記憶が間違って居なければ現在の大木伯爵は司法卿へのお声が掛かって居り、軍将校との二足の草鞋を両立すべく御多忙なのだろう、司法卿とは所謂法務大臣だ、それは大変お忙しいであろうとの事で、使用人に言伝を頼んで菓子折りを預けて帰宅する事にした。

 いよいよ明日は出征だ、帝国軍よりの迎えが来るまでに支度を整えなければならないので早めに帰宅してしっかり睡眠を取ることにしたのだった。

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          いざ、出征

 朝食後、身支度を整えた小生が荷物を詰めた二つの鞄を両手に携え、今か今かと待ちわびていると、立派な白馬の引く馬車が屋敷の前に停まった。

 やっと小生は自分の成すべき事を成す為に本格的な活動を開始する事になるのだ。

 思えば9年間、前世の記憶を持ち合わせている以上、子供の体に翻弄され自分の思い通りに行かない体験をしたのだなぁと今更ながらにしみじみ思う。

 まぁ前世からそんな事はいくらでも有ったがここ迄思う事が出来ないと言うのも中々体験出来た話では無いのであった。

「それでは、父上、母上、行って参ります。」

「一太郎、くれぐれも体に気を付けるのですよ。」母上は又涙する。

「こうなったら、思いっ切りやってこい、そして行ける所まで行って来い。」 どうも肩の荷が降りたせいか、怯えていたはずの父上が非常に父親らしい言葉を投げかけて来る。

「はい、お任せください、父上の名を汚すような事は致しません、むしろ胸を張って歩けるように邁進して参りますので。」 相変わらず9歳児のセリフとは思えないと自分でうっかり苦笑しそうになる。

「では参りましょう、准尉殿。」馬車を駆って来た曹長が声を掛けて来た。

「ありがとう、では行きましょう。」と言って馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。

「准尉殿、失礼とは思いますが御幾つですか? まだ尋常小学校に通って居そうな年齢に見えるのですが?」

 曹長が話しかけて来る。

「今年、数えで九つ《ここのつ》になります、学問に秀でていた様で慶應義塾と私塾東京物理学講習所に飛び級で入学し、一昨日卒業となりました。

 まぁ、帝国軍に徴用されての卒業なので、時期もこの通り卒業式が出来る訳でもありませんけどね。」

 今は、施行されたばかりのグレゴリオ暦では9月の後半、彼岸が明けたばかりである。

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            着任

 陸軍省に到着すると、門の前から奥の方へと兵隊が整列している。

 歓迎式典でも始めそうな勢いだが小生のような餓鬼一人の為にご苦労な事である。

 この中の何人が小生を本当に快く出迎えて居るのだろう、否、多分殆どが小生に今すぐにでも殴り掛かってやろう位に思って居るに違いない。

 現に敬礼をしながらこちらに顔を向けているのだが、その視線は嫉妬や怒りのような感情に満ちているように見える。

 まぁ、何かの折に因縁でも付けて来るようならば木刀で一刀のうちに捻じ伏せてしまえば良いだろう。

 先手必勝なので常に木刀を持ち歩くことにした。小太刀を持ち歩いても良いのだが峯射ちするにしても確実に骨を折ってしまうような物で打ち据えるのは人的資源を無駄にしてしまいかねないのであまりしたくないからだ。

「良くぞ参った、ようこそ陸軍省へ。」出迎えて下さったのは、陸軍卿である大山おおやま いわお中将閣下だった。

 前世の記憶ではこの人、日本初の軍務大臣な筈・・・多分来年辺りから・・・

 とんでもない御仁の出迎えを受けた小生はむっちゃくちゃド緊張で「こ、これは中将閣下、小生如き小童の出迎えに来て下さるとは至極恐縮で有ります。」思わず上ずってドモってしまった。

「はっはっは、なぁに、大木君の推薦だ、余程の神童なのであろう?臆するでないぞ。」

 流石にこの位天井な御仁は寛大で懐が広いと感じたのだった。

 実の所を言うと兵器開発部と言うのは、本来歴史上存在しておらず、兵器局と言う物がこの陸軍省内に所属するのだがそれも確か前世の記憶が正しければ明治42年頃の設立だ、つまりは小生の書いた黒色火薬のエネルギー量の計測論文と、新兵器開発における仮説論文を見たこの中将閣下が仮施設として設立したらしい、つまりは小生は、遂に歴史を変え始めたのだ。

 陸軍省内部に小会議室が一室宛がわれ、其処には兵器開発部と言う札がこじんまりと掛かって居た。

 まぁ歴史上存在しない筈の施設だ、仕方ない。

 案内までして下さった中将閣下が、一つアドバイスを下さった。

「ああ、益田君、小生と言う一人称は学生と言う意味を含んだ場合が多いのだ、これからは貴官は軍人であるのだから、小官と言い給え、気も引き締まるだろう。」

「は、了解致しました、早速使わせて頂きます。」

「うむ、宜しい、兵器開発部はこれからの機関でな、必要な人材等は儂に報告したまえ、必要なだけ呼び寄せてやろう。」

「それでは早速ですが、こちらの図をご覧下さい。」

「これは?」

「は、これは小官が個人的に設計を試みた長銃と小銃の設計図であります。」

 本当は、小銃の方は自〇隊のライフル、八八式や一〇式以前に使用されていた六四式自動小銃の廃棄された物が流出し、マニア向け雑誌に内部構造が明らかになった物が掲載された事が有り、その構造を丸写しにした上で問題点を小官が改修しただけ、言わば六四式改とも言える代物、長銃の方等はレミントン社製のロングライフルを丸写しにしたようなものだ。

 前世では若い頃にサバゲとかもやって居た事があり、割とマニアな方だったので穴が開く程内部構造を読み耽りほぼ完全に記憶して居たのである。

「此方の小銃についてご説明いたします、現在、各国の軍にて使用されている銃は、シリンダー式ライフルと言う物であると仮定します、所謂此方の長銃を携帯しやすいように短くしたものでありますが、シリンダー内部に発条ばねを内蔵、その反発力によって発火ピンを勢い良く打ち出し、その力で火薬を発火させ、弾を発射すると言う構造です。」

「ふむ、その構造は理解している、で、これは?」

「こちらは、より短くて済む太目の発条でこの小さめなシリンダーにて同等な構造を構築、発条が下がって固定部まで来れば自動でシリンダーが前進するよう、シリンダーの背面にも発条を装着する2重構造を構築しております。」

「しかしそれでは発砲する時に火薬の力でこのシリンダーは後ろに下がってしまうのではないか? 固定されて居ないではないか。」

「ええ、それで良いのです、火薬の力による反動をそのまま肩当を伝い肩で受けるので無く、その反動を利用して薬莢の排出と次弾の装填を可能にしたのです。」

「なんと! 今までそんな発想をした者はおらんな、それが出来ると大変な進歩になるな。」

「はい、過去に例を見ない連射可能の自動小銃です。

 引き金を引き続ける事で連射が可能になります。

 戦国の時代、火縄が戦争に使えるとは誰も思って居なかった、それを織田信長は三段構えにする事で連続で撃つと言う方法を編み出しました。

 今度はそれを銃一丁で出来る訳です。」

「して、どうしたいのだ?」

「ぜひ、現物を試作致したく思って居ります、鋳物では強度に不安が残りますので。

 是非、コレを作って見たいと口に出す様な、そんな前向きな、探求心の強い鉄器職人が必要であります。」

「判った、面白そうでは無いか、しばし待て、軍を上げて探してやる。」

        -解説-

 実は自〇隊の六四式自動小銃は殆どジャミングも起こさず、昭和後期から平成、令和とNATOの公式弾になっている5.56㎜よりも威力がある7.62㎜弾を使用する為、某大国のA〇15より派生したシリーズアサルトライフルよりもよっぽど使えるのだ。

 しかもA〇15はやたら頻繁にジャミングするので有名な屑ライフルであった。 まぁ余り言うと筆者の命が危険に晒されそうなのでこの辺で解説は終わろうと思う。

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 さぁ、益田一太郎、大戦を最小被害で終結、もしくは回避に向けて、始動だ。

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