第7話 ヒロイン

夜が明けて時刻は朝の10時半を回る頃。

コンコンッと滝川さんの病室の扉をノックした。


「おはようございます。素敵な案は思い浮かびましたか?」


少し期待のかけられたその声に応えられるかは分からないが自分なりに選んだ答えを話した。

「楽しい写真を何枚か撮ってアルバムを作ってメッセージカードと一緒に遺すのはいかがですか?」


ほお、と感心した表情を見せて「楽しいことって何するんですか?」と嬉しそうに聞いてきた。


「そこなんですよね。手持ち花火や散歩も考えたのですが体に障ったら大変なので、折り紙で魚や動物を沢山折って病室を明るくする、とか…中々難しいですかね。滝川さんは何かしたいことはありますか?」


滝川さんはにやっと笑って手に持っていた本をぱたりと閉じた。


「世界一周!世界遺産を全部巡ってみたいです!」

子供のように無邪気にキラキラと瞳を輝かせて意気込んでいたが、これはどうにも受け取れない願いだった。どうやら手に持っていた本のタイトルは世界遺産の写真が詰まったものだった。他にも写真が沢山載っている本がベッドの脇に何冊か積まれていた。


「他には…?」

と聞くと、滝川さんはあからさまにどんよりとした面持ちになった。


「死神ならなんでも出来るのかと思ってたのに…。残念です。」

しょげながら眼鏡のレンズを吹き直して、落ち着くと、冗談じみたことを言い出した。


「そうですね、それなら、新しい小説を書きたいです。主人公は自分で楽しく何気ない話をするような和やかな話を。それで、ヒロインの女の子は実在する人をモデルにしてみようかと思ってるのですが、鈴木さん、ヒロインになってみませんか?」

顎に手を置き楽しそうに考えているその姿にはもうさっきまでの落胆の影は見えなかった。最初からこっちが本命だったのだろうか。


「え。私ですか?!」

と驚いていると、バッと扉が開いた。


「その話、私も混ぜてくれませんか?」

そこに居たのはこの前すれ違った一人の女の子だった。ショートカットの髪を花とビーズでできた髪留めが飾っている。相当勇気を出したのだろうか、瞳が潤んでいて頬が少し赤かった。


「えっと、、。僕は滝川 緑っていいます。貴方は?」


「あ、突然すみませんでした。宮瀬 絢(みやせ あや) です。あの、滝川さんにずっと前から一目惚れしてる者です。」

太陽で透けるように輝いている髪の隙間から薄茶色とオレンジの間のような綺麗な瞳は嬉しそうに踊っていた。


「弟がここに4年前から入院していて時折滝川さんのことを見かけていて、ナースさん伝いに色々と教えて貰ったりしていました。すごく綺麗だったのでつい。でもでも、ナースさんから聞いたことは全部他の人には言ってませんから!」


驚きでフリーズしている滝川さんは、はっと我に帰り悲しそうに口を開いた。


「今まで告白をされたことがないのですごく嬉しかったです。でも、僕はもう長くないので、、、。ごめんなさい。」


病気が無ければ答えは違ったのかもしれないと思うと私は心に乾いた風が通り過ぎていくように心臓が傷んだ。私のせいでチャンスを奪われているようで苦しかった。


「いえいえ!謝らないでください。いつか言わないと後悔するとは思っていましたが初対面で言うのも変でしたし。でも、ヒロインはやりたいです。何かしら記憶に残らせてください。」


見かけによらず粘り強い宮瀬さんが面白くて滝川さんは笑っていた。罪滅ぼしにはならないが私もにっこりと目配せをした。


「大人しい方かと思ってたので意外な一面が見れました。ぜひ、ヒロインお願いします。」


やったぁ、と嬉しそうにはしゃぐ宮瀬さんはたった今振られたばかりというのにその影すら見えず、腕を上げて喜ぶ姿は眩しく希望に満ち溢れていた。







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