第6話 写真に映るのは

──────────どうしてこんなにも物足りないのだろうか。


私はもう十分に生きた。旦那にも子供にも恵まれた。それなのにいつも何処か満たされなくて誰かを求めてしまう。このどうしようもない程に枯渇し続ける湖は潤うことがあるのだろうか。


若い頃は色恋に心踊り、好きな人をどうやって惚れさせようかと楽しんだものだ。友達の恋の話を聞いて一緒になってはしゃいだりもした。同じ人を好きになったこともあっただろうか。なんて、昔のことではっきりとは思い出せないのだけれども。


私はピアノを弾くのが得意だった。放課後の夕日が音楽室を暖かく染め上げる中で目を瞑り自由で何にも捕らわれない音色に酔いしれる。自分の指から奏でられたその音色は廊下へ、その廊下の先の階段へと歩いてゆく。そしてその音色を耳にした人達が弾き終わった頃には拍手で迎えてくれる。


私は才能に恵まれた。記憶力も人一倍で授業を一度聞いたら大抵のことは覚えてしまう。運動も得意だった。


だからこそ、少しずつ歳を重ねるごとに退屈になってしまった。そんな私が何よりも大切にしていたものが一つだけある。それは写真だ。時間と空間、人の動きの一瞬を切り取って何年も先に残すことが出来る二度と同じものは撮れない記憶の残り香。何かある度にシャッターを切っていたからアルバムのページを捲る度に泪が零れて止まない。つまらないつまらないと卑下していた私の人生も振り返ってみれば愛されていたのだと、幸せだったのだと教えられる。今更戻って仏頂面の口角を上げてもっと笑っていたら良かっただなんてもう遅いけれど。


「はいチーズ」

自分にレンズを向けて今までで一番の笑顔で一枚。


──────────辿り着いたのは小さな茶色い屋根の一軒家だった。チャイムを押して扉が開くと、そこには晴れやかな微笑みを浮かべた一人のお婆さんが立っていた。お婆さんは右手に持っていたカメラを玄関の棚の上にそっと置いた。


「初めまして。死神の鈴木蛍です。ここへは引き継ぎで来ました。」


「まあ、可愛いお嬢さんだこと。」


「あの、写真、撮らなくていいんですか?」


「えぇ、写真ならもう撮ったわ。」


カメラの中を見ると、白い歯の綺麗なお婆さんが太陽の様な眩しい笑顔で笑っていた。写真の中に映っていた小さな窓の中でも綺麗な満月が笑っていた。


「素敵な写真ですね。」


お婆さんは少し恥ずかしそうに小さな声で

「ただの悪あがきよ。」と言った。


「思い残すことはありませんか?」


「そうねぇ、満足過ぎるくらいな人生だったわ。けれどもしまた生まれ変われるのなら、次は人を癒す側の何かになりたいわ、なんて。お婆さんの小さなお願い叶えてくれるかしら。」


「きっと。きっと叶えましょう。私もそうなるように尽力させていただきます。さて、そろそろお時間です。」


「えぇ。行きましょうか。」


私に手を引かれ隣で優しくゆっくりと月の光の道を歩いてゆく。天国まではあと少し。終わりはいつも静かに過ぎてゆく。

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