第26話
彼女が他に一体どういう事が出来るようになったのか……深く知りたいようで、知らないほうがよい気もしていた。おそらくはエヴァンジェリン自身も、それを色々試してみたいが故に、王都から遠く離れたこの地の方が都合がよいのかも知れなかった。
「しかしどうして、エヴァンジェリンとエナーシャはあんなに瓜二つだったのかしら」
ハリエッタのそんな何気ない疑問に、答えたのは意外にもコルドバ・ラガンであった。
「そもそもクリム家とヴェルナー家は、砦がああなるずっと以前から遠い縁戚ではあったのです。はっきりとした記録が残っていないので何とも言えませんが、どちらかの家がもう一方からの分家であったとも聞き及んでおります」
「なんと……そうであったのか」
その話に一番大げさにもっともらしい頷きを示したのは、当のクリム家の当主であるグスタフであった。
ともあれ、そういう話であれば、魔女と呼べる者がどちらの家系から生まれてきてもおかしくはなかったのだろうが、それが時を隔ててこのように二人が瓜二つに、というのも不思議というより他になかった。
やがて部隊が一通りの捜査を終えて荘園を撤収するに至って、ハリエッタもまた父グスタフとともにその地を後にすることとなった。ガレオン・ラガンが身柄を王都へと更迭され、本格的に取り調べや裁判を受ける運びになると、クリム家の面々も裁判の諸手続きやら証言やらをしなくてはならなかったし、何より家屋敷を取り戻すためにもさまざまな申し立てを行う必要があった。
ファンドゥーサまではパルミナスの部隊と同道する事となる。そこから先はあらためて父と二人の旅となるだろう。――無論ガレオン・ラガンを移送する部隊も王都へは行くだろうが、あまり同道はしたくなかったしそれを願い出るのも図々しかっただろう。
そんな王都への帰途は、夜通しの強行軍や切羽詰まった逃避行を強いられることもなく、険しい山道であっても以前に比べれば平穏な道のりであった。
やがて、遠目にヴェルナー砦の姿が見えてくる。複雑な思いでそれを横目に見ていると、パルミナスが馬首を並べて隣にやってきた。
「本当は君たち親子を王都まで責任をもって送り届けたいところだけれど、そういうわけにもいかないらしい」
やれやれ、とため息をつく。彼はどうやらこのあとファンドゥーサに戻って、そこから巡察の任に戻ることになるらしい。
「僕が王都に戻るのは何年もあとの事になりそうだ。そのころには、君は騎士になれているかな?」
「……なれると思う? というか、それはちょっと先走りすぎじゃないかしら。王都の家屋敷が戻ってくると決まったわけじゃないし、それに姉と妹がクレムルフトに残るなら、お父様も無理にもう一度王都に居を構えるとは言わないかも」
「でも、君は騎士になりたいんでしょ?」
「そうね」
姉も妹も、王都からこの地にやってくることで、曲がりなりにも次の生き方を決めることとなった。
となれば、残るはハリエッタの番だった。
でも本当に騎士になれるだろうか? 思えば今回のクレムルフト行きでは、人の家屋敷に忍び込んだり、刃物で人を脅すような事をしたり、褒められない事もいくつもあった。
「大丈夫でしょ。本当に適性が無かったら、今頃城砦の地下牢か、ガレオンの虜囚にでもなっていたかも知れないんだから」
「嫌なことを言わないで」
「本当に大丈夫だってば。もし試験に落ちたとしても、その時は僕が……」
「タイタス家の威光で試験に口利きでもしてくれる?」
「僕でさえ一年目は落ちて、タイタス家始まって以来の恥さらしと散々に言われたのに……」
「じゃあ何? あなたのお屋敷で働き口でも紹介してくれるの?」
「そういうわけでもなく……ええと、そのう」
パルミナスは何か言いかけたが、結局はため息をつきながら、別にいいです、と小さく呟いた。
へんな人、とハリエッタも呟く。それで何だかおかしくなって、彼女は声を上げて笑った。
未来の事は確かにハリエッタにもパルミナスにも分からなかった。一つ言えるのは、往路は確かに沈鬱だったその旅も、王都までの帰路はきっとそうではないだろう、ということだった。
「行きましょう」
ハリエッタは先に馬を進める。パルミナスも肩をすくめながら、渋々とあとに続くのだった。
(「グスタフ・クリムの帰郷」おわり)
グスタフ・クリムの帰郷 芦田直人 @asdn4231
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