第4話

 城門からは、大きく開けた目抜き通りが、一直線に奥にある城砦に向かって伸びていた。

 かつては物売りの店がいくつもいくつも軒を並べていたのであろう、かつての往来の賑やかしさがどうにか窺い知れる街並みだったが、今はただただ、石積みの廃屋がどこまでもずっと立ち並ぶだけだった。

 その目抜き通りを進んでいくと、先で道が交差している広場のような場所に出た。そこにまずは井戸を見つけたが、近寄ってみて覗き込んでみても、水はすっかり枯れてしまっていた。

 その広場のさらに先へ進むと、また新たに立派な城門が見えてくる。そこをくぐってしまえば、威風あるたたずまいのこの城砦都市の、実際の城砦の部分へと足を踏み入れていくことになるのだった。

「……廃墟なのよね? 人はいないのよね?」

 そこまで来ると、ハリエッタもまた堂々たる石積みの威圧感に不安を覚えたのか、思わずそう漏らしてしまうのだった。姉のリリーベルは妹の傍に寄り添いながら、ただただ不安そうな表情を見せるばかりで、終始無言だった。それを横目に見やって、父も娘二人をこれ以上廃墟にとどめおくのも偲びなく思い、そろそろ引き返そう、などと声をかけるのだった。

 丁度そんな折だった。通りの向こう側に、人の影が見えたのは。

 よろよろと頼りない足取りで近づいてきたのを見て、廃墟に住み着いた者でもいたのだろうかと思っていると、やがてリリーベルが短く息をのむように悲鳴をあげた。

 その人影は、骨と皮だけの状態で立って歩いていたのだ。

 それはまさに亡骸が歩いているがごとき光景であった。うら若き乙女達が遭遇するにはそれだけでも目を背けるに充分と言えただろうに、不気味を通り越してもはや滑稽ですらあったのは、その歩く亡骸が鎧かぶとを見にまとい、手には剣を握りしめ、ハリエッタ達の元ににじり寄って来ようとしていたのだった。

 警戒したハリエッタは、腰に下げたおのが剣の柄に手をやった。

 だが、彼女がそれをその場で抜き放つことはなかった。

 歩く亡骸の出現を訝しんだのも束の間、物陰やら通りの角から、同じように鎧姿の屍が次から次に姿を現し、あっという間にハリエッタ達をぐるりと取り囲んでしまったのだった。

 ハリエッタは悟った。むしろハリエッタ達こそが、彼らの縄張りに無粋に足を踏み入れた侵入者だということを。

 父も姉もここではただ不安と恐怖におののくばかりだった。

 ハリエッタはそんな二人に、ゆっくりと来た道を引き返すように促した。

 だが、屍の兵士たちはそれを許さなかった。ハリエッタ達の退路に回り込んだかと思うと、彼らは一斉に剣を抜き放ち、威嚇するように切っ先を突きつけて来たのだった。

 こんな局面で下手にハリエッタが剣を抜こうものなら、どんな反撃に出てくるか分かったものではない。一行は屍の兵士どもに促されるままに、城門を潜っていくのだった。

 城壁に囲まれた向こう側、ひときわ堅牢な作りの城砦がハリエッタ達の目の前にあった。広い中庭はかつては庭園として綺麗に整備されていたのであろうが、今は枯れた木立がまばらに立ち並ぶ、埃っぽい薄ら寂しい広場だった。

 ハリエッタがふと見上げると、城砦の二階部分のバルコニーに、人影があるのが分かった。

 その人影は、兵士たちがハリエッタらを連行してくる様子を上からじっと観察していたようだった。ようだった、というのはハリエッタがその存在に気づいたと同時に、向こうもハリエッタに気づかれたのを察知してか、そそくさとその場を離れていってしまったからだったのだが。

 やがて一行は屋内へと連行されていく。中庭から入ってすぐが階段になっていて、ハリエッタ達は促されるままに石段を登っていく。

 たどり着いた二階部分が大きな広間になっていて、そこがどうやら謁見の間のような場所であるらしかった。ハリエッタ達を取り囲んでここまで連れて来た屍の兵士達も、それで全員であったなら良かったのだが、足を踏み入れた謁見の間にも、一体何を守っているというのかずらりと整列して、ハリエッタ達が連れられてくるのをまんじりともせずに待ち構えていたのだった。

 その先の一段高い場所に、これは明らかに兵士たちとはいでたちの異なる男の姿があった。装束や立ち振る舞いを見やれば、彼こそが恐らくはここの城砦の主人であるらしかった。

 そして……ハリエッタが息を呑んだのは、その男もまた豪奢な衣装を除けば、骨と皮だけでそこに立っていたのだった。

 そのひときわ位の高そうな屍は、ハリエッタら一行を見やると、ごうごうと風が唸るようなしゃがれ声で――屍なのだから生きた人間のようには喉をふるわすことがうまくできないに違いなかった――彼女らに語りかけて来たのだった。

「旅人か。哀れにも呪われたこの街に迷い込んできてしまったのだな」

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