第33話 鏡櫃の探索者

「ほら、好きに食え。ファティ」

「い、良いんですか!? こんなにたくさんのお肉……!」

「ちゃんと門を開いたお祝いをしてなかったからな」


 ファティの前に広がっているのは豪勢な肉!

 彼女自身が食べたいと望んだものだが、ここまでの肉が来るとは彼女も思っていなかった。


「あ、そういえばお師匠。霧の外套は着なくても良いんですか?」

「ああ。しばらく向こうの動きも無いしな」


 ヤマトを倒してから、数日。

 レティシアによれば、魔術結社も打つ手なしということで協議中らしい。


 流石にあれは、魔術結社の持ちうる最高戦力だったようだ。

 まぁ、あんなのが何人もいたらたまったもんじゃない。


「わぁ、美味しい……」


 肉を一口運んだファティは、しばらくそのまま固まるとぽつりとそう漏らした。


「美味いだろ。この店が一番美味いんだ」

「ええ、わたくしもよく利用させてもらっていますわ」

「……なんでお前がここにいるんだよ」


 さらっと席に同席してるレティシアにシスは困惑。


「何って、あなたを私のパーティーに勧誘しに来たに決まってますわ」

「いや、知らねえよ。俺は入らないってば」

「あ、あの……質問、なんですけど」

「どうした? ファティ」


 肉を前にフォークを止めたファティは、ずっと気になっていた質問を師匠にぶつけた。


「お2人って、どこで知り合ったんですか?」

「俺が貴族にいたときに、ちょっとな」

「あら? 言ってませんでしたの? わたくし、シスの婚約者フィアンセですわよ」

「えッ!? お師匠の婚約者!!?」

「いや、元な? 元婚約者な?」

「き、ききき聞いてませんよ!?」

「そりゃだって元婚約者だから」


 シスはこともなげにそう言うと、肉を頬張っていたアイリが口を開いた。


「んにゃ。ちなみにですけど、マスターにとっては元カノみたいなものなんで。マスターにフラレてたのに、ずっとストーカーしてるのがレティシアさんです」

「ちょっと? 私はフラれてませんわ?? というか、そもそもシスとは付き合ってませんわよ!」

「じゃあ、別に貴族のままで良いじゃないですか。マスターが探索者になったからって、そのあとをついて自分も探索者になった話……色んなところで噂されてますよ? “鏡櫃”にフラれたのにしつこく追いかけ回してる女がいるって。まぁ、流してるの私なんですけど」

「あっ! あの噂流してるのあなただったんですの!? 許せませんわ!!」

「ちょ、ちょっと!? 人のお肉取らないでくださいよ! この泥棒猫!!!」


 シスは深く椅子に座り直すと、ため息をついた。

 もうちょっと仲良くやってくんねぇかな、と天を見上げる。


「あの、お師匠」

「うん?」

「あの時、ダンジョンの底で……お父さんと、会いました」

「どうだった?」

「……お父さんが、【降霊魔法】を使って、【英雄】を呼んで、くれたんです」

「そっか。会えたなら、良かったよ」

「……良かったん、ですか?」

「何が?」

「私が、あれを使ったこと……」

「良いよ、別に」


 あれ、というのが黒い頭蓋骨であることなどシスは何かを言われなくても知っていた。


「……俺は、怖かったんだよ。死んだって、分かるのが」

「……どういうこと、ですか?」

「もしかしたら、妹はまだ生きてるかもしれない。そう思って、家を捨てて探索者になった。でも、あれを使ったら生きているか、死んでるか……それが分かるだろ。だから、俺は……使いたくなかったんだよ」

「……そう、だったんですね」

「あ、そうだぁ!」


 深くファティが頷いた瞬間に、アイリがひゅっと顔をのぞかせた。


「……何だよ」

「レティシアさん。あの『ファイアボール』ってなんだったんですか?」

「あれは、ファティさんに降りた【英雄】が使ったのですわ」


 ちらりとレティシアがファティを見る。


「あ、はい。その……あんまり覚えてないんですけど、遠い世界の【英雄】だって、言ってました」

「喋ったのか?」

「あ、いえ。ちょっとだけ、ですけど……。なんか、変わった人でしたよ」

「まぁ、【英雄】にまともな人間がいるわけもないか」

「あの、お師匠。なんで、世界が違うのに……呼び出せたんでしょうか?」


 ファティの言葉に、シスは「ふむ」と頷いた。


「そうか。まだ、ダンジョンの基礎を言ってなかったな。ダンジョンってのは、世界の深いところにあるんだ」

「深い所?」

「ランクがあがれば上がるほど、深くなる。だから、周りのダンジョンが強いランクのダンジョンに引き寄せられる」

「……??」

「ほら、前に言っただろ。この『迷宮都市』はAランクダンジョンに、ダンジョンが吸い寄せられるようにして出来たって」

「あ、はい……」

「全てのダンジョンは世界の深い所に集まるように出来てんだとよ。で、その世界の深みってのが他の世界のものを吸い寄せるらしいんだ」

「あの……お師匠、まったく分かりません……」

「俺もだ」

「はぇ?」

「こんなの、学者が言ってることだからな。よく分かんねえんだよ。でも、ま……いつか、ダンジョンが全部集まって1つの深い深いダンジョンになる……なんて話もあるらしいな」

「え、それって……本当なんですか?」

「さぁ? 学者が適当に言ってるだけだから」


 シスはそう言うと、肩をすくめた。


「ま、小難しい話は後にして……。ファティ、今日は腹いっぱい食えよ」

「……はいっ!」


 ファティがこくりと頷くと、そこにアイリが半泣きでやってきた。


「マスター! レティシアさんに私のお肉取られましたぁ!」

「まぁ、お前は体が小さいからな。我慢しろ」

「むがー! なんでですか! おかわりを要求します」

「じゃあ、頼め。好きに頼め」

「あと、レティシアさんを叱ってください! 私のお肉を食べたんですよ!!」

「仲が良いのは良いことだ」

「あー!! ほらもう、マスターは女の子に甘いんだから! てか、マスター。私の相手するの面倒になってません??」

「…………」


 アイリは肉のおかわりを注文すると、どっかり席についた。


「お肉は取られましたけど、マスターはあげませんからね!!」


 そして、レティシアに宣戦布告。


「たった3年一緒にいるだけで、偉そうですわね!」

「そりゃ3年間ずっと無視されてるレティシアさんとは格が違いますからね! 格が!」

「でも、あなた……もう育たないのでしょう?」

「あーっ!! レティシアさんどこ見てそれ言ったんですか!? それは禁句ですよ!! でも良いんです! 完璧なアイリちゃんはこの状態が最かわなんです! 愚かに老いてくあなた達とは違うんです!!」

「でも、ずっと子供の状態だと共に歩むのは厳しいですわよ」

「むきーっ! 別に良いですもん! マスターの初ちゅーは私だったんですからね!」

「ちょっとどういうことですの、シス」


 ぐいっ、とレティシアがシスの胸ぐらを掴んだ。


「え、俺?」

「話をちゃんと聴かせてもらいますわよ、シス」

「いや、レティシア。落ち着け、アイリが適当に言ってるだけで……」

「本当ですよ! ちなみにその日の内に3回もしちゃいました! ちゅーって凄い気持ちいいんですよ! 知らないでしょ!」

「シス?」

「いや、待て。落ち着け、レティシア」

「お師匠、アイリちゃんの目……嘘ついてないですよ?」

「ど、どうした。ファティ。急に立ち上がって……」

「今日はしっかり聞かせてもらいますわよ。私たちが出てから、どうなったか」

「そうですよ、お師匠。ちゃんと聞かせてもらいますからね」


 シスはすがるようにアイリを見ると、彼女はドヤ顔でふんぞり返っていた。


「ほらほら、負け犬たちが叫んでも無駄なんですよ。マスターの相棒は私だけですから! ね、マスター?」


 ……勘弁してくれ。


 という言葉をシスは深く深く、飲み込んで……肩をすくめた。





 ―――――――――――――――


 ダンジョンの底は、つながっている。

 故に、ダンジョンのアイテムがダンジョンへとことは、不思議なことではない。


 そう、例えば壊滅したAランクダンジョンにあったアイテムが……それも、使世界の理を書き換えてしまうほどのアイテムが、流れ着くのも……不思議なことではない。


 そこにあるのは、全てが結晶で構成された異質な土地だった。


 太陽なのか、月なのかわからないものが7つも天に輝き、狂った重力が宝石を砕いて空へと召し上げる。ふと気を抜くと、けたたましい笑い声を上げながら星が地面へと落ち、大地は歓声をあげると地表に結晶という花を咲かせていた。


 とても、この世のものとは思えない光景。


 そこを歩くのは、1人の異形の少女。

 獣なのか、魔物なのか、分からないが……それでも、少女ということは分かる。


 それが見つけたのは、地面に落ちた

 少女は静かにそれを拾い上げると……わずかに、魔力の残滓を見て、


「……お兄ちゃん?」


 ぽつりと、そう漏らした。


 Sランクダンジョン――『魔窟クリスタリア』。

 その最下層で、少女はかすかに兄を見た。


 


 ――“鏡櫃”がそこにたどり着くまで幾ばくもない。







 完

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