第31話 魂のあり方

「マスター! 残り時間は!?」

「143秒ッ!」


 ヤマトの抜刀した刀が地面を根こそぎ払いながら、アイリの剣と激突すると膂力だけで真白の剣を断ち切ると、アイリの首を跳ねる。シスの展開した『アイテムボックス』がヤマトの左肩をえぐり取るが、すぐに肉が盛り上がって再生すると、シスを置いて遥か後ろに向かって走り出す。


 再生したアイリが立ち上がると、矢をヤマトに向かって射出。2本を避けて、3本を弾いてヤマトは跳躍。


「アイリ! 来るぞッ!」

「私は体で受けます!」


 シスは自分の手前に『アイテムボックス』を生成。ヤマトはしまい込んでいた刀を抜刀。青い光が刀身から放たれると同時に、再び人斬りの奥義が放たれる。たった一本の刀によって『死都オルデンセ』の中にある廃墟が木っ端微塵になって吹き飛ばされると粉塵と瓦礫が散弾のように撒き散らされた。


「【展開】ッ!」

「あなた1人では相手になりませんよ、“鏡櫃”」

「あいにくとッ! 俺ァ、1人んでな」

「いいえ。あの擬体が再生にかかるのは平均して2秒。ならば」


 ヤマトの後ろに音もなく忍び寄ってきたアイリの核をヤマトの刀が貫いた。


「この瞬間は1人です」


 だが、シスはヤマトの言葉を笑いながら。


「10秒だ」


 自らの背後に、『アイテムボックス』を生成した。


「【収納】」


 ヤマトの刀がシスに届くよりも先に、彼の体が遥か後方に移動している。


「……走れ、“紫電”」


 バジッ! と、音を立ててヤマトの手から雷が放たれると遠距離にいるシスに向かって飛んでいく。それは、まるでシスの動きを読み取っていたかのようで。


 シスの右足を焼いた。

 

「……ッ!」

「マスターッ!」

「そして、あなたも1人では私に届かない」

「ノンっ!」


 アイリがヤマトに向かって、瓦礫を蹴り飛ばす。それを半歩で避けたヤマトの背後で黄金の魔法陣が輝いて。


「なるほど」


 槍が、ヤマトを貫いた。


「今ですよ! マスター!」

「【展開】ッ!」


 生み出した箱がヤマトの両足を削り取った。


「……おおッ!」


 だが、ヤマトは腹を自らの脇差で削り取ると地面に転がりながら魔力を活性化させると同時に修復。しかし、傷が深いのか完全には治りきらず大きな水たまりほどの血を吐いた。


「……死ねない。死ねないんですよ、私は……こんなところで……ッ!」

「俺たちだってファティを渡すわけには行かねえんだッ!」

「……これまで、多くの死を積み上げてきました。ただ、もう一度彼女たちに会いたいがために。命をここまで積み上げてきたんです! 引けないッ! ここで引けるかァッ!!」

「そりゃあ、会いたいよな。俺だって、会えるなら会いたいさ」


 妹を死なせてしまったのは、誰よりも自分のせいだから。

 だから、せめて今一度……頭を下げて、謝罪したかった。


 すまなかったと。守ってやれなかった、と。


「だが、それは叶わねえッ! 一度死んだ人間が蘇ることなんて無いんだッ! 俺たちは前を向くしかねえんだよッ! それがどれだけ過ちにまみれていても、俺たちは前に……ッ!」

「過ちなど、犯していない……っ! 私たちは普通に暮らしていたんだ。何の罪もなかった。娘と妻には、なんの罪も無かったんだ……ッ! なぜ殺されなければいけなかった! 殺されるべきなのは、私の方だったのに……ッ!」


 シスの前に踏み出した足が砕けた。

 踏み出したヤマトが血を吐いた。


 もはや、両者がともに限界だった。


「過ちだらけの人生だった。妹を亡くしたこと、探索者になったこと、レティシアを巻き込んだこと……! 全部が全部、間違いだったッ! 俺があの時、調子にのらなければ何も起きなかった……ッ! だから、俺はこの過ちを正す。過ちを通して、正しかったことにする。もう俺の前で誰も死なせねぇ、奪わせねえッ!」


 吠えるシスの『アイテムボックス』をヤマトは避ける。

 だが、その動きにはキレがない。


 いくら最強を謳う《人斬り》と言えども、人の身であれば限界も訪れる。


「間違いだらけの、人生だったんです。過ちだらけの前世に蹴りをつけるべく、名前を変えた。せめて、生まれ故郷を忘れまいと自分の国の名前を付けました。せっかく手に入れた新しい人生を……人生こそ、まともに生きようと思った。だから、せめて妻と娘だけは幸せにしようと、2度目の人生こそは誠実に生きようと思った。あの日、私が娘と一緒に出かけていれば……ッ!」


 両者がともに、仮定ifの話だ。

 時を操る魔法でも、過去には飛べない。


 シスの魔法ですら時間を【収納】することで未来に飛べる。

 だが、しかし過去には飛べない。


 だから、そんな話に意味はない。意味など、無いのだ。


「私たちは似たもの同士なんですよ、“鏡櫃”。お互いに、過去にとらわれているッ!」

「……そうだ」


 その通りだ。


「俺がダンジョンに囚われたように、お前も人を蘇らせる手法を探し続けた。俺とお前は、一緒なんだ」

「なら、どうして分からない! 【降霊魔法】こそが、私たちの追い求めていた物で……」

ッ! あれは、そんなものじゃねえッ! 死者を呼び出して、出来ることは簡易的な命令だけだ。ゴーレムと大差ないんだッ!」

「嘘だ……っ! そんなものは大嘘だッ! でなければ、魔術結社が狙うはずが……ッ!」

「死んだ人間の魂は壊れる……ッ! それでもなお形を保てるのは、【英雄】くらいのものなんだ……! 目を覚ませ、《人斬り》! お前の娘が、嫁が、英雄でなければ呼び出してもなんの意味も無いッ!」

「違う! 違う違うッ! そんなことなど、ありえない。あってはいけないんだッ!」


 我を取り乱しながら、ヤマトは胸元から取り出した暗器をシスに向かって投擲。

 だが、その速度では最強の探索者を仕留めれるほどではない。


 が、シスも既に疲労困憊。体が思うように動かず、『アイテムボックス』を出現させるか避けるかという一瞬の判断すらも遅れた。


 両者ともに限界が来ている。

 それが、人だから。


「確かにあなたとマスターは似ています。あり方そのものが、とても似ていると思います」


 シスに飛んでいく暗器を弾いて、アイリが静かに答えた。

 ぱらり、と地面に暗器が転がる。


 そう、人には限界が来る。

 だが、ホムンクルスには、


「ですが、あなたとマスターの決定的な違いがあります。……そう、もうお分かりですね? 私がいるかいないかですよ! 可愛さ溢れて憎くもなっちゃう超絶完璧ホムンクルスのアイリちゃんが側にいるかが、あなたとマスターの違いなのです」

「…………」

「そして、それが勝敗を分けるのですよ。だって、さっき言ったでしょ?」


 足の砕けたシスを支えるようにアイリが抱きかかえる。

 そして、その焼けた唇にそっと優しく口付けを添えた。


「私はマスターにとっての、勝利の女神ですから」

「……キスの大判振る舞いだな」


 またたく間に傷が修復されていくシスがぽつりとそう漏らすと、


「ねぇ、マスター。ちゅーってすごい気持ちよくないですか? 私、こんな気持良いと思いませんでしたよ!」

「……まぁ」

「え、どうしたんですか? もしかして照れてるんですか? 可愛いですねぇ、マスター。私と同じくらい可愛いです!」


 黒い『アイテムボックス』の残り時間が60秒を指した。


「あ、そういえばまだ違いがありましたね」


 アイリがふと、空を見上げた。

 そこにはたった1つ。


 凄まじい速度で空を駆け抜ける、紅蓮の流れ星が輝いており、


「弟子がいるかどうか。それもまたマスターとあなたの違いですよ。《人斬り》」


 砲弾じみた『ファイアボール』がヤマトを直撃して、炎に包んだ。


 だが、それでも男は死なない。


「本当に、不死身だな」

「死ねない……。もう一度、会うんだ……ッ!」


 炎の中から、ヤマトが手を伸ばす。

 焼失と再生を繰り返す虚ろの災禍の中で、それでも人斬りは吠えた。


 だが、それをかき消すかのように遠方から花火が爆ぜる。

 いや、花火ではない。簡単な【炎魔法】だ。


 それは、レティシアが階層から出たという合図。

 ファティを連れて、外に出たという合図なのだ。


「悪いな。これで、終わりだよ」


 黒い『アイテムボックス』が残り5秒を指した。


 ヤマトは燃える体をなんとか動かしながら、腰の刀に手を伸ばす。


 アイテムボックスが残り、4秒を指した。


 だが、『ファイアボール』によって刀を無くしたヤマトは、それに気がつくとそれでも一矢報いようと、シスたちに向かった。


 残り、3秒。


「さらばだ。《人斬り》」


 シスはアイリと手を繋ぐと、静かにそう言った。


 残り、2秒。


「これで、終わりだ」


 2人を鏡のような箱が包んだ。

 

 残り、1秒。


「……ッ! “鏡櫃”ッ!!」


 刹那、黒い『アイテムボックス』はこの世から300gの質量を【消去ヴォイド】した。

 

 そして、世界が光に包まれた。

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