第29話 アイテムボックス
「……【収納魔法】には、いくつかの
シスはヤマトを見据えながら、口を開いた。
「アイテムを収納するための【収納】。あるいは、【格納】。俺の場合は、【展開】という動作が必要になるがな。それら全てはアイテムの収納を便利に行うために開発されたものだが、どんな【収納魔法】であれ、搭載されている機能がある。それが、【
シスの展開した黒い『アイテムボックス』は次第に形を縮めていく。
どこまでも、どこまでも小さくなっていく。
「【収納魔法】の中に収納されたアイテムを、リスト化して削除することができる便利な機能だけどな。これをこっちの世界に出現させた状態で行うと、面白いことが起こる」
「……さて、なんでしょう」
「爆発だよ」
「……爆発?」
人斬りが首を傾げると、シスは笑いながら頷いた。
「この世界に存在していた質量がそのまま消去される。消去された質量を埋めるように、この世には爆発が現れる。錬金術の原則である、等価交換だ。簡単だな」
「……質量エネルギーですか。核分裂や核融合を通り越して、純粋にエネルギーだけ取り出すとは。つくづく、【魔法】ですね」
ヤマトの言葉に、シスは肩をすくめた。
「おっと。あいにくと学がないものでな」
「……いえ、私も詳しく知りません。ただ、
「さて、人斬り。ここからが面白いところだ。この黒い『アイテムボックス』は300秒後に完全に消え、この階層は火の海に包まれる。俺もこいつを早めたいが、レティシアを逃さないといけねぇ」
後ろで立ち上がったレティシアに、アイリがシスより受け取った“鏡櫃”を手渡した。
言葉は聞こえないが、5分以内にこの階層から逃げ出すように言っているはずである。
そんなこと、言葉を交わすまでもない。
アイリと俺に、
「だから、5分だ。《人斬り》。5分でここから逃げ去ればお前の勝ち。逃げ出せなければ、お前の負け」
「……ルールの確認です」
「何でも聞いてくれ」
「ここであなたを殺せばどうなりますか」
「
「……5分間、あなたは私を足止めする。ですが、そうすると5分後にあなたも死ぬ。何が、あなたをそこまで?」
「ああ、それについては心配なくても良い」
シスは人斬りを制するように手を降った。
「俺の『アイテムボックス』は、
「……ッ!」
ヤマトは咄嗟に踵を返して、逃げ始めた。
それが正しい。それが正解だ。
「今回、消し飛ばす質量は300g。しっかり逃げろよ、《人斬り》ッ!」
「“鏡櫃“、あなたは知らないでしょう。私の世界には、あなたと同じ様に質量のエネルギーにする兵器が量産されていました」
「へぇ。そりゃすごい」
シスの展開する『アイテムボックス』に阻まれて、右に左に進路を変えながら、ヤマトが叫んだ。
「私の世界で初めてそれが使われた時は、10万人以上が無くなりました。その時の質量欠損が0.68gですよ……ッ!」
「じゃあ、しっかり逃げな」
ヤマトは歯を噛み締めながら、刀を抜いてシスに向き直った。
「おっと、俺を殺すか?」
「両足を斬ります。死なない程度に」
「そりゃ、困るな」
シスはバックステップすると同時に、背後に迫っているアイリに呼びかけた。
「アイリ」
「あい、マスター」
「3秒だ」
そういったシスの手元に鏡の『アイテムボックス』が出現した。
「【収納】」
ヤマトの視界に映っていた、アイリが消えた。
「どこにッ!?」
遅れて、灼熱の鉄棒を体に押し付けられたかのような熱がヤマトの体を這った。
「……ッ!!」
背後には、剣を斬り抜いたアイリが立っている。
「……不可解だ」
人斬りの肉が盛り上がりながら、傷を修復していく。
だが、ヤマトの顔には『?』が張り付いている。
「あの距離、あの速度で私の反射速度を上回るなど、不可能だ」
「ああ、だろうな」
そんなこと、シスは言われなくても知っている。
人斬りの不死性、反射速度、魔法の技量。
どれをとっても、彼は一流なのだ。
一流だからこそ、シスはあのタイミングでアイリが間に合わないことなど分かっている。
「だから、少しだけ小細工させてもらった」
「……何を」
「知ってるか、人斬り。時間は
「我々だけの空間を収納しテレポートしたように、そこの擬体の時間だけを【収納】したと?」
「物分りが早くて助かるぜ」
「……しかし、不思議だ。その収納した時間はどうなる?」
「どうもこうもねえ。【開放】してやれば良いのさ」
「……なるほど、本人の時間だけを飛ばして誰よりも先に動かす。そんなものがありながら、今まで隠しておいたことの方が不思議です」
「隠してたわけじゃねえ。不確定要素が大きいとこれは使えねぇんだ」
それは、確定している事象でないと使えない。
「……なるほど。これは厄介な鬼ごっこになりそうだ」
人斬りは静かに刀をしまい込むと、シスのすぐ側に浮いている黒いアイテムボックスを見た。そこには『235』という数字が浮かんでおり、すぐに『234』、『233』と数を減らしていく。
「“鏡櫃”。なぜ、私にあなたの【魔法】を教えてくれるのです?」
「これから死ぬやつは、何故死ぬのかを知る権利があるだろ」
「それがあなたの覚悟というわけですか」
ヤマトは和服についていた砂を手で払うと、
「窮鼠猫を噛む。最後まで油断はできないということですね」
そう言って、笑った。
―――――――――――――
「お師匠! ……あれ?」
大通りで動くなと言われて、反射的に目を瞑ってしまったファティが目を開くと、ドロリとした魔力の底にいるということに気がついた。空にはぽかりと空いた穴のような月と、そのバックには途中から両断された巨大な城。
「ど、どこ……?」
「出てきましたわね。はやく逃げますわよ」
「あ、レティシアさん……。こ、これはどういう状況ですか!?」
「シスがあの人斬りを追い詰めてますの。それで、最後の一撃を開放したところですわ。あと3分以内に脱出しないと、私たちも巻き添えになって死にますわ」
「お、お師匠は!? お師匠たちは大丈夫なんですか!?」
「……わかりませんわ。ただ、何か考えがあるのでしょう」
「……そんな」
刹那、遥か遠方から爆発の火が見えた。
何らかの魔術を爆ぜさせたのだろう。城の近くから無数の光が光ると同時に、連鎖的に爆発していく。
「あ、あれって……?」
「……シスたちではありませんわ。あの2人はあんな小規模に爆発させる魔法など、もっていませんから」
「……っ! い、行かなくても良いんですか……?」
連鎖爆発の次に出現したのは、巨大な岩の塊。
それらが、天を埋め尽くさんばかりに出現すると一箇所に向かって集中的に落ちていく。
腹の底から響いてくる重低音にファティは恐ろしさを感じながらそういったが、レティシアの言葉に
「私たちが行って、何になりますの……。私が、足を引っ張るだけですわ」
「で、でも……」
「大丈夫。どんなときでもシスたちは帰ってきました。それを信じて、私たちは逃げましょう」
「……でも」
ファティが歯を食いしばる。腹の底が熱い。
魔力の溜まる丹田が嫌というほどに熱くなっている。
まるで服が焼け付くのではないかというほど、魔力が活性化している。
「でも、何かしないと……!」
ファティのすがるような言葉に導かれるように、レティシアの
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