第28話 女神と探索者
「……話?」
「ええ、あなたの夢を聞きました。ならば、こちらもそれに対する解決策があります」
アイリはシスの側に控えたまま、ヤマトに語りかける。
ヤマトは感情が見えない細い瞳で首を傾げた。
「解決策?」
「人を生き返らせたいのでしたら、こちらにはそれを解決する手段があると言っているのですよ」
「聞きましょう」
キン、と音を立ててヤマトは刀をしまい込んだ。
「マスター。借ります」
「……アイリ」
そういってマジックポーチを探り始めるアイリ。
「信じてください。マスター」
「分かった。任せる」
アイリの問いかけに、シスは頷く。
そして、彼女は黒い頭蓋骨を取り出した。
「それは?」
「人を蘇らせるアイテムです」
「……嘆かわしい。そんな嘘で私が説得できるとでも?」
「ギルドの鑑定済みですよ」
「馬鹿馬鹿しい。そんなもので、人が生き返るのであれば、誰も悲しまなくてすむ。命を持たない擬体如きが、人を馬鹿にしているのですか」
「やれやれ。ここまで視野が狭くなると困りものですね。ま、せっかくのチャンスを無駄にするのはあなたの勝手ですけど」
「……それが、罠ではないという保証は?」
「無いですよ。ただ、本物だという保証はしましょう。ただ、これを渡すためには条件があります」
「聞きましょう」
「二度と私達に手を出さないこと。それだけです」
「……妻と娘が生き返るのであれば、私が【降霊魔法】を追う理由はなくなります」
「どうします?」
「飲みましょう」
「では、これを」
アイリはそういって、黒い頭蓋骨を投げる。
遅れて、ヤマトがそれを受け取った。
そして検分すると、口を開いた。
「……擬体に聞きます。これは、何人生き返らせるのでしょう?」
「さぁ?」
「さぁ、とは……」
アイリの返答に、ヤマトは明らかに狼狽えた。
その瞬間を、見逃さなかった。
シスの鏡箱がヤマトの心臓部分を覆った。
「……ッ!」
「ああ、そういえば言い忘れてましたけど」
鏡の立方体が消える。箱型にくり抜かれた心臓がべしゃ、と地面に落ちる。アイリは流れるように紡ぐ。
「先程の条件に、私たちから手を出さないというのは含まれてませんので」
「……死にかけがっ!」
「いえ、マスターは死にませんよ」
ヤマトが心臓に手を当てる。
【治癒魔法】によって、心臓が修復されていく中でアイリはシスの下半身を拾い上げて、シスの体を起こした。
「マスター、荒療治で行きますよ」
「任せる」
シスのその言葉を聞いた瞬間、アイリはシスの唇を奪った。
「……っ!」
刹那、シスの口内にどろりとした白い泡が流し込まれる。
甘く、甘く……どこまでも甘いそれをシスが嚥下した瞬間、異変が起きた。
ヤマトによって断ち切られた傷口から白い泡が生まれると、斬れたはずの下半身と上半身をつなぎとめた。
「ぷはっ! 貰っちゃいましたよ! マスターの初ちゅー!」
「……そんなんで良けりゃいくらでもくれてやるよ」
シスは体を起こすと、接合部に手を当てて確かめた。
そこには最初から何も無かったかのような腹筋がある。
完璧な結合だ。
遠くに動いているレティシアが見えた。
良かった。生きている。
「なぁ、《人斬り》。……死者に、そんなに会いたいか」
「無論。まだ若いあなたには分からないかも知れませんが、私にとって家族とは全てだったんです」
「そうか。そりゃ、会いたいよなッ!」
ヤマトを覆うように3つの『アイテムボックス』が出現。
だが、どれも彼には当たらない。
「……まだ歯向かうのですか。後悔しますよ、“鏡櫃”」
ヤマトの言葉を笑って、シスは静かに口を開いた。
「昔、この国に天才と呼ばれる神童がいた」
誰に聞かせるわけでもなく、静かに語り始めた。
「どんな魔法も、彼に取っては朝飯前だった。そんな少年にはたった1人の妹がいた。病弱で、ちょっとしたことで熱を出して寝込む妹だった。貴族として使い所しかない『娘』を無くさないように父親はそんな妹を部屋に閉じ込めるようにして、育てた」
「マスターッ!」
斬撃が飛んでくる。遅れてシスの右腕が飛んだ。
だが、それと同時にヤマトの脇腹を『アイテムボックス』が削り取った。
「そんな妹を不憫に思った兄は、妹を連れて外の世界を見せた。見せてやりたかった。初めて見る景色に妹は大変喜び、兄も嬉しかった。そして、妹はふと兄に漏らした。『ダンジョンに行ってみたい』と」
「マスター! しっかりしてください!」
「ダンジョンが危険な場所だということを兄はよく知っていた。だが、自分なら大丈夫だと思った。神童と呼ばれる自分なら、妹を守れると」
シスの体が斬られる。ヤマトの体が削られる。
「……“鏡櫃”。誘っていますね」
その問に、シスはニヤリと笑った。
「だが、兄妹がダンジョンに入った時、入り口が閉じた。ダンジョンの捕食に巻き込まれたんだ。兄はあらゆる魔術を使って、対抗した。だが、そのどれも届かなかった」
ヤマトはシスから距離を取る。
シスの戦い方が変わったからだ。
彼はいま、自分の体をもリソースとし、あえてヤマトに斬らせることでヤマトを削っている。
「それは不幸な事故として扱われ、隠蔽された。だが、神童はそれが許せなかった。まだ妹は生きていると。ダンジョンの底で生きていると」
「何をたわけたことを。ダンジョンに呑まれたのであれば、人は死ぬ」
ヤマトはアイリを切り結びながら、そう言った。
「そうだ。だが、それを認められないほど、神童は子供だった。子供だったんだ。そして、家を飛び出して探索者になった。家を出るなら、破門するといった父親の言葉を飲み込んで、ダンジョンの底に必ず妹がいるはずだと探し回った」
「それで、どうなったのです?」
「1ヶ月で
「…………」
思わぬ言葉に、ヤマトが目を開く。
「だが、屋敷に入るよりも先に使用人に追い出された。『ダルジリン家に子供はいない』と、言ってね。俺はその時知ったよ。自分はとんでもない過ちを犯したんだってな」
「…………」
ヤマトはわずかに唸った。
「後悔ばかりの人生だ。今更、後悔の1つや2つ増えたところで、関係ないさ」
「……やけに、割り切っているのですね」
「割り切らなきゃ、やってられねえんだよ」
シスの言葉には、わずかに怒気と、そして大きな悲しみが混じっていた。
「俺は俺の驕り故に、妹を亡くした。そして、俺の心の弱さ故に家を追われた。だけどな、《人斬り》。だからこそ、戻れねえんだ。俺は巻き込んでしまった。レティシアを、アイリを、そしてファティを。俺の過ちだらけの人生に巻き込んだんだッ! だから、これを通すしかねえんだよッ!!」
アイリがヤマトの刀をいなしながら、遥か遠方に投げ槍を生成。打ち出すと同時に、ヤマトがそれを避けた。だが、その先にはシスの展開した
「故に、私はマスターを支えることにしたのですよ。《人斬り》。だって、自分の過ちを押し通して、それを正しかったことにしようとしている人ですよ。無理だということを自分で知りながら、その無理を通そうとしている。こんなかっこいい人がいますか? マスター以外にいないのです!!」
アイリの純白のドレスが風にたなびく。
「謝罪します、《人斬り》。あなたは、マスターに負けます」
「……何を」
「実は私、マスターにとっての勝利の女神なんですよ」
アイリは笑って、
「女神のキスは勝利のキスですよ。ねぇ、マスター」
「そういうことだ。悪いな、《人斬り》」
そう言ったシスの手元には小さな『アイテムボックス』が生成。
だが、それは鏡ではない。
シスの『アイテムボックス』は可視光全てを反射する故に、鏡のように見えていた。だが、此度シスが展開したそれは違う。どこまでも黒く、黒く。全ての光を吸い込んでいるかと思ってしまうほどに、黒い『アイテムボックス』。
それが、ゆっくりと小さくなっていく。
「ここで死んでくれ」
そして、シスは笑った。
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