第20話 向き合う時

「今日も良い狩りだったぞ」

「ほ、本当ですか?」

「短槍にも慣れてきたんじゃないか?」

「そ、そうですね。慣れてきました」


 Eランクダンジョンからの帰り。ファティが1人で5階層までたどり着いたので、シスはファティの成長具合に驚かされながら、彼女の育ち具合を見直していた。


 ファティの成長は、シスの予想を遥かに超えていた。


 ただの辺境の村の女の子が、わずか2週間という短さでEランクダンジョンの5階層まで手をのばすとは思っていなかったのだ。


「刀と槍、どっちが向いてると思った?」

「や、槍の方がやりやすいです」

「わっ! それ、オヤジギャグですか!?」

「アイリ。話の腰を折るな」

「なんで私なんですか!!」


 アイリが抗議のために手を上げながら、怒りをアピール。


 3人がギルドで、ファティの成果をギルドに報告していると後ろからシスは手が引かれた。


「少しシスを借りますわ」

「うわっ! 泥棒猫めっ!! マスターの初ちゅーは渡しませんよッ!!」

「えっ!? シスのファーストキス……!?」


 レティシアの登場にアイリが犬歯をむき出しにして威嚇。

 だが、一方のレティシアはアイリの言葉に引っかかって足を止めた。


「アイリ。ファティを任せたぞ」

「あい! お任せください!!」


 だが、シスからの指示にぴっ、と直立不動の姿勢を取って敬礼。

 そして、ギルドの裏口に消えていく2人を見守ると、うへへと笑いながらファティを見た。


「ファティさん。これはチャンスです」

「ちゃ、チャンス……ですか?」

「いま私はマスターからのファティさんの護衛を任せられています」

「は、はい……」

「つまり、ファティさんを守るためにお金を使えばマスターのお財布から出るのです」

「な、なるほど……?」

「というわけで、あそこの焼き菓子を買いましょう! この間できたばかりで味が気になってたんです!」

「えっ! えっ!? 良いんですか!? だって、お師匠は……」

「良いんです良いんです! マスターは黙ってお菓子買ったことに怒る人じゃないですから!」


 アイリはそう言って、ファティの背中を押して焼き菓子屋まで引っ張っていった。


 ――――――――――――――


「シス。分かりましたわ」

「《人斬り》か」

「……ええ。シスの前に現れた《人斬り》はヤマトという名前であっていまして?」

「ああ、あってる」

「調べるのに少し手間取りましたけれど、かの《人斬り》を動かしているのはSランク魔術結社『消えゆく陽光』。それが動かしていましてよ」

「……Sランクの魔術結社? なんでそんなのが出てくるんだ」


 魔術結社のランクというのは、危険度と規模によって格付けされる。

 Sというのは最上級。世界で3つしか存在を許されない。


 そんな魔術結社が、ファティを狙っているのか。


「【英雄降霊】というのは、知っていまして?」

「……いや。詳しくは知らない」

「【降霊魔法】として使える中でも最上級の魔法ですわ。魔力と生贄を捧げてこの世に【英雄】を召喚するんですの」

「英雄を? 呼んで、どうするんだ」

「シス。考えてみてもくださいまし。かつて、雷を斬った剣士がいたのです。弓矢なくとも遥か彼方の敵を射抜いた弓使いがいたのです。星の進む速さの10倍の速度で駆けた伝令がいたのですよ」

「……そりゃ、おとぎ話だ。神話で、作り話だろ」

「もし、それが?」

「…………なるほど」


 確かにそんな化け物たちを召喚できるのであれば、世界のパワーバランスなんて簡単に崩せるだろう。


 魔術結社のパワーバランス、裏社会のパワーバランス、そして国家のパワーバランス。

 それらが簡単に、覆せる。


「そんなものを、ファティが?」

「ファティさんが使えるかどうかは関係ないのですわ。シス、あなたなら分かるでしょう」

「……ファティの子供?」


 シスの言葉にレティシアはこくりと頷いた。


「シス。まだ、あなたの弟子とファティさんが同一人物であるということは誰も知りません。あの霧の外套のおかげです。ですが、それもいつまで持つか」

「……俺がいつまでもファティを守るというわけにも行かない、か」


 シスの言葉にレティシアは頷いた。


「シス。ファティさんの《門》は?」

「……駄目だ。それは賭けすぎる」

「しかし、ファティさんの負担を考えると……」


 門を開く。


 それは、ファティが魔力を体内に取り込めるようにする手段のことだ。

 門を開けばファティは劇的に強くなる。【降霊魔法】という魔法は、どの魔法使いも喉から手が出るほどに強い魔法だから。


 だが、それは大きなリスクになる。


 すなわち、ファティが【降霊魔法】が使えるのだと他の探索者たちも知ることになるのだ。


「シス」

「ん?」

「ファティさんに、聞いてみるのはいかがでしょうか?」

「何も知らない子供に選ばせるようなものじゃない」

「……でも、私は選びましたわ」

「…………」


 シスはレティシアの言葉に頭をがりがりとかくと、ため息をついた。


「そうだな。そりゃ、そうだ」


 そして、レティシアに頭を下げた。


「すまん」

「別に良いですわ。これくらい」


 レティシアは微笑むと、シスを見送った。


 ――――――――――――――


 シスがギルドに入ると、アイリとファティが仲良くならんで机の上に焼き菓子をおいてシスの帰りを待っていた。


「遅くなった」

「で? レティシアさんとどこまで行ったんですか」

「何だよ。ちょっとした世間話だよ」

「手を恋人繋ぎにしててですか! どうせちゅーしたんでしょ!!」

「恋人繋ぎじゃねえし、キスもしてねえよ」


 いつもの様子のアイリを流すと、シスはファティを見た。

 アイリの前に置いてある焼き菓子の紙と、対象的にファティはまだ一口もつけていないのか、買ったばかりのままで机の上に置いてあった。


「どうしたんだ?」

「聞いてくださいよ! くそみたいな探索者たちが居たんですよ!!」

「探索者なんて、軒並みクソみたいな奴らだろ。んで、何かされたのか?」

「よりにもよって、ファティさんに聞こえるように『“鏡櫃”の弟子なのに、まだEランクなんだな。向いてないからやめればいいのに』……みたいなことを言ったんですよ!」


 アイリが自分ごとのように憤慨しながら、机の上をばんばん叩く。

 ファティはゆっくりと、視線を上げてシスを見た。


「……私は、向いてないんでしょうか?」

「気にすんなよ。そんなの」

「で、でも……。私は2週間でEランクダンジョンの5階層にしか、潜れてないです」

「誰だって、最初はそんなもんだ」

「でっ、でも、私……聞きました! お師匠が探索者になってから2週間でDランクダンジョンを一人で制覇したって」

「……俺は、参考にするな」


 シスはかつて、魔術の英才教育を受けて育った。

 ファティのように、ダンジョンに潜るまで何も無かったわけじゃない。


 だから、参考にするべきではないのだ。


「で、でも……。2週間で、Eランクダンジョンの5階層は……遅い方だって……」

「それは、他の場所で戦ってきた奴らならな。何もしてないやつなら、早い方だ」

「そ、それに……。私のせいで、お師匠はこの街にずっといなきゃいけないんだって……」


 シスはぐっと手を握りしめた。


「そんなこと、気にすんなよ」


 だが、それに関してはどうやっても言い繕えないほどの事実だ。


「……お師匠」

「なんだ」

「……魔法を、使えるように……してください」


 シスは思わず頭を抱えてしまった。

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