第19話 バージョンアップと探索者

 しかし、元々ファティに買っていた短刀はガンダの店で買った格安品。初心者が自分にどんな武器が合っているのかを確かめるだけの言ってしまえば模擬用だ。


 耐久性なんて欠片も考えられていない代物なので、翌日ファティを連れてシスたちはガンダの店に向かった。


 店に向かう途中、ファティの顔色が悪く、「どうかしたのか」と聞くと、せっかく買ってもらった武器を壊してしまってどうのこうのと言っていたので、ひとまず慰めた。


「最近よく会うな。“鏡櫃”」


 店に向かうと、ちょうど品出しをしていたのか長身かつガタイの良い男が店の前で準備をしていた。


「ファティの武器を見繕ってくれ」

「おいおい、いきなり本題かよ。それは良いけどよ。お前、前に買った武器はどうなった」

「壊れた」

「壊れたぁ? ガキの玩具おもちゃじゃねーんだぞ。そんな簡単に壊れてたまるかよ」

「実際に壊れたんだからしょうがないだろ。まぁ、壊れたというか。壊したというか」

「壊した?」


 シスがちらりとアイリを見ると、彼女はけろりとした顔で首を傾げた。

 

 ……こいつ、昨日の記憶が無くなるほど呑んだな。

 と、シスは心の底でため息をつくと、ガンダを見た。


「まぁ、色々あったんだ。……で、やってくれるか?」

「ああ、良いぜ。こっちに来い」


 ガンダは他の客たちの合間を縫って、シスたちを店の奥へと案内する。


「“鏡櫃”。お前から見て、その子はどうだ?」

「悪くない。身体が動く」

「武器の方はどうだった? 慣れてきたか?」


 ガンダは視線を落として、ファティにそう尋ねると彼女はこくりとうなずいた。

 霧の外套を着ているので、顔は見えないが。


「“鏡櫃”、次はどうする?」

「そうだな。短槍とかどうだ」

「槍か。リーチがあって良し。突いて良し、刺して良し、薙いで良し。そして、最後に殴って良しと来た。いい武器だぞ」

「あ、あの……突くと刺すって何が違うんですか?」

「知らん!」


 そういってガンダは、ガハハと豪快に笑った。


「とにかく、良い武器だ。短刀なんかより、よっぽど安全だな」

「とりあえず、ファティに持たせて見てくれ」

「ああ、分かった」


 ガンダは一番近くにあった適当な短槍を持ち上げると、ファティに手渡した。


「どうだ。持ってみて」

「なんか……重いです……」

「まぁ、短刀よりも重いだろうな。ちょっと突いてみろ」

「は、はい!」


 ファティはそう言って、両手で短槍を掴んで軽く押した。


「ファティ。腰が入っていない。そんなへっぴり腰だと、何も殺せないぞ」


 シスはファティに教えたレッスン1を繰り返す。

 武器は正しく振らないと、本来の威力を大きく損ねる。


「そうですよ、ファティさん! そんなへっぴり腰だとえっちの時に困っちゃいますよ! マスターのそれは――痛い! 痛いです! マスター!!」

「元はと言えばお前が武器を壊すからこんなことになってるんだぞ。ほら、お前の方が近距離武器の扱いには慣れてるんだから、手本を見せろ」

「私の手本なんて参考になりませんよ?」

「参考になるようにするのが手本だ」

「無茶言いますね。ま、そんなマスターも素敵ですけど」


 アイリはそう言って、ファティから武器を受け取ると、まるで枯れ木でも振るうかのようにぶんぶん振り回す。それだけで周囲の者を寄せ付けない圧倒的な気迫があった。そして、カッコつけて一旦停止。


 そして、静かに槍を突いた。


 ヒュパ、と空気が裂ける音とアイリの気迫のこもった表情をじぃっとファティは見つめていた。


「いかがでしょう」

「手本になるようにって言ったよな」

「何を言ってるんですか。私を目指して頑張ってという私からの激励ですよ。あ、ファティさん。これ返しますね」

「は、はい……」


 ファティは明らかに動揺した顔で、アイリから武器を受け取った。


「とは言っても、初心者のファティさんにここまでの武器の熟練度は求められないです。まぁ、数年後とかですね」

「す、数年後……」


 短槍を持ちながら、ファティはわずかにそうこぼした。


「とりあえず、それを貰おう。色々な武器が使えるようになっておいて損は無い」

「わ、分かりました……」

「それと、今日はファティの防具を買いに行く」

「お、ようやくですか!」


 アイリの言葉にシスはうなずいた。


「ああ。武器を持つだけでよろけていたファティが、ちゃんと振れるまでになったからな。それに、Eランクダンジョンとはいえ、3層より先を目指すならちゃんと防具があったほうが良い」

「じゃあ早速行きましょう! おしゃれマスターアイリがファティさんをばっちりキメますからねー!」

「でもお前、いっつも同じ服じゃん」

「そ、それはマスターに合わせてるんです! 天下の“鏡櫃“とその相棒って同じ服着てたら覚えてもらいやすいじゃないですか! あと、これ同じ服じゃないです! ちゃんと錬成で作り変えてるんですから!」

「でも、同じ形だろ?」

「ふ、服のデザインのことっていうのはマスターが初めてにもほどがありますよ! そんなんだから駄目男なんですよ!」


 アイリはそう言いながら、ファティの背中を押して店の外に連れ出していた。

 シスはガンダに支払いを済ませると、2人の後ろをついていった。


「防具はな、大きく分けて3種類がある」

「3種類、ですか」


 ファティが不思議そうにしていたので、シスは続けた。


「ああ。1つは金属や鉱石で作られたもの。めちゃくちゃ重いが、堅い。2つ目は魔物や動物の革を使って作ったもの。軽いがその分、弱い。最低限の命を守るためのものだ」


 ファティはシスの話を聞きながら、道ゆく探索者たちを見つめる。

 上から下まで金属で覆われた防具に見を包んでいる者、あるいはシスのように軽装にも見える者。


「そして3つ目はな、ダンジョンから出てくる材料不明のよくわかんないやつだ」

「よ、よくわかんない奴……ですか」

「そうだ。俺の着ているこの防具も、正直なんの素材で作られているのか分からない。だが、防御性という点でみると、そこいらの金属製の防具よりもずっと上だ」

「す、すごい……」

「まぁ、ダンジョン産だからな。で、ファティの防具だが、この中の2つ目。革製だ」

「き、金属は重くて着れないですもんね」

「そういうこと。つっても、俺はいまいち女の子防具なんてわからないから、アイリに任せる」

「あい! お任せください!」

「ちゃんと選べよ?」

「私を誰だと思ってるんですか! 安心安全、信頼のホムンクルスことアイリちゃんですよ!」


 そういって意気揚々と防具屋に入っていく2人の後ろを見ながら、シスはため息を深くついた。

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