第21話 門と探索者

「ファティ。自分が何を言ったのか、理解してるのか?」

「……はい」

「門を開くってことが、どういうことなのか。本当に理解してそう言ってるのか」


 シスの淡々とした問いかけに、ファティはこくりと頷いた。


「わ、分かってます。さっきアイリ先輩に聞きました」

「いや、分かってない。お前は、一時の気の迷いでそう言ってるだけだ。まだ、今やるべきことをちゃんと……」


 シスがそう言い始めた時に、アイリがふと立ち上がった。


「別に良いじゃないですか。マスター」

「……何?」

「本人がやりたいと言っている。それに、そろそろファティさんの戦い方の幅を広げるべきです。どうせ、マスターのことだから、もう少し機会を待って……とかって考えていたんでしょうけど」

「そうだ。ファティには、まだ早い」

「じゃあ、いつになったらその機会は来るんです?」


 アイリに問われて、シスはわずかに言葉に詰まった。


「……それは」

「来ないんですよ、マスター。機が熟することなんてないんです。それを誰よりも知ってるのは、マスターでしょう」

「…………」


 シスは、アイリからの思わぬ正論に黙り込んだ。


「マスター。また、間違えることが怖いんですか?」

「…………そうだ」


 アイリの心を見透かしたような問いかけに、シスは静かに頷いた。


「門を開くのは簡単なことじゃない。簡単なんだったら、誰でもやる。そうじゃない。そうじゃないんだ。門を開くってのは」

「……1度、死ぬ。そういうこと、ですよね」

「そうだ」


 ファティの言葉に頷いた。


「一度死んで、生き返る。それがどれだけ難しいことか、分かってるか。最悪この世に戻ってこれなくなる……なんて、話じゃない。こっちに戻ってこれるのはなんだ。十中八九、死ぬ」


 シスの言葉を聞いて、それでもファティはぎゅっと拳を握りしめるだけだった。


「でっ。でも、私はお師匠の弟子です……」

「そうだ。だから、死なせられない」

「……お師匠の弟子だから、お師匠の名前に泥を塗るような……そんなことは、したくないんですっ!」


 ファティは手を握りしめたまま、シスにそう言った。


「だからといって、なんで自ら死ぬ必要が……」

「いや、マスター。何を言ってるんですか」


 シスの言葉に、アイリが待ったをかける。


「どうあがいてもファティさんは死にませんよ。今回ばかりは、どうやっても門は開くんです」

「……は? 何を言って」

「いやいや。それはこっちのセリフですよ、マスター。忘れてませんか? そのマジックポーチの中に入っているアイテムのことを」


 アイリに言われるように、シスの意識がポーチの中に伸びて。


「……あの、頭蓋骨か」

「いえす! 死んだ人間を蘇らせることのできる頭蓋骨。もし失敗したときにそれを使っちゃえば良いんですよ」

「でも、あれは……」


 死人を蘇らせる話には、必ず落ちがつく。

 死者の反発か、あるいは不完全な蘇生か。

 

 少なくとも、未来永劫幸せに暮らしました……なんて寓話は存在しない。


 必ず、死人を蘇らせた代償を支払うことになるのだ。


「マスター。何をためらうことがあるのです。まさか現実主義者リアリストのマスターが、神話なんぞにビビってるんですか?」

「…………」

「良いですか。今まで死者を蘇らせることができたのは【降霊魔法】だけですよ? それ以外に、蘇らせる手段はなかったんです。マスターの手元にあるのは、そんな世界初の可能性を秘めたアイテムなんです」

「……そうだな」

「だったら、恐れることは無いです。ぱーっと使っちゃいましょう。それで良いんですよ」

「…………」


 シスはしばらく無言でその言葉を何度か咀嚼して、嚥下した。


「ファティ。覚悟はあるんだな」

「……はい。私は本気です」

「ああ、クソ」


 シスは頭を乱雑にかくと、立ち上がった。


「分かった。やるぞ」

「い、今からですか!?」

「魔法になれるなら時間がかかる。やるなら、早い方が良い」


 シスの言葉に「待ってました」と言わんばかりにアイリが立ち上がる。


「で、どこでやります?」

「ダンジョンの中だ。誰も来ない場所でやるぞ。アイリ、お前が今回の門番だ」

「あい! お任せください!」

「ファティ、ついてこい。手順を説明する」

「あ、その前にマスター!」

「なんだ」

「このお菓子の支払いをお願いします」

「お前がさっきから真面目な話をしてたのはこれか……」

「ちっ、ちちちちがいますよ!?」


 シスはため息をつくと、支払いを済ませて先程3人で歩いて行きたEランクダンジョンに向けて再出発。途中で治癒ポーションを買うことを忘れない。


「ファティ。門を開くと大層に言うが、取る手段は多くない」

「……は、はい」

「まず、アイリがお前を殺す」

「任せてください。痛くないようにずばっとやりますよ!」


 アイリがにこやかな笑顔でそういうものだから、ファティは思わず顔が引きつった。


「完全にファティの心臓が止まり、この世から魂が剥がれて煉獄に向かう途中で俺がファティに治癒ポーションを飲ませる」

「……治癒、ポーションを」

「負傷を治す薬だ。死んだファティに飲ませる」

「そ、それで……。どうなるんですか?」

「どうもこうもない。あとは、ファティがこっちに戻ってこれるかどうか……。そこにかかってる」

「……わ、分かりました」


 3人はたどり着いたEランクダンジョンを降りていく。

 40もある『迷宮都市』の中では最も中心部から離れた場所にあり、旨味も少なくほとんど探索者がやってこないような、そんなダンジョンだ。


 その中でも、さらに道の外れ。ボスの部屋がある場所とは全く違う方向にスライムたちを避けながら先に先に進んでいく。


 そして、行き止まりにたどり着いた。


「ここなら誰にも邪魔されないだろう」

「いい場所ですね! 流石マスターです」

「下らねぇこと言ってないで、準備しろ」

「あい」


 アイリはそういって、手を壁に持っていくと黄金の魔法陣が走りそこから真白の武器を取り出した。


「ファティ、お前もだ。上を脱げ」

「えっ!? あっ、は、はい……」

「ひゅー! マスターのえっちー!」

「……全部脱がなくてもいいからな。邪魔な防具だけで良いから」


 ファティはシスの言葉に顔を赤くして、アイリが選んだばかりの防具を脱いでそっと地面に置いた。


「お、お願いします」


 ファティはそう言って、目を瞑った。

 そして、ぎゅっと両の手を強く握りしめて、その場に立ち尽くす。


「……アイリ。ミスんなよ」

「……分かってますって」


 流石のアイリも緊張するのか、声が重い。


「……シッ!」


 アイリが短く息を吐くと、ファティの胸に向かって剣を突き立てた。

 ファティの柔らかい肌を貫いて、心臓を一突き。


 それで完全にファティの心臓を壊すと、小さな少女を絶命させる。

 心臓を刺された少女は何も言わずに、前のめりに倒れた。


 それを途中でアイリが抱きかかえると、


「マスター!」

「分かってる!」


 シスは手に持っていた治癒ポーションの蓋を開いて、ファティが死んでいるのを確認。

 そして、その口に治癒ポーションを含ませて……無理やり流し込んだ。


 遅れて、ファティの心臓が薄い光に包まれると……修復されていく。


「……ファティさん、戻ってきますかね」

「さぁな」

「ま、戻ってこなかったらあの頭蓋骨で生き返らせましょう!」

「なんでお前はそんなに……」


 陽気なんだよ、とシスは続けようとしてアイリの方を向くと、彼女の顔がこわばったまま固まっているのを見てしまった。


「……そうだな。そうしよう」


 シスはそういって、心臓の止まったファティを優しく見ていたその時だった。


 突如として、ダンジョンが激しく震え始めたのだ。


「なんだ? 爆発か?」

「……いや、これは」


 アイリが剣を握りしめて、


「ダンジョンの捕食ですよっ!」


 そう、言った。

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