第16話 貴族と探索者

「……今じゃないって、どういうことですか」

「まだ、今じゃない」


 そういって濁そうとする、シスにファティは食いついた。


「せ、説明してください! 私は、強くなりたいんです!」


 そんなファティを試すようにシスは静かに問いかけた。


「……何故、強くなりたい?」

「お師匠の弟子だからです!」


 シスはファティの言葉で、わずかに瞳を動かしたがそれでも何も言わなかった。


「マスター、ちゃんと言ったほうが良いですよ」

「ええ、シス。アイリさんの言うとおりですわ。ちゃんと、説明するべきです」

「……分かったよ」


 2人からそう言われて、観念したかのように天井を見上げたシスは、ゆっくりとファティを見た。


「いま、魔法に手を出すと、そればかりに頼ることになる。だから、駄目だ」

「……それの、何が行けないんですか」

「いつか。本当にいつか、魔法の使えない時がくる。、来る。その時に、魔法に頼ったままだと自分の命か……あるいは、大切な人の命を無くすんだ。だから、今は地力を伸ばさないと行けないんだ」

「……で、ですけど……お師匠……」

「ファティを、どう育てるかは俺が決める」


 そういって、シスは深く息を吐くと「トイレ借りるぞ」とレティシアに言い残して、部屋から外に出ていった。


「どう思います、あれ」


 部屋から出ていったシスの後ろ姿を見ながらアイリがそういうと、レティシアは深くため息をついた。


「シスはいつもああですわよ。肝心なことは言わないでも、伝わると思ってますの」

「うーん。そこがマスターの良いところでもあり、悪いところでもあるんですが……今は悪い方向に出ましたね。でも、そんなマスターも人間らしくて私は好きです」


 アイリはにこりと笑ってそういうと、ファティを見た。


「さて、ファティさん。口下手でコミュ障のマスターに変わって私が追加でいくつか説明しましょう」

「お、お願いします。アイリ先輩」

「マスターは、妹さんをダンジョンの中で亡くされてます。いえ、正しくはダンジョンで亡くしたというよりもダンジョンに呑まれた、という方が正しいのですけどね」

「ダンジョンに、呑まれた?」

「時折あるのですよ。ダンジョンマスター……。いわゆる、ダンジョンの最後にいるラスボスを倒したのに、次のボスが出てこないときが。そういうときは、ダンジョンの中にいる人がダンジョンに呑まれて……。そして、新しくボスがでてきます」

「……それって、人がボスになるってことですか?」

「ノン。人は燃料エネルギーと言われてます。だから、ダンジョンに呑まれた後は……どこにもいないんですよ」

「……そんな」

「ま、少なくとも生還した人は今の所誰一人いないです」


 ファティはその恐ろしさに震えた。


「な、なんでそんなことがあるのにダンジョンに潜るんですか!? 人が死ぬっていうのに……」

「何を言ってるんですか、ファティさん。そんなもの、探索者に比べたら犠牲ですよ」


 ファティは何も言わずにアイリを見た。

 アイリはやれやれと肩をすくめてレティシアにバトンを渡した。


「ファティさん。シスが何を教えているのかわからないのですけど、これだけは覚えて帰っておくべきですわ。探索者は30代までに殆どが死ぬ、ということを」

「……そんな」

「生き残るのは一握りの探索者だけ。それ以外は死ぬというのが、ダンジョンと言う場所ですわ」

「でも……」


 何かを言いたげなファティに、アイリが続けた。


「ファティさん。どうしようもない生まれだったあなたなら分かるでしょう。そうしなければ、生きていけない人がいるのです。それしか、生き残る手段のない人たちがいるのですよ。マスターがそうであるように、そしてファティさんがそうであるように」


 ファティにも、それは理解できた。


 村にいた時に、自分にあった選択肢は2つ。

 口減らしとして売られて娼館にいくか、あるいはシスについて探索者になるか。


 どちらを選んでも、楽な道ではない。


「生まれた場所、環境、才能。それらに思うこともあるでしょう、ファティさん。ですが、あなたはマスターの弟子という恵まれた立場にいるのですよ。まだ探索者になって日の浅いあなたに“鏡櫃”という言葉の重みは分からないでしょう。これまで一体どれだけの数、マスターが弟子志願者を断り続けてきたことか」


 アイリにそう言われて、ファティは何も言わずに黙り込んだ。

 そして、ゆっくりと尋ねた。


「……どうして、お師匠は私を弟子に?」

「さぁ? それは本人に聞くのが良いと思います。ただ、マスターもファティさんを弟子にとった以上、ちゃんとファティさんのことを考えている。少なくとも、自分の犯した過ちと同じ間違いを繰り返さないようには、しているんです」

「じゃあ、お師匠が言ってたのは……」


 ファティの言葉に、レティシアが頷いた。


「昔、本当に昔のことですわ。シスは神童と言われていたんですの。あらゆる魔術を10歳になるまでにあらかた使えるようになり、新しい魔術の開発までしていた名門ダルジリン家の誇る天才……。それが、シスだったんですの。でも、その魔術を持ってしても、妹を救えなかった」

「……だから」

「そう、だからまだ貴女に魔術を使うなと言っているのでしょう」

「……なんで、そんな天才だったのにお師匠は貴族を追放されたんですか?」

「妹を亡くして以来、シスはあらゆる魔術が使えなくなりました。たった1つ残ったのは、戦いに使えない【収納魔法】だけ。だから、シスは追放されたんですの」

「そう、だったんですね」


 思わぬ流れで自らの師匠の過去を知ったファティは暗い表情を浮かべた。


「……あんまり人の過去をべらべら喋るなよ」


 がちゃりと音を立てながら、シスが部屋に入ると開口一番そう言った。


「もー! マスター! トイレ長いですよ! ん? あ、そっか。そうですよね……。すみません……」

「ん? なんで謝るんだ? あ、もしかしてアイリもトイレに?」

「ざんねーん! ホムンクルスはトイレ行きませーん! そうじゃなくて、ほら。マスターも男の子ですから可愛い女の子2人囲まれると……ね? 溜まるものもあるかなって」

「何の話だよ」

「え、わかんないですか? あ、もしかして私に言わせようとしてます? マスターって、そういう所が変態……」


 アイリを無視して、シスはファティに近づいた。


「さっきは悪かったよ。……魔力の門については、ゆっくりと開いていこう」

「うわっ。マスターが心変わりしてる! 賢者になったんですね!!」

「アイリ、ちょっとこっち来い」

「い、嫌です! えっちなことするんだ! た、助けてくださいレティシアさん! あ、やっぱ助けなくていいです! 役得!!!」


 そう言いながら、アイリはシスに引っ張られて部屋の外に連れ出された。


「……あ、あの。レティシアさん、あれは」

「いつものことですわ」


 ファティの問いかけに「はぁ」と、ため息をついたレティシアは、鑑定が終わって砕け散った鑑定水晶の破片を見た。


「片付け、手伝ってくださいます?」

「は、はい!」


 レティシアの問いかけに、ファティは大きく頷いた。



 ――――――――――


「……すまん」

「何を謝ってるんですか。マスターらしくもない」

「……いや」

「分かってますよ。マスターが昔話をしたくないってのも。だからずっと、扉の前で待ってたんでしょ?」

「……バレてたのか」

「鈍感なレティシアさんと、まだまだなファティさんは気がついてないみたいでしたけどね」


 そういってわずかに微笑むアイリ。


「はい、じゃあお礼をここに」


 そして、目をつむるとシスの方を向いて唇を突き出した。


「……あ?」

「ちゅーですよ! ちゅー! ほらほら、アイリちゃんにお礼のちゅーは!?」

「ねぇよ」

「じゃあ、ただ働きじゃないですか」

「お喋りなお前にはそれくらいでちょうど良いだろ」


 そう言ってシスはそっとアイリの頭を撫でた。

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