第17話 育成と探索者

「ファティ。身体の調子はどうだ?」

「……は、はい! 大丈夫です!」


 軽い武器も振り慣れてきたのか、スライムを軽く10体倒した後にファティは笑顔でそういった。


「なら、良し。この先が1層のボスだ」


 シスはファティと共にEランクダンジョンの1層を攻略していた。とはいっても、シスとアイリは基本的に何もせず、ファティの好きにさせていたが。


彼らが手を出すのは危ない所だけである。


「1層のボスはゴブリンだ。聞いたことは?」

「む、村にいる時に、少し……」

「そう。こいつらはどこにでもいるし、どこででも繁殖する。だが、ここにいるのは1体だけだ」

「……1体」

「強さはスライムよりもわずかに上。けどな、ゴブリンはスライムと違ってそう簡単に行くことはない。ま、戦えば分かるさ」


 シスはそう言って、ファティを先に行かせた。

 ファティがまっすぐ進むと、そこには一匹の子鬼がいた。


 体格的には、ファティと同じくらい。

 それが武器も持たずに、ぽつんと広い空間の中に居たがファティに気がつくと、飛びかかった。


「やり方はスライムと同じだ。攻撃を避けて、斬れ」

「……はい!」


 ファティは大きく返事すると、ゴブリンの攻撃を避けて目の前にある緑色の肌を斬った。ぱっと、赤い血が傷口から溢れ出すと、ファティは一瞬その動きを止めた。


「ファティ! 動けッ!」

「……っ!!」


 ファティは咄嗟(とっさ)に地面を蹴って、ゴブリンの掴みを避けた。


「もう、マスターの意地悪」

「ん? 何がだ」

「ちゃんと言ってあげればいいじゃないですか。ゴブリンとスライムの違い」

「人型か、そうじゃないかって?」

「勿論です。あ、もしかしてファティさんがゴブリンに捕まって陵辱されるのを楽しみにしてたんですか? やっぱり、マスターは変態じゃないですか!」

「勝手に俺を変態にするな。それにな、そんなの口でいくら言ったって実際に対面しなきゃ分かんねぇんだよ」

 

 シスはゴブリンの攻撃を避け続けるばかりのファティを見ながら、そういった。


 ゴブリンとスライムの違い。


 それは、人の形をしているかどうかである。


 今までスラムで生きてきた者や、荒くれ者達と違い、ファティは辺境の村で普通に育った。いや、“忌み人”として排斥されてきたが、それでも誰かと命のやり取りなんてやってこなかったんだろう。


 だから、人の形をした物を傷つけるという行為に慣れていない。


「スライムは……まぁ、モンスターだけどよ。命を奪ってるって感じはしねえだろ」

「まぁ、そうですね」

「だから、ここでちゃんと殺せるやつにならなきゃ行けないんだよ。それは、俺がどれだけ言葉を尽くしても無駄だ。本人のやる気だよ」

「うわ……。マスターがかっこいいこと言ってる……」

「なんでお前はそんなに引くんだよ」


 シスは逃げ続けるファティを見ながら、問いかけた。


「ファティ。どうした?」

「……なんでも、ないですっ」


 ゴブリンはシスたちには向かわない。

 己と彼らの戦力差を理解しているのだ。


 理解しているからこそ、最も弱いファティを優先して狙っている。


「そいつが、人の形をしているから斬れねえのか」


 図星だったのだろう。ファティの動きが一瞬止まった。


「……そんなことはっ」

「ファティ。やらなきゃ、死ぬぞ」


 シスの言葉に、ファティは何も言わなかった。

 ただ、ぎゅっと手に持っている短刀を強く握りしめた。


「ファティ。《レッスン2》だ」


 シスはファティにゆっくりと語りかけた。


「《命を奪う時に、目を離すな》」

「……はいっ!」

「それが、命を奪う者の責任だ」


 シスがそういうと、ファティはゴブリンの腹を斬った。

 武器も持っていないゴブリンは、酷く痛そうに地面に転がった。


「……ッ!!」


 ファティはその瞬間、ゴブリンの心臓に深く短刀を突き立てた。


「よくやった」


 ゴブリンが死ぬと、魔石をその場に残して消えていく。

 ゆっくりと近づきながら、シスがそういうとファティはしばらく呆然としたまま短刀をだらりと力なく握りしめていた。


「……お師匠」

「ん?」

「わっ、私……動けませんでした」

「ああ」

「ゴブリンを斬った時に、血が出た時に……。わっ、私は殺し合いをしているんだなって……そう思った時に、腕が動かなくなったんです」


 ファティは、虚ろな瞳のままシスを見た。


「……私、向いてないんでしょうか?」


 そして、あまりにも真剣な表情でそういうものだからシスは思わず笑ってしまった。


「はははっ!」

「なっ、なんで笑うんですか!」

「最初っから殺せるやつなんて、元々そういう場所で生きてきたやつらだけだ。ファティがそうじゃないのなんて、よく分かってる」


 シスがそういうと、アイリも続けた。


「そうですよ、ファティさん! マスターが初めてゴブリンを殺したときは、そりゃあ酷いものでしたよ。三日間は寝込んで、食事も取らず宿に引きこもって……。そこで、私は甲斐甲斐しくマスターのお世話をしたんです。すると、マスターがだんだんと心を開いていって……ふと、ある時私の大切さに気がついたマスターとマスターを敬愛する私はお互いそのまま一線を超えて……」

「えっ。そ、そんなことが……」

「ちなみに、アイリの話は全部嘘だからな」


 そもそも、シスがアイリを見つけたのはとあるダンジョンの最奥。

 つまり、アイリはシスが初めてモンスターを殺した時を知らないのだ。


「でもな、最初から上手く行かなかったのは俺も同じだ。ファティ」

「お師匠も……」

「回数を重ねれば慣れるさ」

「……慣れ、ますかね?」

「慣れる。なんてったって、これからゴブリンを狩り尽くすんだから」

「……はい?」


 ファティが首を傾げると、シスは階下……つまり、2層に向かう階段を指し示した。


「1階のメインモンスターはスライムだったが、2層のメインモンスターはゴブリンだ」

「……あ、なるほど」

「今日も俺が良いと言うまで、ゴブリンを狩り尽くすんだ」

「……わ、分かりました…………」


 習うより慣れろ。

 

 探索者をやっていくのに、殺しに関わる余計な感情は邪魔である。

 ならば、回数を重ねてしまえば勝手に慣れるというのがシスの持論であり、育成方針である。


 ファティの育成はまだ始まったばかりだ。

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