第15話 鑑定と探索者

「……大きなお屋敷ですねぇ」

「これがグレイアル家の持つ一番小さい建物だ」

「……はい?」


 翌日の真昼、レティシア宅にやってきたファティは霧の外套を深く被りながら、その建物に圧倒されていた。


「だ、だってお師匠。このお家、3階建てですよ」

「ああ、そうだな」

「だ、だって。お庭もついてますよ。うわっ! 見てください! い、池があります!」

「あれは噴水だ」

「噴水……? な、なんですか、それ……」

「あそこの先から水が出るんだ」

「わぁ……。井戸が要らないんですね……」


 貴族たちの文化に驚くファティだが、それも無理のないことだろう。

 ダンジョンからのアイテムにより、多くの技術が集まる『迷宮都市』。その中で、国の中でもトップクラスに金を持っている貴族のグレイアル家のお嬢様であるレティシア。


 片や、騎士団すらも向かうことのない辺境の果てで“忌み人“として疎まれていたファティでは、その世界に差があるのは仕方のないことだ。


「でも、こんなお金持ちの人とお知り合いなんてお師匠は凄いです……。やっぱりAランク探索者だからなんですか?」

「いや、レティシアとは昔なじみなんだ」

「ファティさん。実は昔、マスターは貴族だったのです」

「え、そうなんですか?」


 ファティに問われたシスは、首肯した。


「でも、今は姓を無くして平民になったのです。私は詳しく知りませんが、マスターとレティシアさんはその時からのお知り合いなのです!」

「貴族の子供……まぁ、特に次男や三男が探索者をやるってのは珍しくない。貴族の道楽でもあるし、貧乏貴族なんかはそうしないと食べていけないからな。仕方なくなるのさ」

「で、でも……」


 ファティはシスと屋敷を交互に見比べた。


 彼女が言いたいことはよく分かる。

 貧乏貴族、という言葉とこの豪邸はどう考えたってつながらないだろう。


「そう、レティシアは女だし……何より、貧乏じゃない。こんなことしなくても食べていけるしな」

「で、では……。なぜ?」

「知らん。本人に聞け」


 そういうシスは本当に理由を知らなさそうで、ファティはちらりとアイリを見て……そして、シスを見た。


「……あの、お師匠。どうして、お師匠は貴族を追放されたのでしょうか?」

「ファティさん。いまもしかして、私に聞こうとして面倒なことになりそうだからマスターに聞きました?」

「……ん。難しい質問だな」

「ちょっと、マスター。いま私はファティさんと話してて……」


 アイリがシスに静止をかけた時、屋敷の入口にいた黒い服をきた初老の男性が会釈をした。


 それにファティとアイリが会釈を返すと、シスは口を開いた。


「レティシアに呼ばれてきた」

「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」


 黒服の男性に連れられて、シスたちは屋敷の中へ。


 しばらく歩くと、男性はとある部屋の前でノック。


「お嬢様。お連れいたしました」

「どうぞ」


 昨日も聞いたばかりの声を聞きながら、中に入ると部屋の中は真っ暗だった。


「……何やってんの」


 そして、部屋の真ん中にある机の上においてある水晶と真っ黒なローブを着たレティシアが静かにそこに座っていた。


「こういうのは雰囲気が大事でしてよ。さ、シスの弟子はこちらへ」

「しっ、失礼します……」


 おっかなびっくりファティが中に入ると、レティシアの前にぽつんとおかれた椅子の前に座った。


「鑑定を始めるので、その上着を脱いでくださいまし」

「……え、でも」


 ちらりとファティがシスを見ると、彼はこくりと頷いた。

 それで安堵したのか、ほっと息を吐くとファティは上着を脱いだ。


 すると、それまで一切の顔が見えなかったファティの顔があらわになる。


「霧の外套ですわね。では、始めますわ。こちらに、手を」

「は、はい」


 レティシアとファティが何かをやっている間、手持ち無沙汰になったシスはぼんやりとしていると、アイリに服を引っ張られた。


「ね、マスター」

「なんだ?」

「これって部屋を暗くする意味あります? ガチな鑑定はともかく、簡易的な鑑定ならギルドでやってるじゃないですか。あの時、部屋は暗くないですよね?」

「まぁ、意味は無いだろうな」

「じゃあ、この部屋が暗いのって」

「完全に雰囲気だけだな」

「むっ! 私、レティシアさんがどういう人なのか分かりましたよ」


 レティシアが鑑定している間は暇なので、好き勝手に言い合うシスとアイリ。


「ほう?」

「レティシアさんはですねぇ、絶ッ対にムードにこだわる人ですよ! きっと恋人ができたときのプランが頭の中でガッチリしてるタイプですね。手を繋ぐタイミング、キスをするタイミング、えっちのタイミングまで自分の中に全部ある人ですよ」

「へぇ」

「まぁ、でも意外とこの手の人は押されるのに弱いので、なんだかんだ強引に迫られたら断れないんでしょうね」

「ほー」

「そこ! うるさいですわ!!」


 やることも無いのでシスがアイリの雑談に付き合っていると、レティシアから短く叱責が飛んできた。遅れて、水晶が紫に輝き始める。光を徐々に強めていくと、一際強く輝いて……光が消えて、鑑定水晶が砕け散った。


「……終えましたわ」


 そして、レティシアがそうため息をつくと、彼女はカーテンを開けた。


「……うわっ」


 だが、その姿を見てアイリがうめいた。


「どうした?」

「み、見ちゃ駄目です! マスター!!」


 そして、そのままシスの目を真白な手で塞いだ。


「おい! 急に何だよ!!」

「あっ、あれは爆弾です! なんでだぼっとしたローブなのにそんな出てるところが出てるんですか! おかしいですよ! さ、詐欺です!!」

「何がですの?」

「マスターがおっぱい聖人だって知ってるからおっぱいに詰め物してるんでしょう! 私を騙そうとしても無駄ですからね!」

「そんな面倒なことしませんわ」

「……ヒェ」


 アイリは短く悲鳴をあげると、わなわなと震えながらシスの目を覆っていた手を外した。


「で、本題に入っても良くて?」

「頼む」


 地面に両手をついて打ちひしがれているアイリを他所にシスがそう尋ねると、レティシアは複雑な顔を浮かべて言葉を紡いだ。


「……この娘、受け継いでましてよ」

「【降霊魔法】をか?」

「えぇ」


 レティシアの言葉に、シスも同じく複雑な顔になった。

 そんな2人をさておいて、ファティが2人に尋ねた。


「ほ、本当に私が【降霊魔法】を?」

「間違いないですわ。しっかりと確認しましたから」


 ファティが両手を握りしめて、なんとも言えない表情を浮かべた。


 魔法は時として、その子供に遺伝する。

 だが、その子供に魔力がないのであれば。


「……お師匠。私は、魔力が無いから魔法が使えないのでしょうか?」

「ああ、使えない」


 だが、シスの言葉にレティシアが首をかしげた。


「どうして嘘を教えるのですか、シス。魔力が、魔法は使えるでしょう」

「ど、どういうことですか!?」

「では、簡単に魔力というのは、自らの内側にあるものと自然界に溶け込んでいるものと2つあるのですわ」

「2つ……」

「その内、貴女にないのは内側の魔力。それが無いから、魔法が使えないのですわ。ですが、外側の魔力を内側に取り込めるようになれば……。あなたは魔法が使えるようになる」

「……本当、ですか。お師匠」


 レティシアの言葉を咀嚼して、ゆっくりとファティはシスに振り向いた。


「…………」


 だが、シスは何も言わない。

 無言でじっとファティを見ていた。


「良いですか、ファティさん。マスターが言わなかったのは他でもありません。ファティさんのことを思ってです」

「わ、私のことを……?」

「そうです。外側の魔力を身体に取り入れるのには、ちょっとしたコツがいるんです。元より内側の魔力を持っている人は自然とやっているのですが、持っていない人は魔力の通る門を開けないと行けないんです」

「……門を。ど、どうやったらそのは開くんですか? わ、私は……! 私は強くなりたいんです! 武器を振ってるだけで身体が痛くなって動けなくなる今は嫌なんです!」


 ファティの内心に、シスは無言。

 どちらかというと、試しているようにも見えた。


 そんな中、アイリがドヤ顔で答えた。


「ええ、お答えしましょう! その答えはですね、簡単です。えっちなことをすれば良いんです」

「え……。えぇっ!?」

「何を驚いてるんですか。房中術という立派な名前もついてまして――」


 そこまで言ったアイリの頭がシスにしっかりと掴まれた。


「あっ。う、嘘です! 嘘つきました! そんなんじゃないです! ま、マスター!? ほら、ちょっと場の空気を軽くしようと……」


 アイリの言葉を全部聞き流して、シスはファティを見ながら静かに言った。


「……まだ、今じゃないんだ」


 と。

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