第12話 《人斬り》と探索者

 『迷宮都市』は広く、大きく、多くが集まる。それは、人も金もアイテムもだ。

 そして、それだけ人が集まるということは表に出てこない連中も、より多く集まるというわけだ。


 表に出てこないだけなら見逃される連中も、度がすぎれば自警団や警邏けいらの出番となる。


 だが、自警団や警邏けいらでも対処ができないような凶悪な犯罪者たちは……それを対処できる人間が、制圧しなければならないのだ。


「アイリ。そのまま追い詰めろッ!」

「あいあいさー!」


 シスがそう叫ぶと、先を走っていたアイリが剣を構えて男の後ろを追いかける。


 彼らに任されたのはCランク魔術結社である『宵の帳』。

 その下っ端構成員たちである。


 彼らが行ったのは違法なホムンクルスの売買。

 魔法使いも魔術師も、自らの魔導を探求する狂信者たちではあるが、最低限の規律ルールというものが敷かれている。


 人の臓器を使ったホムンクルスを作ってはならない、というのもその内の1つだ。

 本来なら見逃されるそれも、あまりに市場に流しすぎれば恨みも買う。

 

「マスター! そっちに逃げました!」

「こっちで止める」


 路地を使ってアイリから逃げ出した男がシスに指を向ける。


「……っ!」


 その顔には、どうしようもない焦燥。


 彼らはトカゲの尻尾だ。

 ホムンクルスの売買を担っていたのは、当然彼らの上層部。

 だが、彼らがやりすぎた時、上層部は知らぬ存ぜぬで押し通り、彼ら実行部隊に全ての責任を押し付けた。


 故に、彼らには後がないのだ。


「大人しくお縄につきゃ、痛い目には合わなくて済むぜ」


 シスの警告。

 だが、男は剣を抜くと吠えた。


「うおおおおッ!」

「……チッ」


 手負いの獣に説得が届くはずもなく、シスは男の足に狙いを定めた。


「【展開】」

「……シャァっ!」


 しゅ、と男の足元に鏡の箱が生み出されると、今まさに飛びかかろうとしていた男の両足が箱の中に取り残されて断ち切れた。


「【展開】――【収納】」


 遅れて、地面に叩きつけられそうになる男の周囲に鏡の箱が出現。

 男をそのまま飲み込むと、跡形もなく消え去った。


「あと2人だな」


 シスはそう呟くと、アイリの後を追いかけた。

 路地裏を曲がって、アイリの気配のする方向に向かうと、そこには鎖で雁字搦がんじがらめにされた男たちが2人転がっている。


「いかかがですか? マスター」

「流石だな」

「それだけですか? ご褒美のなでなでは無いんですか!?」

「要らねえだろ」

「いーりーまーす! ほら! アイリちゃんのキレイな頭がマスターの手を待ってますよ! ほらほら! がら空きですよ!」

「空いてるのはお前の脳みそだろ」

「失礼な! 今のはマスターと言えども許しませんよ!!」


 シスはアイリが縛り上げた男たちを【収納魔法アイテムボックス】にしまい込む。


「手間をかけさせやがって。こんなに逃げるとは思わなかったぞ」

「手間がかかるから私たちのとこに回ってくるんですよ。全く、この程度を捕まえられないでよく自警団も面目を保てますね」

「自分の身体を違法改造した連中だろ? 自警団には身が重いって」


 今日ファティは宿で身体を休めている。

 昨日、刀を振るったので全身が筋肉痛なのだ。


「まーったく、そうやってマスターは自警団の肩を持って。次は自警団の中にいる人でも狙ってるんですか?」

「なんでお前の思考はいつもそうなんだよ。さっさとギルドに帰って報告する……ぞ…………」


 シスとアイリがお互いに、足を止めた。


「ああ、どうも。仕事が終わってから声をかけさせていただこうと思っていたのですが」

「……誰だ」


 気配もなくシスとアイリの背後に立っていたのは一人の男。

 

 紫紺の服に身を包み、腰には二本の武器。長い方が打刀、短い方が脇差だろう。

 シスと同じような黒い髪が風にのって揺れていた。


「いえ、名乗るほどの者ではないのです。ただ、上の方から後処理を任せられまして」

「……お前、『宵の帳』の」

「雇われですけどね」


 そういって男は慇懃無礼に笑った。


「まぁ、しかし……。“鏡櫃”を相手に立ち回るほど私も命知らずではありませんので、ここで手を引きたいと思っています。ですので……そちらのお嬢さんの武器をしまっていただけますか?」


 そういった男の視線の先には、アイリが剣を構え臨戦態勢。

 ふとしたきっかけさえあれば、男の首を刎ねれるような状態だ。


「気配もなしに背後にたった奴に気を許せと?」

「……いえ、本当に。お仕事の邪魔にならないようにと、配慮しただけなのですが。実は、私はあなたに伺いたいことがありまして」


 男は草履と呼ばれる履物で地面を踏みしめて、シスに一歩近づいたが何かを感じたのか足を止めた。


「それ以上、踏み込むな」

「……おお、こわい。いま踏み込んでたら、死んでいたのは私でしたか」

「要件があるなら、そこで話せ」

「いえ、聞きたいのはこれなんですけどね」


 そう言って男は懐から一枚の絵を取り出すと、シスとアイリに見せた。


 そこに映っているのは水色の髪の少女。

 辺境の村で育った彼女らしく、着ているものはボロボロで写真に映っている表情もどこか疲れた顔をしている。……ファティだ。


 だが、シスは表情1つを変えずに、男に尋ねた。


「……それは、絵か?」

「わっ! マスター! あれ、写真ですよ!!」


 アイリも同じく表情を動かさない。

 ただ、写真そのものに驚いているようなリアクションを取る。


「写真?」

「魔導具によって風景の一部を切り取れるんです。金持ちの道楽みたいなもんですよ」

「……なぜそれをお前が?」


 アイリからの補足情報を踏まえて、シスが尋ねると和服の男は肩をすくめた。


「この娘を捕まえるようにと山賊たちにお願いしたのですが……。どうにもとある探索者に壊滅させられたようで。……ええ、あなたであれば見覚えもあるかと」

「さぁな。いちいち助けたやつの顔までは覚えきれねぇよ」

「……ふむ。確かにそれもその通りかもしれませんね」

「あの山賊も、『宵の帳』が?」

「いえいえ。もっとです」


 ……Cランクに該当する魔術結社よりも上?


 思わずシスの顔がこわばった。

 何故、そんな連中がファティを狙うのか意味が分からないのだ。


「何故、その娘を?」

「【降霊魔法】が、使えるんだそうです」

「……なるほどな」


 霊を降ろす。


 それは、ある意味で死者の蘇生に近いが、完全なる死者の蘇生でない分、使い道も幅広い。ゴーレムに魂を入れるもよし、ホムンクルスに入れるも良し。

 屍に魂を入れ無数の死者を操るも良し、あるいは……犠牲を払って英雄を再びこの世に降ろすも良し。


 汎用性に優れ、瞬間的な火力にも恵まれる。

 最優であり、最強と名高い魔法だ。


「そりゃあ、誰もが欲しがるな」

「ええ。もし、この娘を覚えていたら私めにご連絡を」

「……いや、そもそもお前誰だよ。名乗れ」

「《人斬り》ヤマト」


 そう言うと、ヤマトは踵を返して路地の奥へと消えていった。

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