第11話 ダンジョンと探索者

 ファティを連れてEランクダンジョン『迷宮窟』にやってきたシスは、ファティに武器をしっかりと握らせて、1層の中を歩いていた。


「ダンジョンは大きく2つの種類に分けられる」

「2種類、ですか」

「アイリ。説明できるか?」

「あい、お任せください!」


 ぴょん、と跳ねながらアイリは手を上げた。


「1つはこのダンジョンみたいに、階層全部が迷路みたいになってるダンジョンですね! 低ランクのダンジョンによく見られて、Cランクくらいからなくなっていきます」

「迷路みたいに……」

「もう1つはダンジョンの中に摩訶不思議な光景が広がってるやつですね! 海とか、山とか、街とか」

「そ、そんなダンジョンがあるんですか!?」

「その手のやつは高ランクのダンジョンがほとんどですけどね。この間、私とマスターが攻略した『死都オルデンセ』の中にはお城までありましたよ!」

「お、お城が……ダンジョンの中に……」


 その光景が信じられないのだろう。

 ファティは一生懸命、考えながら唸っていた。


「そして、ダンジョンの中にはモンスターが湧く。それは、知ってるだろ?」

「は、はい!」

「そいつらを倒してアイテムを手にするも良し、ダンジョンの中にある宝箱を見つけて売るも良し。探索者ってのは、そういう仕事だ」

「とっても大変だって聞いたことあります」

「独学でやろうとするとな」


 そんなことを言いながら、シスたちが曲がり角を曲がると、道の先にちょうど1匹のスライムがいた。


「お、良いところにいたな。ファティ、あのスライムの中心に丸いものが見えるか?」

「はい! あれですね」

「そうだ。あれを剣で壊せば、スライムは死ぬ。やってみろ」

「はい! ……って、えぇ!? もう、ですか!?」

「ああ、まずレッスン1。《武器は正しく振れ》。さっき短刀の振り方は教えただろ? スライムは動きにさえ気をつければ、大したことのないやつだ」

「で、でも。まだそんなにお師匠から教わってないと言うか……」

「まずは習うより慣れろ。やってみな」

「が、がんばります……!」


 ファティはおっかなびっくり、スライムに近寄ると短刀を構えた。

 だが、彼女に気がついたスライムがぴょんぴょんと跳ね回る。


「わわっ!? すばしっこいですよ!! お師匠!!」

「そりゃ、そういうやつだからな。落ち着いて、武器を突き立てろ」

「はい! あれ? どっか行きましたよ!?」

「……後ろだ」

「あ、本当だ! えい! うわっ。避けられた!!」


 シスはスライムと格闘しているファティを眺めていると、アイリに服の袖を引かれたので視線を下げた。


「マスター」

「ん?」

「なんか面白いですね」

「お前も最初はあんなんだったぞ」

「えっ? 嘘! 記憶を捏造しないでください! 私は完璧なホムンクルスですよ!?」

「いや……」

「えっ。嘘? た、たしかに最初はかっこつけても上手く身体が動かないこともありましたけど……。そ、それは調整不足ですよ! すぐに動けるようになったじゃないですか」

「そうだったっけ?」

「そうですよ! 全く、私との初夜の思い出を忘れるなんてマスターの馬鹿! どうせファティが来たから今の女を捨てて別に行こうとしてるんでしょ! この変態!」

「いや、変態は関係ねーだろ」


 その瞬間、ざく……と、心地良い音が響いて、スライムの核をファティの刀が貫いていた。


「おお! よくやった。ファティ!」

「はぁ……。はぁ……。ど、どうでした……?」

「初めてにしては、よく動けてたと思うぞ」

「本当ですか!? やった!」


 アイリのように、ぴょんとその場で跳ねるアイリ。


「ということで、今日はあと30体だな」

「う、嘘……」


 ファティは、思わずその場に刀を落としてしまった。


 ――――――――――――――――


「うぅ……。一歩も動けないです……」

「よく頑張ったぞ」


 Eランクダンジョンの1階層でスライムを狩り続けたファティは疲労困憊のまま、シスに背負われていた。


「むー! マスターの背中は私のものですよぉ!」

「ご、ごめんなさい。アイリ先輩……」

「そうだぞ。先輩なんだから我慢しろ」

「ま、マスターが私に冷たい……。でも、なんかそれも良い……」

「たくさん動いた後は肉を食うべきだ。というわけで、今日はここ」


 シスが立ち止まったのは、それなりの門構えをした焼肉屋。

 動物やモンスターの食用肉をそのまま出して、客に焼かせるというスタイルは店の出しやすさや客人気などから、王都のみならず『迷宮都市』でも人気の店である。


「め、めったに食べない焼き肉に……」

「ファティは育ち盛りだからな」

「むがー!! 私だってもっと成長しますよ! 将来はぼいんぼいんのばきゅんばきゅんに!」

「何だよそれ……」


 シスはファティを下ろすと、店に入った。


 すぐに個室に案内され、肉が運び込まれてくる。


「よし。肉を焼くぞっ!」


 肉を前にして、これまでにないやる気を出すシス。

 一枚一枚を金網に載せながら、いつにもまして上機嫌だ。


「あっ。わ、私がやります……!」

「ファティさん。ここはマスターにまかせてください」

「え、で、でも……。お師匠にやらせるわけには……」

「気にしないでください。マスターは肉奉行ですから」

「肉奉行……?」

「お肉を焼きたくて焼きたくてしょうがない人間のことです。肉中毒ですね」

「な、なるほど……」


 金網の上で焼ける肉に細心の注意を払いながら、肉を取り分けるシス。


 当然、今日最初に食べるのはファティだ。


「さ、ファティ。食べても良いぞ」

「い、いただきます!」


 ファティは肉を口に運ぶと、表情をぱっとほころばせた。


「美味しい……」

「ああ、ここの肉はいい肉を揃えているからな」

「……なんか、夢。みたいです」

「夢?」


 シスが聞き返すと、こくりとファティは頷いた。


「あの村から出て……。お師匠に弟子入りして、装備も買ってもらって、ご飯も食べさせてもらえて……。それに、服まで買ってもらえるなんて」

「それがマスターに弟子入りしたってことですよ」

「本当に、ありがとうございます!」


 ぱっと、頭を下げるとシスはわずかに照れた顔で返した。


「良い。俺は投資しただけだ。今日の分は、ファティが成長したら返してもらうさ」

「なんて、言ってますけど、あれ全部照れ隠しなんで。本当はファティさんにまっすぐお礼を言われて照れてるだけなんで」

「ごほっ。ごほごほっ!!」


 心の内を全部言われたシスはわざとらしく咳払い。

 顔は真っ赤になっている。


「ほ、本当だぞ。ちゃんと成長したら返してもらうからな!」


 シスが目を瞑ってそう言うと、ファティは大きな声で、


「頑張りますッ!」


 と、そう返した。

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